第二章 ミルドガルド1805 パート14

 「結論から先に言うわ。ここにいる全員で迷いの森に向かうの。」
 ウェッジの表情を一瞥した後、ルカは全員に向かってそう言った。お互いの顔を見合わせ、手を叩いて喜んだのはリンとリーン、困惑した表情を見せたのはそれ以外の三人であった。
 「あたしも行くのですか?」
 真っ先に口を開いたのはハクであった。自身が旅に出るとは予想もしていなかったのだろう。そのハクに対して、ルカは当然とばかりに頷いてからこう言った。
 「勿論よ。貴女がいなければわざわざ旅をする必要が無いもの。」
 「あたしが?」
 「そうよ。」
 ルカはそう言うと、一つ頷き、そして慎重な口調で言葉を続けた。
 「ハク、貴女がミク女王から預かったこの王家のクリスタル、何のためのものかはご存知?」
 「知りません。」
 そうだろうな、とルカは考えた。知っていたらハクがその重みに平然と耐えていられる訳が無い。それを見越してミク女王は何も言わなかったのだろうか。それともミク女王自身もこのクリスタルについての正確な知識は有していなかったのだろうか。再びゲートを開く時が訪れるとは誰もが予想していなかった事態でしょうし、とルカは考えてから、ハクに向かってこう言った。
 「そのクリスタルは鍵の一つよ。」
 「鍵、ですか。」
 ハクは腑に落ちないという様子でそう答えた。
 「そう。鍵よ。異世界とミルドガルドを繋ぐゲートの鍵。」
 ルカがそう言ったとき、室内に奇妙な空気が流れた。異世界とはどういう意味合いなのか。その様な表情を一同が示している。ルカ自身、迷いの森が異世界とミルドガルドを繋ぐゲートとしての役割を果たしているという話はもう数百年も昔に、噂話程度の話題として耳にしたことがあるだけだった。
 「おそらく、ね。」
 「確証はないのですか?」
 続いて、メイコがそう訊ねた。
 「無いわ。ただ、昔エノーがクリスタルと、選ばれた魔術師がいればゲートが開くという話をしていたことがあったから。」
 「エノー?」
 メイコが続いてそう言った。それに対して、ルカがこう答える。
 「ハクは知っているでしょう。ビレッジで大婆様と呼ばれている老婆のことよ。」
 老婆と言っても、実年齢は私とさほど変わらないけれど。ルカはそう考えながらハクの顔を視界に収めた。
 「勿論、大婆様のことは。でも、お名前は存じ上げておりませんでしたわ。」
 「エノーは魔術師の割には名前を軽視する傾向があったからね。」
 というより、自分自身にあまり興味を持たない人間と言ったほうがいいか。私と同じように不老魔法で若さを保つことだって出来たはずなのに、エノーは自然に年を取ることを選んだ。それでも自身の役目がある以上、老婆の姿のままで生き続けるつもりでしょうけれど。ルカはそう考えながら、さらに言葉を続けた。
 「とにかく、ゲートの場所はエノーが知っているはずよ。そのビレッジに辿りつくにはハクの協力が必要だし。」
 まずはハクの隠された能力は隠しておこう、と考えたルカがそう言うと、リンが不安そうな表情でこう訊ねてきた。
 「ルカ、その異世界に行けばレンに逢えるの?」
 「分からないわ、リン。でも、賭ける価値はあると思うの。」
 そのルカの言葉に、リンは決意を固めた瞳を見せながら頷いた。だが、実際はどうなるか分からない。私の考えが検討違いかも知れない。ハクにはゲートを開く力など、持ち合わせてはいないかも知れない。その場合はそれで仕方が無いだろう。レンを探し出したいリンには過酷な結論にはなるだろうし、歴史の変革をこの目で見ることも適わない。だが、賭けるだけの価値はある。ルカはそう考え、そして全員に向かってこう言った。
 「明日にでも出発するわ。すぐにでも準備を始めて頂戴。」

 「リーン、今日はあたしの部屋で泊まらない?」
 ルカの話が終わり、ルカの私室から退出した直後、リーンは楽しげな表情をしたリンにそう声をかけられた。
 「いいの?」
 断る理由はもちろん無かったが、一応の謙遜を見せたリーンに対して、リンは当然、と元気良く答えた。先ほど海岸で見せていた悲しげな表情は綺麗に消え去っている。レンに逢えるかもしれないという希望がリンの身体を突き動かしているのだろう。続けて、リンはハクに向かってこう言った。
 「ハクも暫く時間があるでしょう?リーンと一緒にお話しましょう。」
 リンはそう言いながらハクの右手を掴み、自分の私室へと向かって歩き出した。女性三人がリンの私室へと消えた後、ウェッジが恨めしそうにリンの私室の扉を睨んでいたが、哀れなことに誰もそのウェッジの行動の意味に気が付かなかった。
 
