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「と……まあ、こんなところですかね」
「……」
自慢げに話し終えたラザルスキ大統領臨時代理とは逆に、私はただ戦慄するしかない。
「これは……。本当なんですか?」
「本当もなにも……私が嘘をつくとお思いで?」
心外そうな大統領臨時代理を無視して、将軍を見る。
「訂正の余地はないのですね?」
「ラザルスキ大統領代理の認識は……おおむね正しい」
「軍はどれほど機能していますか?」
「貴女に説明する必要はない。……が、一応アラダナを守るに必要な措置はとっている」
「守るべきはアラダナだけではありません。ESSLFは、それほどまでに支配地域を広げていると? アラダナを守らなければならないということは、アラダナ以東はすでに政府軍が進攻できないということですか……?」
「説明する、必要は、ないと言っている!」
こちらに詰めより、威圧的に告げる将軍。
「前線で戦っているのは私の兵士たちだ。横から口を出したいだけの輩は黙ってもらおう」
「軍の作戦が失敗した場合、私に限らずアラダナに住む……ソルコタに住むすべての人国民に被害が及ぶのです。将軍の独断で決められてはたまったものではありません」
「横から口を出すだけならいくらでも言える! まったく……ケイト・カフスザイと同じだな」
「そうして……ケイトから『UNMISOLと協力しなさい』という助言にも耳を貸さず、貴方はいたずらにESSLFの進攻を許しているのですね?」
「あんたなら止められたとでも言うつもりか? 奴らの基本戦術は子ども兵を使った自爆特攻だぞ。航空部隊が真っ先に潰された上にやつらの武器供給も絶てぬ。私だからここまで保っておるのだぞ」
「ま……まあまあ、二人とも。ちょっとは落ち着きたまえよ……」
大統領臨時代理の言葉を、私たちはそろって聞き流した。
「子ども兵と言えば、政府軍が子ども兵を使っているという報告がUNMISOLから上がっていますね」
「忌々しい国連め! 彼らを養うのに他に手段がなかったのだ。寝食を提供する余裕などこの国には最早ない。兵士という扱いにして兵舎を使う以外にな。彼らを前線にやらぬために安全なアラダナに配置しておる。それらを無視してただ『子ども兵がおる』とだけで問題にするなど……」
「それこそ詭弁でしょう。UNMISOLには子どもたちのためのキャンプがあるはずですが」
「ほざけ! 彼らのほとんどは、その国連の子ども支援キャンプとやらから逃げ出してきた者たちだぞ!」
「――なんですって?」
そんな馬鹿な。
そう思ったが、いくら怒り、怒鳴り散らしているとはいえ、ハーヴェイ将軍には冗談を言っている様子などかけらもなかった。
「事実ですよ。特に……ESSLFなんかに無理矢理兵士にさせられた子どもだ。なんとかテロ組織から逃げ出して国連のキャンプにたどり着いたというのに、今度はあそこでいじめや差別を受ける。だからまた逃げ出したのだと」
大統領臨時代理の言葉を、将軍が継ぐ。
「元兵士というだけで、みな恐れるものだ。子ども同士の感情は止められん。それはその後の教育次第であったはずだ。……だというのに、キャンプの国連の人間たちは見て見ぬふりをするか、差別に荷担しているかのどちらかだ」
「特にここ最近ですよ」
大統領臨時代理がため息混じりに言う。
「え?」
「一、二ヶ月以内の話です。ええと――ああ、しまった。これは失言だ」
しまったな、と舌打ちする大統領臨時代理に、私はピンと来てしまった。
「ケイトが、死んでからなのね……」
「……」
「……」
二人の沈黙が、なにより雄弁な答えだった。
愕然とするしかなかった。
UNMISOLが、ソルコタのためにと私とケイトが尽力した結果が、元子ども兵たちの行き場を更になくしているなんて。
「あんなやつらと協力などできん。この国のためなどと言いながら、この国の子どもたちを虐げているのだぞ。挙げ句にそれを棚に上げて、こちらの子ども兵が問題だなどとぬかしおる」
「しかし、協力せねばESSLFに対抗するのは――」
「くどいぞ。あんなやつらなど」
「ソルコタのためならば、一時の感情は――」
「グチグチと煩わしいことばかりほざきおって!」
将軍は業を煮やしてホルスターから回転弾倉式拳銃を抜き放つ。
将軍の怒気に大統領臨時代理が腰を抜かした。周囲の兵士たちも武器に手をかけるが……緊迫した空気にそれ以上動けない。
「……」
「軍のなんたるかもわからぬくせにごちゃごちゃ言うんじゃない。銃も扱えぬ小娘が」
「そうやって怒りに任せてあらゆるものを敵に回したのではないですか?」
将軍は静かに、親指で撃鉄を起こす。
「本当に頭を撃ち抜かれたいか。ケイト・カフスザイもそこまで馬鹿ではなかったぞ」
「……」
「……」
銃で脅せば私が折れると思っているのだろう。
あの頃に比べれば、この程度の脅しなどどうということはない。
そもそも、そうやって拳銃を突きつけるのは至近距離でやることじゃない。
「……本当に、この国の人たちは私のことを知らないのね」
「なに?」
私は右手ですばやく回転弾倉式拳銃をつかみ、シリンダーラッチを引く。
銃身からシリンダーが横に振りだされるのと、将軍が引き金を引いて撃鉄が落ちるのは同時だった。拳銃はカチン、と軽い音をたてるだけで、発砲はされない。銃弾のこもったシリンダーはすでに銃身から外れている。
私はそのままシリンダーの中央のエジェクターロッドを押す。シリンダーに込められた六発の弾薬がパラパラとこぼれ、床に落ちていく。
「なっ……」
まだとっさの事態に誰も反応できていない。私は間髪いれずに左手をもう一方の将軍の脇に吊るされているホルスターに手を伸ばす。
留金をパチンと外して将軍の自動式拳銃をつかむと、セーフティを外しつつすぐに将軍から距離をとって突きつけた。
「……」
「……」
一、二秒してから、周囲の護衛があわてて自動小銃を構えだす。
「ミス・グミ!」
「なんてことを!」
背後でエリックとモーガンの焦る声がするが、今の私にはそちらを見る余裕もない。
「銃も扱えぬ小娘で……悪かったわね。ケイト・カフスザイの養女が元子ども兵だって……知らなかったのかしら」
「……」
そこまで言って、私は将軍によく見えるようにセーフティをかけ直す。
将軍は……憤るかと思ったのだが、唖然としたままだった。
「……私は、もう二度と銃を撃たないと決めたのよ」
それは、ケイトとの約束だった。
私はリリースボタンを押してマガジンを落とし、それを空中でキャッチしてデスクに置く。それから遊底を引いて薬室内の弾薬を排莢口から排出。それも空中でつかんでマガジンの隣に置いた。さらにテイクダウンレバーを引いて遊底を戻し、そのまま遊底と銃身をフレームから切り離して分解してしまう。
「貴方たちの言う通りなら……確かに、UNMISOLを正すのが先決のようね。とりあえず今は……失礼するわ」
私は遊底とフレームを――二つに分かれた拳銃を――丁寧にデスクに並べて……内心でため息をつく。
あれからもう何年も経ったっていうのに、自らに染み付いた銃の組立や分解の手順は、なかなか忘れ去ってはくれないものらしい。
護衛たちはまだ私に銃を向けたままだった。私は唖然とした将軍とデスクチェアにへたりこんだままの大統領臨時代理に背を向ける。
目の前には銃に手をかけたものの、誰に向ければいいかわからなかったエリックとモーガンが困惑したまま立ち尽くしていた。
「ごめんなさいね、二人とも」
二人は軍人だ。将軍の部下だが、今の任務は私の護衛。困惑して当然か。悪いことをしてしまった。
私は二人の間を通りすぎ、大統領執務室の扉に手をかける。……が、二人はまだ固まったままだ。
「エリック、モーガン。UNMISOLのキャンプに案内してくれるかしら?」
「――は、承知しました」
「いま、ご案内します」
二人はようやく我に返って、自動小銃を下ろして私を追いかけてくる。
「それではラザルスキ大統領臨時代理とハーヴェイ将軍。無礼をここに深くお詫び申し上げます。私はこれからUNMISOLのキャンプに――」
「はははははっ! これはやられたな!」
言い残して退出しようとしたところで、将軍が突然の呵々大笑。今度は私の方が唖然としてしまう。
「――は?」
「私の負けだ、グミ・カフスザイ。あんたの信念と度胸と、その覚悟に――感服した。あんたの主張を受け入れよう」
「はあ……?」
唖然とし、困惑しているのは私だけではない。エリックとモーガンも含めた、周囲の護衛たちもまた、困惑したままだった。
「――ええい、お前ら。銃を下げんか。ミス・グミに銃口なんぞ向けるんじゃない」
大仰な仕草で腕を振り、護衛の臨戦態勢を解かせる。
「ミス・グミ。無礼をしたのはこちらの方だ。謝罪を……受け入れてもらえるかね?」
「え、ええ……。わかったわ」
いや、本当はわかっていないのだけれど。
「国連との協調については了承しよう。しかし、政府軍所属の子ども兵については……ミス・グミの働き次第、としか現状は言うことができん。意味はわかるな?」
私はうなずく。
「UNMISOLの子ども支援キャンプの環境を改善して、元子ども兵を受け入れられる体制を構築しなければ、ということでしょう?」
「……まったく。軍にもあんたみたいに頭の回転が早いやつがいてくれたらいいんだがな」
にやりと笑って見せる将軍に、私も微笑みを返す。
「それでは――」
「――おい。おいおい、待ってくれ。私抜きに話を決めるんじゃない。大統領は私だぞ。決定権は私にこそ――」
「――わかった。では、承認してくれたまえ。それでいいのだろう?」
ようやく立ち直ったラザルスキ大統領臨時代理に、将軍は事も無げに告げた。
「なに?」
