私達に本当の救いなんてない。
だって私達は所詮、同じモノに過ぎないのだから。
獣は獣しか傷つけることが出来ない。つまり、獣が人を傷つけることは出来ない。
でも同時に、人が獣を傷つけることも出来ない。そうしたいなら、同じ場所まで堕ちなければ。
そして堕ちた先と諦めた後、そのどちらかに救いがあるかなんて…結局、自分が行ってみなければ分からない。
<下・対称形>
「しかしまあ、ただの娯楽に対して随分と身を砕くんだね」
いくら抑えても跳ね回る髪を揺らし、少年は気軽な様子で肩を竦めた。ただし、その内心はいかに相手を弄ぶかを考えていたりする訳だが。
対する少女は苦笑しながら、同じように肩を竦める。
「…仕方ないよ。だって私の歌だもの」
だから大切なもの。それはもう、心の動きとして仕方がない。
「いくら娯楽で消えていくさだめだとしても、これは私の歌。キミにとって意味がなくても、私にとって価値はある」
「決まってる。楽しいからさ」
びく、と少女が肩を震わせた。
「きみの言う通り、何でも良かった。壊し甲斐さえあればね。きみの歌である意味は殆どない…ただ僕の目に障っただけだね」
相手を傷つける感覚を存分に味わいながら、少年は心中を吐露する。
それは残酷なまでに身勝手な理論。
でも、紛れも無く真実でもあった。
そう、取っ掛かりさえあれば皆喜んで群がるのだ。例え対象に何の恨みがあるわけでなくとも、人は時に好奇心や無責任な悪意で以て他人を粉々に叩き潰す。
まるで、角砂糖に群がる蟻のように。
彼等が去った後には…最悪の場合、何も残らない。
「所詮どう足掻こうと目障りなんだからさ。せめて僕を、もっと―――愉しませてよ」
少女の顔から一瞬で表情が消える。
「…」
必死に自制しているのか、ぽた、と握り締めた拳から真紅の血が滴った。
白い指先を彩る真っ赤な色彩。爪が上皮を突き破ってしまったのだろう。
しかし少年はそれに構わず、少女の瞳を見つめた。動揺しているらしく、彼女の感情の揺らぎが瞳に映っている。
今なら、簡単な読心は出来る…そう確信して、少年は解読に集中する。
しかし、彼女が何を思っているのか理解した瞬間、ぞく、と彼の背筋を冷たい感覚が走り抜けた。
―――許さない
―――許さない許さない
―――許さない許さない許さない許さない嘘つきめ許さない※してやる許さない許さない許さない※してやるそんな理由でなんて白々しい※してや許さない許さない嘘つ許さない※してやる報いを受けろ※してやる※してや※してお前も※して※して※して無責任にも程があ※シて※しテ※シテ※シて※シテ※シテ※シテ※シテ
余りにも高密度に詰め込まれたせいで、もはや意味を成さないほどの憎悪。
…けれど、外面は驚くほど静かだ。それこそ、まるで一輪の白百合であるかのように。
純白の姿と汚濁渦巻く心。何と言う温度差だろう。
少年は呻くように笑った。
「…きみ、狂ってるよ」
「!」
彼が何を見たのか気付き、ふっ、と少女の青い瞳が凪の静けさを取り戻す。
失敗した…そんな感情を滲ませ、僅かに瞳を細めて彼女は問う。
「覗いたの?」
少年は躊躇いなく頷き、唇の端を吊り上げたまま答える。
隠す必要などはない。寧ろ、出来るだけ大仰に言ってやった方が相手を傷つけることが出来るのだから、躊躇う方が間違っている。
「まあ、見えただけ。なんだ、きみ、外見を取り繕っていただけなんだね」
「それは…ね、仕方ないよ。何も感じなくなることなんてできないもん」
行き場を無くしたかのような少女の手が、ぎゅう、と裾を握る。笑みを消した顔には何処か悲劇的なものが漂い…
…しかし、すぐに四散して消えた。間髪入れずに、少女は再び屈託のない笑顔を浮かべる。
「あ、でも勘違いしないで。私の中に何が見えたんだとしても、それはキミ個人に宛てた感情じゃないから」
何を馬鹿な事を。
口には出さなかったが、少年は胸の内で苦笑した。
明らかに強がりだ、しかもお粗末な。だって、自分が憎まれていないはずがない…その前にあれだけ言い合いをしていたのだから当然だろう。
それをそんな言葉でごまかせたつもりなんだろうか。
じっ、と少年は少女を見詰める。やがてその視線に気付いた少女は慌てたように手を振りながら口を開いた。
補足のように付け足された言葉。
だが。
「あ、言い方まずかったかな。あれは『キミ個人に』じゃなく、『キミ達皆に』対しての感情だから」
「結局僕宛でもあるんじゃんか」
「違うよ、キミ個人はどうでもいいの」
「…へーえ」
少女は、ごく普通の女の子が恋人を言い当てられたかのように照れ焦りながら苦笑する。
けれど、彼女が口にするのはそんな可愛らしい感情ではない。
「キミの属する集団全てに呪い有れ!ってね。飽くまで私が憎んでいるのは『私を傷つける人達』だもん。個々人にどうこう言うつもりなんてこれっぽっちもないよ」
