この物語は、一人の少年と手違い(?)で届いたVOCALOIDの物語である。

               *

「はぁ、どうしよう、これから。」
クオのマンションから一寸離れた
マンション下の公園のベンチで、カイトは途方に暮れていた。
つい数十分前クオの家を飛び出したカイトは、飛び出したのはいいものの
今朝この町に着いたばかりなので行く場所どころか、ここが何処なのかも、
この町の何処に何があるかもわからない状況である。
現実が再び襲ってきて、カイトは再びため息をついた。

遊具の方に目をやると、幼い子供たちが駆け回って遊んでいた。
それをみて、カイトは何故か暖かい気持ちになった。
自分はロボットなのだから、生まれて早々この身体に入れられるため幼少期なんて物は
存在しないし、彼らを見てそんな気持ちになるはずはないのだが、
カイトには、何故そんな気持ちになるのかまったく理解してなかったし、
したくもなかった。

と、そんなカイトの視界に、女の子が入ってきた。
黄色い髪と、白く大きい頭の上のリボン。大きくくりくりした瞳。
遊具で遊んでいた子供たちよりは年上で、歳は十四くらいだろうか。
だが、それよりもカイトは驚いた。
その少女は、知り合いってレベルじゃない人物だったからだった。
そしてその少女は口を開いた。

「…お兄ちゃんなんでこんなところに居るの?リストラ?」
「…お前のその思考、すごく今知りたいよ…」

そういいつつ、カイトはベンチから腰を上げた。

                  *

しゃらーんと、玄関に取り付けられている鈴が鳴った。
少女が元気よく、玄関に背を向けて座っている人物に声をかけた。

「ただいま、マスター!」
「ああ、おかえり」

マスターと呼ばれた青年は玄関の方を向かないで答えた。
よくよくみると青年はコンピューターのキーボードを叩いている。
その隣のソファーには、少女によく似た顔の少年が座っていた。
その少年は少女のほうを向いて、驚愕する。
そして、口を開く。

「リン!そんなもの拾ってきたらだめだろ!」
(拾って…!?)
猫と同じレベルに扱われている事にショックを受けるカイトを放置して、
リンと呼ばれた少女はすぐさま返事を返した。

「やだ!一人で寂しそうにしてたんだもん!このままじゃ凍死しちゃうよ」
「……」

カイトは、リンにも猫扱いされている自分に、何故か絶望した。
と、リンにマスターと呼ばれた人物が、リンの方を向かずに声を上げた。

「リン、元いた場所に返してきなさい」
「ええっ、嫌だよ!」
「お前たちの食事代だけでも結構かかってんだ。これ以上食費を増やす気か?」
「大丈夫だよ、だって歌だって歌えるし、マスターの代わりに働けるでしょう?」

リンはカイトに向けてそんな言葉。
そして、それをさすがに猫にしてはおかしいと思ったのか、
「…?、リン、お前一体何を拾ってきて…?」

マスターと呼ばれた人物は振り返って、絶句した。

「拾ってきたのはおにいちゃんだよ」

                  *

「…なるほど、つまり、全部ひっくるめて言うと、初音のほうがいいって言うマスターの家から、家出したってことだな?」
「…そうです」

現在、カイトの目の前にいる、リンにマスターと呼ばれた人物――イクトは
炬燵に入ったままお茶をすすった。
カイトも炬燵に入っているが、目の前に入っているお茶には手をつけていない。
リンとレンは炬燵に入ったまま寝転んだ状態で、なにやらゲームをしている。

「でも飛び出しちゃあ駄目だろ…」
「…あなたはVOCALOIDに歌を歌わせない人の家にいろと?」
「………」
「………」

沈黙の中で、TVからゲームのサウンドが響く。
リンとレンはすっかりゲームに熱中しているようだった。

「…でも、その人きっと心配してるぞ?」
「してるわけありませんよ。だってあの人は」

あの人は初音ミクが欲しかったと言った。
自分は初音ミクじゃない。
それが知らず知らず心を締め付けている。

「とりあえず落ち着くまでは家にいたらいいから。俺は全然構わないし」
「…すみません」

カイトはそう言うと、お茶を飲んだ。
そして、脳裏に何故かクオの姿が浮かぶ。

(クオさんは俺のことなんて、心配してないよな。MEIKOさんもいるし。
それに最初は追い出そうとしてたし、どっちみちこれで良かったのかもしれない)

そう思うカイトにイクトがさらに、思っても見なかったことを言う。

「じゃあさ、歌でも歌う?」
「…!」
カイトは一瞬頭が真っ白になった。
そして、その当然のハズのことが相当のショックになっていることに驚いた。
幻聴でないことを祈り、恐る恐る聞きなおす。

「う、歌…?」
「そ、歌。
レンに歌わせたい歌があるんだけどな、リンの声の高さだとイメージと違うんだよ。
リンとレン以外にうちにはVOCALOIDもいないしさ、歌ってみない?」

カイトには、イクトの後半の言葉は届いていなかった。
唯胸のうちに生まれた感情を受け止めていた。

喜び。

クオに歌を歌わせてもらえないということで、自分自身の存在がわからなくなっていた
自分にも、歌うことができるかもしれない。
カイトはすぐに二つの単語で返事を返した。

                  *
渡されたのは一枚の紙。
作曲者を見る限りイクトではないようで、おそらく某動画に上げられていた歌だろう。
でもそれは、カイトにはどうでもよかった。
歌えないと思っていたのに歌えることで、胸が押しつぶされそうな感情でいっぱいだった。
と、そんなカイトの横でレンが声を上げた。

「ちょっとまってくれ、マスター」
「なんだ?レン」
「なんでカイトと歌わなくちゃいけないんだよ」
「リンでやってあわなかったから。いいじゃないか別に、本人(?)も喜んでるみたいだし」
「俺がよくねぇ…っ」

リンが、いいじゃないレンは歌えるんだからというが、
レンはやはり不服なようで、そっぽを向いた。

と、リリリと音を立ててイクトのポケットに入れられていた携帯が鳴った。

「あ、ちょっとまってくれ。」

イクトはそう言うと、窓の方へ歩いてゆき、通話ボタンを押した。

「もしもし――、」

「じゃあマスターが電話している間に、カイトは原曲聴いて歌詞とリズム覚えてろよ」
「うん、そうするよ」

そういいつつ、カイトはパソコンに繋がれたイヤホンを手に取り、
耳に当て、歌を聴いた。



「あ、うん―――
お前もVOCALOID買ったの?―――え?うん、成程――そっか、じゃあ」
ピッと、電子音を鳴らして携帯は通話を終了させた。
イクトは視線を窓からカイト達に向けた。

「家出したVOCALOID、か…まさか、な」
イクトはそう呟いて、もう一度携帯を弄り始めた。
そんなことも知らずにカイトは、
これから歌が歌えるという喜びと、片耳にしているイヤホンから聞こえるメロディに
心を寄せていた。



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【ホントウニ】二人三脚-4-【ハジメテノウタ?】

四つ目でやっと歌を歌わせてもらえることが決定したかもしれないカイト兄さん。なんていうかごめんなさい。鏡音姉弟が登場。

前のver.はタイトル変更or誤字訂正です。

閲覧数:233

投稿日:2009/01/14 12:15:22

文字数:2,919文字

カテゴリ:小説

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