「軍が国連と協調するということ、そしてミス・グミが国連のキャンプに現地スタッフとして指導にあたること。なにも問題あるまい?」
「し、しかし……」
「ラザルスキ大統領代理。あなたは確か、シェンコア・ウブク大統領の方針に反対しておいででしたな。『国連と協力すればいいものを、なぜあなたはそうしないのか』と」
「それは、そうだが」
「ケイト氏もいない今、ミス・グミが国連との仲介役をしてくれるというのも、ありがたい話ではないかね?」
「……うぐ」
やり込められて唇を噛む大統領臨時代理。
ここは……助け船を出しておくべきか。
「ラザルスキ大統領臨時代理」
「な……なんだ」
「私に……UNMISOLが真にソルコタのためになるよう尽力させていただけませんか?」
小首をかしげ、上目遣いで、しおらしく――我ながら似合わない振る舞いだけれど――お願いをする。
「まぁ……よ、よかろう。国連のキャンプに行ってくれたまえ」
少しでも威厳を取り戻そうと胸をはってそう告げる大統領臨時代理に、私は微笑んで会釈する。
「それではまた、数日後に報告に参りますね」
「うむ。頼んだぞ」
「それでは失礼します」
エリックが扉を開け、執務室から出る。
「――ままならないものね」
廊下から中庭を見下ろして、私は独りごちる。
「いや……我々からすると、ミス・グミには畏敬の念すら抱いてしまいそうですけどね」
モーガンが緊張が解けて深く息をつきながらポツリと漏らした言葉に、私はきょとんとする。
……が、エリックも肯定するような苦笑いを浮かべていた。
「そんなこと……なにかしたかしら、私」
とりあえず正面玄関の車までの道のりを歩きながら、二人に問いかける。
「頑固で有名なんですよ。ハーヴェイ将軍は」
「ミス・グミの行動が一瞬遅ければ、将軍に殺されていたんですから。……本当、勘弁してください。上司から貴女を守らなきゃならないなんて、過酷すぎる」
「ごめんなさい」
「まあでも、あれのお陰で将軍が思い直したと思うと……功を奏したのかもしれませんね」
エリックの苦言に、モーガンは気軽に言う。
「……確かに、将軍が自らの意見を翻したところなど見たことがない」
「ミス・グミ。貴女はケイト氏ですら成し遂げられなかったソルコタの改革を、すでに始めているんですね」
「……そうなのかしら」
実感などなかった。
けれど、彼らがそう思うのなら……そうだといいなと思う。
私たち三人は廊下を歩いて正面玄関に戻り、入口の警備をする兵士に会釈して車のところへ。
「どうぞ」
モーガンが後部座席のドアを開けてくれる。
「ありがとう」
ドアに手をかけ……私は振り返り、行政府庁舎を見上げる。
大仰なアールデコ調の外観は、植民地時代の宗主国からの影響だろう。これを建てたときでさえ、この建物にこれだけの費用と労力を費やしている余裕などなかったはずだ。
それでもこれを建て、またアラダナという都市を築いたのは、対外的な見栄であったり、独立を果たしたことによる歓喜の声によるものだろう。
けれど私には……いまだ植民地支配から抜け出せていないことを象徴する建物のように思えて仕方なかった。
植民地支配から独立を果たし……その後の国家運営がうまくいっている例は少ない。
突然に降って湧いた権力を奪い合い、いがみ合い、仲間同士で殺しあって終わらない紛争へひた走る。そんな国は……たくさんある。
「ミス・グミ? どうされました?」
「……ごめんなさい。なんでもないわ」
モーガンの言葉にびくっとして、私はあわてて車に乗り込む。
あまたの前例があるというのに、おろかな人はその過ちを繰り返してしまう。
「閉めますよ」
バタン、と音をたてて、ドアが閉まる。私はただ静かに窓越しに行政府庁舎を見上げた。
……なんとかしないと。
私が……なんとか、しないと。
車が走り出して行政府庁舎から出ていく間、そんな思いに駆られるのをやめられなかった。
アイマイ独立宣言 10 ※二次創作
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第十話
映画で「長回し」という手法があります。
カットを挟まず、一つのシーンを長いワンショットで構成する手法です。
自分が見た映画で印象に残っているのは、アルフォンソ・キュアロン監督の「ゼロ・グラビティ」とコーネル・ムンドルッツォ監督の「ジュピターズ・ムーン」ですね。
この八、九、十話は、その長回しを意識して書いていました。
車の中で二人としゃべり、だんだん都市に近づき、建物にたどり着いて、車から降りて建物内へ、建物内での話が終わったらまた車で出発する。そこまでのシーンを一つのカメラでずっと追いかけたワンカットの映像みたいに感じられたらいいな、なんて思いながら。
……一話に収まらず、三話に分けることになり、結果カットを挟んでいるんですが(苦笑)
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