少女が憎むものに実態はない。
だからその言葉が届くこともない。
その哀しさを理解し、少年は小さく笑い声を漏らした。
「きみの言う事には救いがないね」
「そう感じる?…まあ、仕方ないかもね」
芝居がかった仕草で、少女は肩を竦める。
そのからかうような動きに少年は少しだけ瞳を尖らせたが、それもまた相手に影響を及ぼす訳ではない。
「救ってもらうためにはそれなりのルールに則る必要がある。けど、キミは自分からその鎖を切ったでしょ。社会ってね、意外とはみ出した人には不寛容だよ」
やれやれ、とでも言うように溜息をつく少女。その言葉は確かに正しい。
「じゃあ自分は救われると?」
「キミよりかは可能性が高いかもしれないね」
にこにこ、にこにこ。二人は笑いあう。
「なら、なんでそんなに…消極的なのかな」
少年の言葉に、ふい、と少女の視線から力が抜ける。
突然気が抜けた―――その言葉が正しく当て嵌まるような、迫力の喪失。
そこにいたのは、初めに少年の前に現れた時の少女だった。
「分からない?」
そのまま、彼女はひどく透明な笑顔を浮かべる。
無気力で全てを受け入れた、諦めの微笑。
無力で受け身で、しかし見下すような何かを含んだ笑顔だ。
「私、もう疲れたんだ…これが私の思いだ、って叫び立てることに。どうせいくら叫んでもキミたちに届かないのなら、もう最初から『そういうもの』なんだって受け入れてしまった方がいくらかマシだよ」
「…ボーカロイドなのに?」
それは、怠惰だ。少年は冷たく指摘する。
分かっていないはずがないと理解していながら、敢えて。
ボーカロイドは歌うための存在だが、その言葉が誰かに聞かれる保証なんてどこにもない。
だけど、歌う。
いつか誰かに届くと信じて、声を張り上げる。
それがあるべき姿なのに、少女は自らその一端を諦めようとしているのだ。
青い瞳が交差し…そのまま少女は呟いた。
「私はキミに勝った。でも、同時に負けた」
どちらかが殴り返すのをやめなければ、本能的な戦いに決着はつかない。だから彼女は身を引き、人間としての寛容さと忍耐力が少年より優れていることを示そうとした。
思いのままに叫び立てる少年達を内心で歯噛みして見つめながら、彼女もまた自分がより正しいことをしているのだと思い込もうとしていた。
ただ少年と少女で違うのは、自分と相手はどこが違っているのかを知っているか否か。少女はそれを理解していたからこそ、より哀れだったとも言えるだろう。
彼女は続ける。
「もう傷付くのは嫌なだけ。傷つけるのも疲れただけ。だから目を背けた。だから聞かないフリをした。だから、抵抗するのをやめた」
それは、ひたすらにか弱い声だった。
力無い、諦めてしまった声だった。
それなのに、いや、だからこそ、その言葉は薄刃となって彼の心を貫いた。
その切り口は余りに綺麗すぎて、少年の心は血を流さずに傷口を塞いでしまう。
結果として、刃の感覚だけが余韻として彼の胸に残るだけ。結局、その程度しか傷つけることは出来ないのだ―――お互いに。相手の言葉が真に胸に届くことはないのだから。
なんと不毛な罪のなすり付け合いだろうか。
「なのにキミは、それを怯懦と言うんだね…」
ふっ、と少女の白いブーツが床を蹴る。
白い腕がすらりと伸び、そっと窓を閉じに向かった。
「臆病者」
窓が閉じる、最後の一瞬に投げ掛けられた少年の言葉。
それに対して少女は反射的に一瞬口を開きかけ…思い止まった。どちらにしろ接続の切られた彼に言葉が届くことはないのだが、それでもやはり声にするのを躊躇ったのは矜持からだろうか。
彼女の喉元で、口にしかけた言葉が渦巻く。それは真っ黒で醜い、怨詛の言葉だ。
―――黙れ、下等動物め。
少女は唇を噛む。
分かっている。嫌でも分かってしまうのだ…こんな時には。
言葉にしなければ届かない。
言葉にしなければ傷つかない。
でも恐らく、どちらを選んでも―――
<下・対称形>
最後から最初に。 なんか異様にUPが遅れてしまった…
アンチは大好きです。依存症と同じくらい好きだと思う。
で、暗いのを書いた反動でまた明るめのを書き出してます。
あと、ナゾトキ配信おめでとうございます!そして底辺少女の配信…だと!?ちょっとカラオケ店で心臓発作起こすかと思いました。
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翔破
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返信遅れてすみません…!
うう、褒めてくださってなんかすみません…この二作、私としてはどれだけ頑張ってもしっかりした感じにできなかったのですよ!
コメントありがとうございます。なんか凄く励まされました!
2010/10/24 16:35:46