目の前で泣いていた少女。2人で交わした指切り。
それは最初の約束、君への誓い。
必ず果たそう。そのために、ここにいる。




『約束と誓い』




時計は午前1時をさしている。ルカは、眠れないでいた。何か理由があるわけではない。ただどうしてか、目を閉じてもなかなか夢の世界へ行けないのだ。
皆は寝静まり、静寂が辺りを包む。窓から差し込む月明りが眩しい。自分が眠れないのはこの月明りのせいだろうか。そんなことを考えながらルカは身体を起こす。

ルカの部屋は2階の階段を上がって右に曲がった突き当たりにある。マスターはボーカロイド1人ひとりに部屋を与えてくれていた。1階がリビングやキッチン、浴室、マスターの部屋などがある。2階はボーカロイド達の部屋だ。
実体化させずにパソコンのファイルの中にいれておけばいいのに、とルカは思った。
わざわざ個室を与えるなんて。しかし同時に、人間(ヒト)と変わらない生活をさせてくれることを有り難く思った。

何か水でも飲もうかと思い、キッチンへむかうため、部屋を出る。少し体を動かせば眠れるかもしれない。階段につくまでに他の仲間達の部屋の前を通るので、極力足音をたてないように静かに歩いた。こんな時間におこしてしまうのは申し訳ない。

階段をおり、マスターの部屋の前を通る。マスターももう寝ているだろうか。寝ていて当たり前な時間だが、マスターの生活はこの上なく不規則だ。起きているかもしれない。
と、その時、部屋の中から声が聞こえた。マスターの声とレンの声。
何を話しているのだろうとルカは気になった。けれどきっと、聞かれては困ることだろう。でなければわざわざこんな時間を選ばない。早くここから立ち去らなければ。
しかし、ルカの中で好奇心が勝った。ドアにもたれかからない程度に近付き、耳をすます。その話の内容に、ルカは自分の耳を疑った。




***




その部屋は暗かった。部屋の照明が消されていたからだ。ベッドとクローゼットと本棚と机。それだけしか物のない質素な部屋。
机の上には、パソコンが1台。パソコンのディスプレイの光だけが部屋を照らす照明となっていた。その画面には、沢山のファイルが重複して開けられている。
マスターは何も言わない。レンは、ため息を一つつく。
「何も言わないってことは、今の質問の答えは《yes》だと思っていい?」
と、レンは訊いた。正確には、確認した。返ってくる答えなどわかっている。
「ああ…」
そのマスターの返答にレンはやっぱりと思った。予想していた答えだったからか、それほど大きな衝撃はなかった。

――俺、記憶機能(メモリー)にまで異常きてる?

そう質問したのはほんの数分前のことだが、とても長い時間が時間が経っているような気がした。何故そんな質問をしたのか? 先日、1年前にしたリンとの約束を思い出せなかったからだ。レン達ボーカロイドは――実体化をし、人間と同じような暮らしをしているが――おおまかな分類にすれば機械である。機械が1年前のことを記憶機能(メモリー)に残せないのは、ほぼありえないことだったのだ。
「すまない…」
マスターは俯いて言った。暗いうえに俯かれては、レンにマスターの顔はまったく見えない。しかしマスターの声音から、大体の表情の予想はつく。
「いいよ。マスターが謝ることじゃないし…。完全には壊れてないみたいだから」
歌詞も旋律も覚えている。今のところ、歌を唄うことに支障はない。
それに。
「ちゃんと、リンと初めて逢った日のことは、はっきり覚えてる。マスターに引き取ってもらった日も、最初に歌を唄った日も」
それらを覚えていられるならいい。いや、忘れてはならないのだ。

しばしの沈黙があった。レンはもう一つ知りたいことがあった。
聞きたい。聞きたくない。2つの感情が混ざり、言葉が出て来ない。
「…マスター」
意を決し、呼び掛ける。そして、質問を口にした。
「俺はあとどれだけもつ?」
顔をあげたマスターの瞳には哀しみがあった。マスターは、躊躇いながら言葉を返す。
それを聞いたレンはそっかと呟いた。やはり聞かなければよかった。知らない方が幸せなこともある。しかし、今更後悔しても時間が戻るわけもなく。レンは悲しげに、笑った。本当はマスターをこれ以上心配させたくなくて、大丈夫だと笑いたかったのだが。結局、悲しさの入り混じった笑い方しか、できなかった。




