君は、大人しい子だった。

仲のいい子もいない、孤立しているけど嫌われてもいない。

不思議な雰囲気を纏った君に、僕は―――






―――不慮の事故だった。

ドライバーがハンドルの操作を間違えたがために起きた一瞬の出来事。

その一瞬で、君の時間は止まってしまった。

同時に、僕の時間も止まったままだった。




数年が経った。

その数年で、いろいろなことが変わった。

黒板はなくなって、ヴァーチャル授業をどこの学校でも使うようになった。

車にも思考装置がついて、事故率がかなり下がった。

僕は学生から、教師になった。

でも僕の中の時間は、君の過ごしているはずの時間は動かない。

もう決して動かない…そう思っていた。




Lily、と呼ばれた彼女は教室の一番後ろに座る。

外国生まれの親がいるのか、綺麗な金髪を靡かせ蒼の双眸でこちらを見据えていた。

彼女は休暇を使って少しだけここの学校に来たらしい。

見た目や名前こそ違うが、見つめる瞳の強さや声、そしてその雰囲気は。

あの時の、君だと確信した。






「君は…一体、誰なんだ?」

数日後――彼女がいる三週間の、最終日。

教室で帰り支度をしていた彼女を止め、僕はそう切り出した。

帰り支度が遅いのも、やっぱりかつての君と同じだった。

「私は、Lilyですよ」

彼女は、そう儚げに答える。

でも違う。それは僕の聞きたかった名前じゃない。

「君は、Lilyじゃなくて――」

そして、僕は。



「――君は、百合だろう?」

あの時好きになった君の名前を、『初めて』呼んだ。



彼女――いや、君は、そこで大きく目を見開いた。

「私は…私を…Lilyな、のに……」

ブツブツと1人で話し始める君の瞳には、涙が溜まってきている。

小さな声で君はは呟いた。

「君になら…いいかな」

そして、幾分か落ち着いてから。

震えた声でこう言った。

「百合のこと、私が生まれたときのこと、貴方になら教えてあげる」





Dr.Kurenoと言われて、今の世の中知らない人はいない。

彼は、この数年のヴァーチャル化に貢献した人物である。

そして彼が溺愛していた一人娘こそ――暮野百合、僕の好きな君だった。

あの日の事故は酷いものだったけど、幸い頭部の損傷は少なかったらしい。

彼は、娘の脳だけを取り出し、それを使って近未来型アンドロイドを作成した。

それが、今ここにいる「Lily.01β」らしい。




「脳のコピーと言っても、思考回路のインプットが主だから、記憶装置は別に開発されたの」

彼女は、お世話型アンドロイドになる予定だったらしい。

「だから、私と百合は別人…本来ならね」

「本来なら?」

「ここは、博士が実験場所に指定した場所なの。私がしっかり作動するように確認するための」

「三週間、というのはつまり、君の動作確認の期間だったのか?」

「うん。でもここでイレギュラーが発生したの。原因は―――貴方」

「僕が…」

「貴方を見た瞬間、思考回路が入っているパーツが…百合が叫びだしたの」

君がいた時、僕らの認識はクラスにいる知り合いぐらいだったと思う。

それが、何故?

「私は今日まで、それを懸命に押さえつけた。百合を出さないようにしてた」

そうしないと、彼女はアンドロイドとしての役割を果たせない。

アンドロイドは、擬似感情しか持てないから。

ニンゲンの感情を持ってはいけない。

まあ、その常識を覆すための実験こそが彼女だから、それは例外なのかもしれないが。

「じゃあ、君の中にある百合の拘束を解いたら…」

「私は、百合に飲み込まれる」

「…お願いを、聞いてくれないかな」

「…いいよ、貴方なら。百合も貴方に逢いたいと、叫んでいるから」

彼女は微笑み、目を閉じた。






「久しぶり、君」

君は僕の事を君と呼んでいた。

意地でも名前では呼んでくれなかったなぁ。

「…暮野さん」

そして僕は君の事を「暮野さん」と呼んでいた。

「ねえ君、さっきみたいに、名前で呼んでよ」

「そうだね…百合、久しぶり」

「本当に。そういえば、君の夢叶ったんだね。おめでとう」

「ありがとう」

「三週間だったし、Lilyとしてだったけど、君の授業が受けれて本当に良かった」

「僕も、また百合と逢えて嬉しいよ」

年のせいか、目が熱くなってきたのでふと顔を伏せる。

君の足元をよく見たら――足が、消えかかっていた。




「百合…その足は…」

「足、そうか。もうタイムリミットなんだ」

君は何かを知っているようだった。

よく見ると君の目にも涙がまた溜まってきている。

「私の体、アンドロイドだけど…アンドロイドじゃないの」

「それは、どういうこと?」

「父の発明でね、電池が無くなったりオーバーヒートを起こすとその場から消される形で装置に強制送還されるの」

「オーバーヒート…やっぱり、さっきのように僕のせいで?」

「…うん。私は試作品だしね」

「そうか…じゃあ、また君に逢えるのか?」

君は、ゆっくりと首を横に振った。

「百合としての記憶は多分、体が消えると同時に…」

僕は愕然として、声が出なかった。

ただただ、そこに立っていることしかできない。

そうしている間にも、君のタイムリミットは刻一刻と近づいている。

もう、君の下半身は無いも同然だった。




「最後に、君に…伝えたいことが」

「だめ。今の私に伝えないで。結局無くなってしまうだけだから」

僕は駆け寄って君の手を握ろうとしたが、まるで何もないかのようにすり抜けてしまうだけだった。

「…本当に時間がきたみたい」

君の顔すらも、透明になってきて。

ジジジ、というノイズ音も聞こえてきた。

そして君は、最期の言葉を発すべく口を開ける。



「君に想いを伝えられないまま、記憶を失くしちゃうのは…寂し、い…」



そのまま君は、パソコンの電源が切れたようにあっさりと、ノイズ音と共に消えてしまった。

たった一粒の涙を遺して。




僕の前から一度消えた君。

もう戻ってこないと思っていた君。

僕は、また逢えたこの時間を、ずっとずっと忘れない。

だから今は、二度目のさよならに泣いてもいいかな。







君の遺した涙の上に、僕の涙が落ちていった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

Mermaloid…表…

こっちではお久しぶりな気がします…。
多分半年振りぐらいかなーって、それぐらい…w
この半年でいろんなことが変わったような気が致します。まあはい、正直疲れま((

今日はニコ動で素敵な企画をやっているので、頑張ってその日に投稿できるよう調整しましたw
裏はまた素敵な企画をやっているときか、何かにかけて投稿します(完成してるから今日投稿するかもしれない)。

それでは。

閲覧数:113

投稿日:2015/04/10 20:52:12

文字数:2,671文字

カテゴリ:小説

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