ひゅう、と冷たい風が吹いて、リンカは首を竦めた。換気のために開けていた窓を閉め、暖炉に薪を入れ火をおこす。もう、お日様からお月様へのバトンタッチの時間だ。そして、この宿屋に人が集まる、一日で一番賑やかな時。

「――――あら、そろそろ時間かしら」

お客さんを迎える準備を終え、椅子に座って毛糸を手に取る。編み物をしながら、リンカはただ、待つ。カーテンの隙間から差し込んでくる光が赤く染まってきたら、穏やかな瞳を手元から動かした。ゆらゆらと揺れるホットミルクの湯気の奥に見える扉が、カタリと開いた。

「おかえりなさい、あなた」
「ああ、ただいま、リン」

バサリとくたびれたコートを壁に書け、レンがリンカの隣に腰を降ろす。少し乱れた蜂蜜色の髪を、リンカの細い指が梳く。

「ふふ、お疲れさま」
「今日は次から次へと仕事が来たからな。こんなに引っ張り回されたのは、久しぶりだ」
「それだけ、皆あなたを頼りにしてるのよ」

ふぅ、と溜め息を吐いて、疲れたと呟くその表情は、まんざらでもなさそうだ。賢く、多くの知識も持つ彼を頼る者は、少なくない。畑仕事を手伝わされている姿を見かけたこともある。男手は、いくらあっても足りないのだ。しかしそれは、余所から来たレンが街に馴染めているということだ。嬉しそうにはにかむリンカの頬に、レンの片手が触れた。

「どうしたの?」
「………リンは、俺が帰ってくると、いつも同じ笑顔で迎えてくれるな」
「あら、私、変な顔してる?」
「いや、そうじゃねぇよ。………俺が旅してた頃と同じ、俺がここに帰ってくるのをずっと待ってた、って顔だ」

レンの言葉に、丸い瞳が少し揺れる。図星か、と困ったように眉を下げて笑うと、レンがリンカの頭を少し乱暴に撫でた。

「そんなに無責任な男じゃねえよ。黙って何処かに消えたりはしない、約束する」
「…………うん」
「―――大切な人を二人も放り出して出て行くなんざ、今の俺には出来ないようだしな」

やれやれ、どこか嬉しそうに溜め息を吐きながら、レンがリンカのお腹に優しく触れる。ここに宿る、愛しい小さな命。孤独だった旅人が探していた帰る場所は、此処に。

「男の子かな、女の子かな?」
「そうだな………女の子なら、リンに似てほしいな」
「ふふっ、私のような恋をするのかしら。……ほら、例えば、何時かの小さな旅人さん」
「ああ………ロサのぼうずか」
「きっと子煩悩なパパさんになるわね」
「…………誰がだ?」
「あなたよ、あなた」

リンカの言葉に、少し眉をひそめたレンに、くすくすと笑う。娘を取られたくないからだとリンカは捉えたが、彼女が知らない想いが、もう一つあった。あの頃のレンは気付かなかったが、いつかのサルビアが咲く時期に出会った少年は、リンカに淡い想いを抱いていた。それはおそらく、今のレンと同じもの。

「まったく………変わったな、俺は」
「え?」
「いや、独り言だ。………さて、また忙しくなるな」

この宿屋は、夜になると酒場に変わる。常連客も旅人も、皆がわいわいと騒ぐこの時間が、リンカは大好きだ。昔は客だったレンが、手伝う、と立ち上がる。差し出された手を取って、リンカはふわりと微笑んだ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【サルビアの娘】赤い花は咲かずとも【ずっとずっと未来のお話】


あなたは、私の隣に

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サルビアの娘、自己解釈後日談です

設定は、ナナミPの小説を参考にさせて頂きました


リンちゃん、待ち続けた旅人さんとお幸せに!

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閲覧数:243

投稿日:2011/12/31 19:26:27

文字数:1,336文字

カテゴリ:小説

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