***




「おやすみ、マスター」
そう言いながら、レンがマスターの部屋から出てきた。ガチャン、と扉の閉まる音。ルカはしまった、と思ったがもう遅い。時すでに遅しとはこのことだ。話を聞いたことはばれてしまっただろう。
「ルカ姉?…聞いてた?」
レンは怪訝な顔をしてルカに尋ねた。ルカは何も答えず、視線を逸らす。
「どこまで聞いた?」
とレンはルカに尋ねる。
「ドア越しだったから、あまり聞こえなかったわ」
「答えになってないよ、ルカ姉。どこまで聞いた?」
ルカの曖昧な返事に対し、レンは再度同じ質問を投げ掛ける。ルカは黙り込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「あなたがマスターに『今の質問の答えはyesだと思っていい?』って訊いているところからよ」
そのレンの問いに対するマスターの答え、マスターの謝罪の言葉、レンの言葉、最後のレンの問い。自分が聞いたことを嘘偽りなく話す。
「…これが私が聞いた全てよ。最後のあなたの質問に対するマスターの答えは、聞こえなかったわ。…盗み聞くようなまねをしてごめんなさい」
ルカは本当に申し訳なさそうに言った。それを見たレンは怒鳴り散らすこともできず、感情を抑えるために小さく息をはいた。
「そう。謝らなくていいよ、別に。聞いたなら、もうどうしようもないし」
レンの声音は、冷たかった。しかし、責めているような言い方でもない。
「ただ、今日聞いたことは誰にも言うな。…絶対に」
レンは、真剣な表情でルカに言った。レンのその顔を見て、ルカは気圧されたようにえぇ、と返した。




***




「…幾つか、訊いてもいいかしら」
そう言ったのはルカだ。訊かないほうがいいことかもしれない。或いは、訊いてはいけないことかもしれない。けれど、どうしても気になった。
「…いいよ。答えられることならね」
レンは、少しだけ考えてから言った。話の断片のみを聞いたのだから、知りたいことは山積みだろう。ここで質問に答えなかったがために、マスターやリンに質問されるのは困る。

「最初にあなたが言っていた『今の質問』って何?」
レンは記憶を探る。最初?と疑問に思ったが、ルカが聞いた中での最初かと解り、答える。
「ああ、俺の記憶機能(メモリー)に異常があるか訊いたんだ」
答えは《yes》かと訊き、マスターは肯定した。つまり、レンの記憶機能(メモリー)は正常ではない。
「『あとどれだけもつ?』って質問は、どういう意味なの?」
「言葉のそのままだよ。俺に残された時間があとどれだけか」
「どうしてそんな質問を…」
「いろいろと、機能に異常がきてるみたいだから」
レンは、ルカが言葉を言い切るより先に答えた。こんな質疑応答は早く終わらせたい。
「異常が出たのは記憶機能(メモリー)だけではなかったの?」
「うん」
「あなたの残り時間は…マスターは、何て?」
ルカがそう訊いたがレンは黙り込んだ。口に出したくないと思った。自分自身、信じたくなかったのに。レンはため息をつき、じっとルカを見上げる。
「『わからない』。ずっと大丈夫かもしれないし。最悪、明日にダメになってるかもしれない」
「…あし、た……?」
言葉を失う。明日壊れるかもしれない?
ルカは目の前が揺れた気がした。自分がもしそんなことになればと想像すると、恐ろしくなる。
「大丈夫だよ。俺は、死なない」
レンは言った。ルカに対して。しかしルカには、レンが自分に言い聞かせているように聞こえた。
「…どうして、そう言えるの」
ルカが訊く。レンの言葉に根拠なんてものはなかったからだ。レンは、目を伏せ、少しだけ微笑んで、答えた。
「約束が、あるから」
生まれた時に交わした、最初の約束。何にも代えがたい、大切な約束。
誓いと言ってもいい。これを果たすまでは、死ねない。
「誰との?」
「リン」
「どんな約束?」
「それは言えない」
「…あなたとリンさんはどういう関係なの?」
「さあ」
レンは少し考えたのち、言った。自分自身でもはっきりとした答えはわからない。気付いたら一緒にいて、それが当たり前。双子だとよく言われるが、ボーカロイドに血縁関係はない。彼氏や彼女といった恋人同士でもない。もう一人の自分、とも少し違う。似ていても全く違う人格をもつ、別のボーカロイドだ。
故に喧嘩をすることもある。けれども。
「誰よりも、何よりも、大切だと思う」
いうならば。
「俺がここにいる理由、かもしれない」

