泥のように眠りこける僕を起こしたのは、アパートの呼び鈴だった。連続で鳴らされるベルに気付いた僕は、のっそりと寝床から這い出して、眠りへの誘惑に抗いながら訪問者を迎え入れた。

「寝てたのか?」

 尋ねてきたのはケイだった。彼は床に積まれた音楽雑誌やテーブルに転がる空き缶を見やりながら、寝ぼけ眼の僕に言った。

「うん。……今、お茶出すよ。散らかってるからベッドにでも座って待ってて」
「おう」

 欠伸交じりの僕の応対に気を悪くするでもなく、ケイは言われたとおりベッドにどっかりと座り、足を組む。ぴしりと着こなしたビジネススーツの膝に皺がよった。

 台所に立った僕は棚から急須とお茶っ葉を引っ張り出して、湯飲みを二客手に取る。やかんにミネラルウォーターを注いでコンロにかけ、手持ち無沙汰な間に顔を洗った。いくらかすっきりした頭で思う。

 そういえばケイが尋ねてくるなんて珍しいな。

「今日はどうしたの?」

 僕の部屋を観察していたらしいケイが僕に目を向ける。

「ああ、ガドの親父さんから聞いたんだ。お前が面白い曲を書いたってな」
「それでわざわざ? ケイ、暇なの?」
「昼まで寝てる奴が言うことかよ?」

 確かにそうだ。僕は返事の代わりに肩をすくめた。何がおかしいのか、にやにやしながらケイが言う。

「親父さんが言ってたぜ。若ぇやつはちっとばかし目を離すといつの間にか変わりやがる、とさ」

 にやつくケイの目線は楽譜が散乱する机に注がれていた。目聡いなぁ、とケイの旺盛な好奇心に呆れていると、やかんから蒸気が吹き出し、水が沸騰するぼこぼこという音が聞こえてきた。ちょっと温めすぎたか、と僕は慌ててコンロの火を消す。

 茶の葉を入れた急須に熱湯を注ぎ、無骨な湯飲みにお茶を注いでいく。最初は少なく、数回に分けて淹れるのがポイントだという、うろ覚えの知識を使ってお茶を淹れ終えた僕は、ケイにあつあつのお茶を手渡した。

「サンキュー。ってなんだこの飲み物?」

 湯飲みを覗き込んだケイが、疑問の声を上げる。

「あれ? ケイ、緑茶は初めてだっけ?」

 そういえば、前に来たときはケイの好みに合わせてコーヒーを出したんだった。数週間前の記憶を思い出す。習慣的に、無意識にお茶の種類を選んだせいで、今回は故郷の味をチョイスしてしまったらしい。

「お~、これが噂のグリーンティーってやつか」

 呟いて、ケイは緑茶を一口含む。舌の上で転がして、こくんと喉を鳴らした。

「どう?」
「ふぅん。ま、悪かないな」
「そっか。良かったよ」

 口に合わなかったらという僕の心配は杞憂に終わったようだ。合わないなら合わないでしょうがないけど、自分の国の文化はやっぱり受け入れられたいものだ。

 隅に追いやっていた足の短いテーブルをベッドの傍に移動させ、自分の分のお茶を置く。朝方まで使っていた椅子を回転させて、僕は腰を下ろした。物珍しそうに緑茶を味わっていたケイは、組んだ足を解いてテーブルに湯飲みを置き、おもむろに切り出す。

「“楽譜(スコア)の焼き場”に行ってきたんだろ?」
「うん」
「どうだった?」

 僕の反応を窺うように、楽しげにケイは訊いてきた。実際、面白がっているのだろう。

「まあ、すごいところだったよ」

 色々あったことを説明しようかどうか迷った僕は、結局短い言葉でごまかした。

「そうだろうな。あそこは……そう、『衝撃的な』場所だ」

 至極曖昧な僕の表現がお気に召したようで、ケイは上機嫌に笑う。ケイもかつてあの光景を見たんだろうな。そう思わせる言い方だ。もっとも、どう感じたかには違いがあるみたいだけれど。

「で、新しい曲を書いたと」

 自身の膝に頬杖を突いて、意味ありげな視線を僕の背後に送る。その視線の先には、机の上に散乱した新譜があった。

「読んでみる?」
「おう」

 先だっては、僕の書いた曲をつまらんと一蹴したケイが、興味津々といった感じで新作を所望する。自分で言うのもなんだけど、僕なんかが書く曲をどうしてそんなに読みたがるのか、ちょっと疑問だ。喜ばしいことなのだけど、少し腑に落ちない。

 そんなことを考えながら、ばらばらに散らばっていた紙をまとめて順番どおりに直した僕は、それをケイに手渡した。

「へぇ?」

 一枚目に向き合ったケイが呟く。瞬間、笑みを消して真剣な目で曲を読み始めた。眼球が目まぐるしく左右に流れ、紙を繰る軽い音が連続する。黙々と新譜を読み進めたケイは、最後の一枚まで目を通すと瞳を閉じた。

 今しがた読んだ曲を脳内で再生しているのだろう。やがて目を開けたケイは、口の端が吊り上がるほどに深い笑みを浮かべ、

「面白ぇ」

 と言葉を零した。

 意外な評価に僕は驚く。ケイには過去幾度か批評をもらったけど、こんな感想を漏らしたのは初めてのことだ。

「この曲、名前は?」
「名前?」

 はたと気付く。そういえば題名なんて考えたこともなかった。僕は名前名前と呟きながら頭を悩ませる。

「ええと、火葬曲……かな」

 考えた末に出てきたのはこんなタイトル。

「火葬曲、ね。ますます面白ぇ」

 さらに笑みを深めたケイは、僕へ目を向けてこう言った。

「なあカイト。この曲、あの緑髪の子のために書いたろ?」
「分かるの?」

 再び僕は驚く。一度読んだだけでそこまで看破するなんて。

「舐めんな。俺はプロだぜ。これくらい分かるっての」

 言いながら、ケイは楽譜を僕に突き返す。さすが、天下のKK様にはお見通しというわけか。尊大にも思える台詞に、僕は感心するやら呆れるやら、複雑な心境で自作を受け取った。

「ま、事情を知ってりゃ俺じゃなくたってピンとくるがな」

 ケイは小声でそんな言葉を付け足す。それから、とんとんと人差し指で膝を叩いた。

「カイト、もう四つ、楽譜を書けるか? ピアノとキーボードとギターとドラムで四つだ」
「もちろん書けるよ。っていうか、書くつもりだったけど?」
「なら書いてくれ。で、どれくらい時間が掛かる?」
「え~と……1・2週間くらい?」

 突然どうしたというのだろう? 矢継ぎ早なケイの質問に、僕は戸惑うばかりだ。何かを計算しているのか、ケイは忙しなく人差し指を動かす。

「よし」

 とんと指を下ろしたケイは、一人納得した様子だ。

「その曲、ミクって娘に歌ってもらうつもりなんだろ、カイト?」
「そりゃ……出来ればそうしたいと思うよ」

 何から何まで見透かされていることに居心地の悪さを覚えながら、おずおずと僕が答えると、ケイはすっと立ち上がる。

「それなら――」

スーツのポケットに手を突っ込んで、にやりとケイは笑った。

「派手にいこうぜ」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • オリジナルライセンス

【小説化】火葬曲12

No.D様の火葬曲からイメージを膨らませて小説化しました。よろしくお願いします。

原曲様→https://www.nicovideo.jp/watch/sm6074567

閲覧数:72

投稿日:2023/02/21 19:52:13

文字数:2,797文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました