「生きとるやんーーッ!!」
ドッカンガラガラガシャーン!
リアーシェが耐え切れなくなったらしく病室の中に飛び出す。
「やかましいぞ柴田! 病室で暴れるんじゃない!」
「最悪や! 最っ悪やんっもうっ!」
「あは……あはは……はぁぁ……」
「このおっさん……やるな」
「……これだから大人は」
「え? 小隊長? あれ? え、えぇー?」
それぞれがそれぞれの反応……まあ、微笑ましいとは言えるのだろうけど……。
「お前たち何か勘違いしとらんか?」
「いや……だって、クリス兄ちゃんが残念なお知らせがあるからって……」
「ああ、そうだ残念な知らせだろう。お前たちにとっても私にとっても非常に残念だ」
「ほんまよっ! ほんまに残念極まりないですわいっ! ああ~……もうっやられたっ!!」
「え? ええ?」
リアーシェは納得してるみたいだけ私はよくわからなくて。
「お前たちはまたやかましい私の元で過ごさなければならんだろうし、私としても頭痛の種であるお前たちの面倒をまだまだ見なくていかんとは……非常に残念極まりないわ」
「ああ、なるほど……」
「んもーっ! びっくりした! びっくりしたよぉっ!」
「なるほどね、それは確かに残念……なのかな」
「はっは……まあ、上司がいきなり不在ってことにならなくてよかったよ」
「アラ? 失礼シマスネ」
丸みを帯びていて白い体をした看護ロボット「Hネガト型 ハクレン」がマリスに近づいていって。
「オクチガ汚レテイマスヨ」
と、清潔なガーゼを取り出してマリスの口元を拭おうとする。
「うわっ、と、いーよ! 自分で拭くからさ」
「オクチノ周リガ汚レテイルト、イケマセンヨ」
「いいってば! ちょっ……と、何するって……うぷぷっ!」
嫌がるんなら、やっぱりミートスパはすする物じゃなくて、フォークに巻き付けて食べるって事を教えた方がいいかしらね?
「アル」
「あ、はい!」
小隊長が私に――戦場でするように――声をかけてくる。
「ミンクスがロストしたらしいな」
「……………」
「さっきカラー司令からその辺りの事を聞いた、とりあえず本部から処分の詳細が決定するまで1週間の謹慎を言いつけておくぞ」
「……はい」
「だが、この基地が無事だったのも事実。出来るだけ司令と話し合って処分が穏便で済むようにはかってみるがあまり期待はするなよ?」
「はい、隊長のご配慮。痛み入ります」
「よろしい。……それではクレオ准尉、こちらに来てくれ」
「はい」
クレオ准尉が小隊長に呼ばれて私達の前に出る。
「正式な紹介がまだだったな。クレオ・ラインズ航空准尉だ」
小隊長がそういうと、彼はピシッと姿勢を正して。
「はっ。特10伊航空機隊所属クレオ・ラインズ准尉であります! 本日付けでこちらに配属される事になりました!」
と、かしこまった挨拶を一つ。
「……と、まあ、堅苦しい挨拶はそれぐらいでだ、よろしく頼むぜ仔猫ちゃん(キティ)たち」
「うわっ、軽っ! 気色わるっ」
「まーまー、こういう人もたまにはいいんじゃない」
「めんどくさい大人がまた増えたなぁ……」
「うむ、とりあえず今日はそれぐらいだ……激しい戦闘の後だ。今日は各自十分に休養を取ってくれ」
「え!? やった! お休みなんだね!?」
「うむ、好きなだけ遊んでおけ」
「いーやったぁ! アデットⅡがまだ途中なんだよねっ」
「おい、シャイナ! ゲームで遊ぶのはほどほどにしておけ、視力が低下してしまったら戦場で使い物にならんぞ」
「はいはーい! 了解でーす!」
「んじゃあ、俺は雛鳥(カイトギアス)の調子でも見てくるか」
「……部屋戻ろ」
「では、小隊長。失礼します」
「うむ」
ガチャリと。
小隊長の病室を閉めてから、一息。
「ふう」
みんな無事だった。
シャイナ。
シャイナが笑いながら廊下をかけていく。