「…意味が、わからないわ」
ルカがそう零す。本当に。わからない。
ルカの中で疑問が次々とわき出手来る。
約束をがあるから死なない? 約束のために生きるの?
大切に思う人のために? あなたがここにいる理由は彼女なの?
自分のために生きようとはしないの?
明日ここにいられないかもしれないと宣告されたのに。
…――どうして泣かないの?
レンは、見た。ルカの頬を伝う雫を。
「なんで、ルカ姉が泣くの」
レンがルカに問いかける。ルカはその場に座り込み、両手で顔を覆った。レンの問いには答えない。
だって、自分でもわからない。悲しさか。悔しさか。ただ、涙が溢れて止まらない。
「俺の、代わりに?」
レンは訊く。ルカはまた、答えない。否定も、しない。
「ありがとう」
「…っ」
ルカは何も言えない。言いたいことがあるのに。
声にならない。伝えられない。
自分のために生きてほしい。誰かのためではなく。
そう思った。なのに――…
「…いつか、こんな日がくるかもしれないことは、予想の範囲内だったんだ。少し、早い気がしないでもないけど」
と、レンは言った。
5年は確実に生きられるはずだった。明日死ねば2年も経っていない。でもずっと大丈夫だという可能性も、なくはないのだ。そうなったらいいのにな、とレンは思った。
「俺は他の『鏡音レン』とは、少し違う。不安定なんだ。存在が」
「ど…っいう…」
ルカの声は涙で掠れていた。どういう意味だと問いたかったのだろう。
「だから、仕方ないんだ」
レンのその言葉に、ルカは答えになっていないと思った。先程答えになっていないからと聞き返してきたのは誰だ。それに。
仕方ないなんて、そんな言葉を聞きたいのではない。レンの言っていることは何もかもが不可解だ。存在が不安定? 聞いたこともない。
でも。だからって。
仕方ないなんて、言わないで。諦めないでほしい。生きることを。
「最近の俺は、誰かを泣かせてばっかりだ」
レンは苦笑をうかべる。
「今日聞いたこと、俺が言ったこと。わけわからないことばっかりだと思うけど、誰にも言わないで。絶対」
ルカはコクンと頷いた。涙で、ちゃんとした声が出せそうになかったからだ。
いつまでも泣いているとレンが困ると思った。けれど涙はとまらない。




そのあとレンは、ルカが泣きやむまでずっとそこに居た。慰めの言葉をかけるでもなく。泣きやむよう急かすでもなく。そこにしゃがんで、座っているルカと目が同じ高さになるように。そして、ただただそこにいた。
ルカは、レンに言いたかったことを、結局1つも言えなかった。




***




「レン!」
リンの声がする。何も見えない。レンは自分が目を閉じているからかと思い当たり、目を開ける。カーテンが既に開いていてとても眩しい。おそらく、リンが開けたのだろう。朝日は好きだが、起きたての目にはキツいものがある。
「おはよ、レン!」
元気だなぁ、とレンは思った。時計に目をやる。まだ6時だ。
レンは目をこする。眠い。昨日寝ようと布団をかぶったのは2時だったから4時間しか寝ていない。二度寝して8時くらいに起きたいところだが。…無理だろうなぁ。
「おはよう。…とりあえず、降りて」
レンの布団のうえからリンが四つん這いになって乗るかたちになっていた。このままでは起きられない。リンは素直にベッドから降りる。
「レン聞いて!今日はマスターが新しい歌くれるって!」
それでこんな時間に起こしにきたのか。リンは嬉しそうにずっとニコニコしている。
「着替えたらすぐマスターの部屋ね。早速調教(レッスン)だから。レンと一緒に唄う歌って久しぶりだから楽しみ!」
そう言ってリンは部屋を出ようとする。
「リン!」
レンがリンの名を呼ぶ。

《君は覚えてる?最初の約束を。》

リンは不思議そうな顔をする。
「なぁに?」
「あ…いや、なんでもない。すぐいくよ」
「うん?わかった」
じゃ、あとでね、とリンは部屋を出る。




――君は?
――鏡音リン
――泣いていたの?
――……独りは、イヤ
――なら…




目の前で泣いていた少女。2人で交わした指切り。
最初の約束、君への誓い。
必ず果たそう。それは――…
『          』


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

存在理由ep.2

ミク「世間一般のルカちゃんは好奇心が勝つような子じゃないでしょう?」
ミプ「そこはスルーで」
ミク「それより私まだ一度も本編に出てないんですけど」
ミプ「あらー?( ̄∀ ̄;)」

自分の執筆スピードの遅さに凹みます。
こんにちは。ミプレルと申します。

それでは、読んで頂いてありがとうございました!感想、アドバイス、誤字脱字の指摘等、お待ちしております。批判も甘んじて受けますので、遠慮なくどうぞ。

追記(11月28日)
いつも携帯からの投稿で、携帯がおかしいのか理由はわかりませんが、携帯では5000字までしか投稿できません。なので1と2にわけていたのですが、PCで編集すると6000時には収まったようなので変更。2-2は削除させていただきます。内容は全く変わっておりません。
同時にタイトル変更というか決定というか。何回変えてんだよ自分。存在理由がテーマであることには変わりないのですが…何となくタイトルは違うのにしたかったのですが、周りの意見も聞きながらこれにしました。

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閲覧数:372

投稿日:2009/11/28 20:39:57

文字数:5,435文字

カテゴリ:小説

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    ayuu様

    本当にすみません…!またコメントありがとうございます!!

    深いだなんて!…一番の問題はタイトル合う小説になるかどうかなのですが^^;

    ブクマ…!何から何までありがとうございます!勝手なことをしておいて申し訳ないです。図々しいお願いではありますが、今後ともよろしくお願いいたします…!

    2009/12/06 18:51:28

  • ayuu

    ayuu

    ご意見・ご感想

    こんばんは~^^ayuuです
    修正前(?)の作品も読ませていただいていたのですけど、まとめてあった方が読みやすくていいですねっ
    『存在理由』・・・タイトルも深いですね
    ブクマいただきましたっ

    2009/12/02 20:10:46

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