 「異世界と突然言われても、ピンと来ないわね。」
 自身の部屋に戻り、ベッドの脇に腰掛けたリンは、リーンとハクがそれぞれ腰掛けたことを確認するとその様に口を開いた。
 「本当にミルドガルドとは別の世界に向かうつもりなのかしら。」
 続いて、リーンがそう言った。自身が予期せぬ時間旅行者であるという自覚は既に出来ていたが、それでもにわかに信じ難い内容の話ではある。宇宙科学が19世紀のミルドガルドに比べて飛躍的に発展している現代で生まれ育ったリーンであっても、宇宙人がいるという確定的な話すら聞いたことがない。それが異世界ともなれば、完全なファンタジーだと考えたのである。
 「ハクはどう思う?」
 リンは一度ベッドに座りなおすと、ハクに向かってそう訊ねた。その言葉にハクは暫くの間思索するような表情を見せた後でこう言った。
 「あたしは信じるわ。」
 「信じる?」
 意外そうな表情で、リンはそう言った。まさかこうもはっきりとハクが断言するとは考えていなかったのである。でも、とハクは考えた。かつて遊覧会の時、全ての準備を終えてミク様の私室へと訪れた時、あたしはミクさまと二人で星を眺めた。その時ミクさまはなんと仰ったか。『この星空の向こうに、私たちと同じように生活している人間がいるような気がしてならないの。』ミクさまと見つめた天空の遥かなる果てにその様な世界があるのだろうか。それに対する答えをあたしは受け取っていない。だけど、その言葉だけでもあたしには信じるに足りる事実ね、とハクは考え、そしてリンに向かってこう言った。
 「きっと、その場所にレンがいるわ。」
 その言葉に、リンは少しだけ嬉しそうな微笑を見せた。

 翌朝、早朝の礼拝はマリーとハクの旅の成功を祈るためにいつもよりも長い時間がかけられることになった。修道院長であるイザベラがマリーとハク、そして同行する全てのメンバーに対して祝福を授けてゆく。
 「皆さんに、神の祝福が訪れんことを。」
 最後にそう締めくくったイザベラに感謝しながら、リーンはリンとハクを置いて、先にルータオ修道院の正門へと向かうことにした。他の修道女との別れの挨拶くらい、ちゃんとしてきて欲しいと考えたのである。今なら新幹線で一日あれば訪れることが出来るグリーンシティではあったが、徒歩で向かうとなると軽く見積もっても一ヶ月はかかる。女性で旅行する人間が極端に少なかったと言うこともあるだろうが、そもそも往復の時間を考えると確かに長い別れになってしまうのだ。
 「おはようございます、リーン殿。」
 リーンが正門に到達すると、珍しい組み合わせがその場所に存在していた。メイコとウェッジである。黄の国と緑の国を代表すると言っても過言ではない騎士二人が大人しく人待ちをしている姿は多少なりとも違和感がある。
 「おはよう、メイコさん、ウェッジさん。」
 リーンは笑いながらそう言った。昨日は随分と遅くまでおしゃべりに興じてしまったが、朝の心地の良い潮風が眠気を吹き飛ばしてくれた。二百年後も変わらぬカモメの鳴き声が至る所で響き渡る。
 「旅の疲れは取れましたか?」
 メイコはリーンを労わるようにそう言った。メイコにしてみれば、かつての主君であるリンに瓜二つであるリーンに対して言葉遣いを崩すことは心苦しい事態であるのだろう。出会ってからもう一週間以上も経過しているのに、リーンに対しても敬意を失わないメイコに対して僅かに苦笑しながら、リーンはメイコに向かってこう言った。
 「十分に取れたわ。ありがとう。」
 その言葉に安堵したようにメイコは頷いた。それから数分が経過した時、リンとハク、そしてルカが修道院の玄関から歓声と共に送り出されてきた。その一番前で一際大きく手を振っているのはミレアだろう。本当はミレアも付いてきたかったのかも知れない、とリーンが考えていると、正門に到達したルカが全員に向かってこう言った。
 「全員揃ったわね。なら、早速出発するわ。」
 それに対して、メイコがこう訊ねた。
 「一度ゴールデンシティに戻りますか?」
 その言葉に、ルカは軽く首を横に振り、そしてこう言った。
 「いいえ。リンとリーンをつれてゴールデンシティ経由で向かうのは相当のリスクよ。少し道は悪いけれど、海沿いに南下していくわ。」
 その言葉に、全員が力強く頷く。その様子を眺めてから、ルカがさらに言葉を続けた。
 「まずは旧黄の国南部に位置するルワールに向かうわ。上手くいけば強力な味方に出会えるし。」
 ルカはそう言って悪戯っぽい笑顔を見せた。
 「ルワール?」
 続けてそう訊ねたリーンに対して、リンが驚いた様子でこう答えた。
 「黄の国最後の軍務大臣・・。ロックバード伯爵の領地よ。」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説版 South North Story  32

みのり「お待たせしました!第三十二弾です!」
満「文章が中だるみしてる気がする・・。」
みのり「暫く急激な展開もないしね。そろそろ動く頃だけど。」
満「ということで次回にも期待しておいて欲しい。」
みのり「よろしくね!」

閲覧数:281

投稿日:2010/09/05 15:18:31

文字数:3,911文字

カテゴリ:小説

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  • ソウハ

    ソウハ

    ご意見・ご感想

    こんばんはー。更新お疲れ様です。
    ついに来ました、ロックバード伯爵~。
    やばい、楽しみになってきました
    お仕事も忙しいと思いますが、更新がんばってくださいね。
    私もテスト終わったら小説更新しないとなー。
    それでは、次も楽しみにしてます。
    それでは~。

    2010/09/05 21:37:50

    • レイジ

      レイジ

      コメありがとうございます!

      更新頑張ってますよ?!
      さっき次回分投稿してきました☆
      勉強の合間の気分転換になれば幸いです♪

      ではでは、続きもお楽しみください!
      勉強頑張ってくださいね!

      2010/09/05 23:27:52

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