リアーシェ。
リアーシェが頭をぽりぽり掻きながら眠そうに歩いていく。
マリス。
マリスが不機嫌そうに部屋に帰っていく。
クレオ准尉。
クレオ准尉がピースサインを出しながら格納庫に向かっていく。
「……………」
病室の廊下から見上げた空は真っ青で、今日も暑くなりそうで。
青い。
(ミンクス)
これって全部。彼女が守ってくれたのよね。
あなたはいま、何を思っててくれるのかな。
それからの1週間。私は色々と整理をする事にした。
始めの3日間の夜はシャイナが心配だからと私の部屋に来てくれて、一緒に眠ってくれた。
4日目も一緒に眠ろうって言ってくれたけど、別れるのが辛くなりそうだから「もう大丈夫」と言って断った。
リアーシェはあれからずっと、夜は私の部屋に来てお酒を飲んで部屋に帰ってを繰り返していた。
何度か私も付き合ったけど、私は甘い物しか飲めないし強くもないからあまり一緒にいられなかった。
心配してくれるのは嬉しいけど、私の部屋にお酒の空瓶を忘れたまま帰ってしまうのはやめて欲しかった。
マリスは……相変わらずだったかな。
2日目に射撃訓練シュミレーションのLV3を全部クリアしたってシャイナに自慢してたっけ。
その夜に貸してくれた「十字星軍の道」という小説はなかなかおもしろかった、という話をすると、じゃあその本はあげるよ、と言ってくれた。
分厚くて高そうだからいいっていったんだけど、マリスは置く場所がなくて邪魔だからあげると押し付けられて
しまった…………でも、マリスの部屋の本棚にはこの本が納まりそうな空きスペースがしっかりある……。
クレオ准尉は……なんだろう、あまり会う機会はなかった気がする。
5日目から私は部屋の荷物の整理を始めたのだけど、夕方にリアーシェ達と取った写真を見つけて眺めていた時に「荷物整理ご苦労様」といってよく冷えたコーラを一本くれた。
あんたはできることをしたんだ、あまり気を病むなよって言われた時は涙がでそうになった。
6日目は雨だった。
シャイナが私の為にみんなで海に行って遊ぶ準備をしていてくれたみたいだけど、雨で台無しになってしまったとぷりぷりと怒っていた。
その夜は海で焼く予定だったバーベキューを特別に食堂室でやってもらってみんなで食べた、おいしかった。
でもリアーシェ。自分が飲みかけのビールをみんなが食べる焼きそばにかけてそのまま料理するのは止めてほしかったな。
そして。
――7日目の夕方。
「……これで最後かな」
ほとんど着る事のなかった洋服を身につけて。
スーツケースに小物をしまう――
――バタン、と。
「……………」
やけに響いた音が、耳に残って泣いてしまいそうになった。
「……何もなくなってしまった……ね」
この基地に来てから、そんなに長くこの部屋を使っていたわけじゃないけど、物がなくなってしまった部屋で一人で居るとなんだか……。
ガチャ。
「アルル。司令が呼んでる」
リアーシェ。
「……そう、わかった。すぐ行くわ」
私は綺麗にクリーニングされて折りたたまれた制服と軍証を持つと部屋を出ようとして――
「なあ」
「……………」
リアーシェとすれ違おうとして。
「ウチら……頑張るけんな」
「……………」
「あんたの事、忘れへんからな。戦争終わったらまた飲みにいこうや」
「……っ……」
涙が出そうになって。
私は思わず走り出してしまった。
ごめん、リアーシェ。さよならって言えなかったね。
ごめんね。さよなら。
――――――
ダダダダダダッ!
「嬢ちゃんよ! いきなりLV4は無理だって!」
「クリアするのっ! マリスなんかに負けてられないんだからっ!」
訓練棟に差し掛かるとシャイナの怒鳴り声が聞こえてきた。
「うあっ、う~~……ううううう……あ、わきゃー!」
ドーン! You Dead!
「だから……LV2、10ステージのメノカロでとりあえず練習してから――」
「クリアするのっ!」
整備長が趣味で作った、射撃訓練シュミレーションを兼ねたゲーム機が一台置いてあるのだがそこを長い時間占領し続けているのか、ゲーム機の周りにはジュースとかスナックの空き袋だとかが散乱していた。
「うりゃ~! かかってこんか~い!」
「頼むから掃除をさせてくれよ……」
なるほど、シャイナの側で情けない言葉を上げている彼は今日の清掃番らしい。
「……シャイナ。ありがとう」
さよなら。
と、心の中で呼びかけて、訓練棟を足早に通り抜けた。
「うきゃ~! フラフラ円盤うっざい~!」
「だからメノカノの弾幕見切れるようにならなきゃ無理なんだって……」
――――――
中庭の渡り廊下。
司令官室がある北棟に向かうのにはここを通らないといけない。
東棟の2階には資料室があるのだけど、そこの窓が開いていた。
「……マリス」
マリスが窓枠にもたれて、夕日をじっと見ていた。
「……………」
資料室に居るという事は、また何かおもしろい本でも見つけたのだろう。
西日に照らされたマリスの顔が赤く染まっている。
じっと眺めていると声を掛けてしまいそうになってしまって――
「……………」
と。
チラリ。
『―――――』
チラリと目が合って。
ボソボソとその口が何か呟いた気がして。
「……………」
マリスはまた、夕日に視線を戻してしまって。
「……マリス」
ありがとう。みんなと仲良くね。
さよなら。
――――――
北棟。司令室前。
コンコン。
「失礼します。アル・ルヴィエッタです」
「入りたまえ」
小隊長の声がした、上司として同伴を要請されたのだろう。
カラー司令。直接会う機会はほとんどないのだけれど。
何度か基地内で見たときは、いつも儀礼服に袖を通さずに、まるで外套のように羽織っていて、制帽は被っていない姿でしか見た事がない。
体はそんなに大きくないのか、それとも儀礼服が大きいだけなのか、小柄な印象を受けた。
「失礼します」
ドアを開けると、正面に大きなテーブルがあって、その脇に小隊長が立っていた。
この前の戦闘で左腕を折ってしまっていて、固定の為にぐるぐる巻きにされているギプスが痛々しい。
「あ、まずこれをお返ししておきます」
といって、制服と軍証を小隊長に渡そうとしたのだけど。
「いや、それには及ばない」
「?」
と、小隊長に断られてしまった。
腕のせい?
「……司令」
「ああ」
カラー司令は黒皮貼りの椅子をクルリと回してこちらに向いた。
「ふう……」
テーブルに両肘をついてから手を合わせて、口元を隠すような格好をとる。
「……………」
やっぱり司令は儀礼服に袖を通してない状態で、制帽は被っていなかった。
銀色をした髪の毛が所々ハネているのが気になるけど。
「本部から処分が下されたよ」
「はい」
「この処分に対する不服はないかね?」
「……はい、ございません」
「そうか……」
まだ内容を聞いていないのだから不服もなにもないのだけど、でも不服を言ったところでもうどうなるかは――
「……………」
司令は今度は目元を隠す。手が組み合わさった下から口元が覗いた。
「アル・ルヴィエッタ特士員、君の命を頂こう」
「…………?」
「司令」
小隊長がなんだか意外な事を聞いたような声を上げた。
え? どういうこと?
私の……命……?
「え……それは……命?」
「言葉のままだよ」
命を……頂く、取る?
処刑!?
「そ、そんな……」
「すでに君はこの処分に不服は申し立てないと言っている」
「で、でも」
たかが、ヴォーカリオンを失って、数万というお金が、浪費されたとしても。
「そんな……そんな……」
「すでに上層部ではこの決定は承諾されている」
それで人の命を奪うの!?
「アスターの部隊を駆逐したこの基地の英雄にこのような処分しかできないというのは心苦しいのではあるのだがね……どうか理解してくれたまえ」
「あ……ああ……あああ……」
目の前が真っ暗になった。
私は……一体……。
ミンクス……。
高次情報電詩戦記VOCALION #6
ピアプロコラボV-styleへと参加するに当たって、主催のびぃとマン☆さんの楽曲「Eternity」からのインスピレーションで書き上げたストーリーです。
シリーズ化の予定は本当はなかったのですが……自分への課題提起の為に書き上げてみようと決意しました。
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