「……という訳さ。」
話し終えるとたいとは席に背もたれた。
話はだいたいわかった。たいとたちはあの船で敵を倒したあと、私と一緒にヘリでそのまま基地に来て、そのまま仲間になるらしい。しかしまだ納得いかないことがある。
「あの、たいと?」
「なんだい。」
「なんで君達が水面基地にくるんだ?」
「……ただ、俺達は命令に従って動いているだけだ。なにせ兵器だからな。行けと言われれば行く、撃てと言われれば撃つ。そんだけだ。余計なことは教えてくれない。」
「そうか……。」
兵器。確かに兵器かもしれない。私も、隊長たちの乗っている戦闘機と変わらないのだから。でも……。
「ひろきは……そんな言い方をされたら寂しいだろうな……。」
私はそっと呟いた。
「えっ、今なんて言った?!」
ヘリの中はうるさいのに、たいとには聞こえたようだ。こっちに身を乗り出した。
「え、ひろきがそんな言い方をされたら寂しいだろうって……。」
「博貴博士を知ってるのか?!」
「あ、ああ……今、私と水面基地に居るんだ。」
「ほんとに? ひろきがいるの……?!」
キクも赤い瞳でじっとわたしを見ている。
「知っているのか?」
「ああ……。俺とキクを作ってくれた人さ。」
◆◇◆◇◆◇
ミクが朝からいない。今日の朝、司令の部屋に呼び出され海上保安庁のヘリで何処かへ行ってしまったことを司令の側近の人が教えてくれた。どこに行ったかは教えてくれなかった。あの司令の事だ。僕に断わらず勝手にミクを連れて行くなんて、危険なことをさせられなければいいが……時間はもう夕方になっている。
その時、どこからか朝と同じようなヘリの爆音が聞こえてきた。もしかして、ミクが帰ってきたのだろうか。
そのとき、誰かが部屋のドアをノックした。僕はパソコンをスリープにすると向かっていた机から立ち上がった。
「どうぞ。」
そういうと、部屋に司令が足を踏み入れてきた。
「網走博士。突然ですが今日からまた新しくアンドロイドが四機、配備されることになっております。雑音ミクと共に基地に来るところです。」
「何ですって。」
少し前にミクとここに来たばかりなのに、また何のために……。
「防衛陸軍からです。なお、後でインストールが必要なデータをお渡しします。以上です。では失礼。」
そう言って司令は部屋から立ち去ろうとした。
「待ってください。」
僕は司令を呼び止めた。
「何でしょうか。」
「今、ミクが帰ってきたようですが。」
「そのようですね。」
「ヘリポートに案内してくれませんか。」
「……分かりました。いいでしょう」
彼について行った先の鋼鉄の物々しい自動扉が開くと、そこにはヘリポートがあった。
ここは丸く天井の高いドームになっている。
そして、ヘリの爆音がさらに近づいてきた。
そのときけたたましいサイレンと共に、天井のハッチが左右に開いていく。上を見上げると、白いヘリがゆっくり降下してきた。あれは海上保安庁のヘリだ。
耳をつんざく爆音を撒き散らしながら、ヘリはヘリポートに着地した。
そしてヘリのハッチが開いて、中からミクが……。
「なんだよこれ……。」
僕は言葉が出なかった。
ミクの纏う黒いボディスーツにはその体は真っ赤な血がこびり付いていた。腰には刀のようなものが付いている。
「ミク……?」
声がうまく出てこない。吐き気のようなものがこみ上げてきた。
ミクは僕を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
「むかえにきてくれたのか、ひろき!」
そう言って僕の目の前にやってきた。僕は唖然として、ミクをただ見つめるだけだった。
「ひろき、今日、また戦ってきたんだ!」
ミクは無邪気に言った。僕と話す時の、いつもの表情。
僕は怒り心頭して、傍にいた司令に掴みかかった。
「これはどういうことだ!彼女に何をさせた!!」
「……。」
「どうしたんだひろき。」
ミクが呼び止めても、僕は手を緩めなかった。司令は、感情が死んだような冷め切った視線で僕を見返している。
「ミクに……ミクに人殺しをさせたのか!!!」
そのとき、後ろから誰かが僕の肩をつかんだ。
「博士……落ち着いて下さい。」
ヘリが出ていったせいか静かな声が聞こえた。それは聞き覚えのある声だった。
僕は振り向いて、驚いた。
「タイト……?」
美しい紫の瞳がじっと僕を見つめていた。左目が包帯で隠れている。
「お久しぶりです。博貴博士……。」
忘れるはずがない。かつて僕が作ったアンドロイドの、タイトだ。
「まさか、君まで……。」
「はい。戦闘用になりました……。」
「ひろきー!!」
次に誰かが胸に飛び込んできた。飛び込んできたものを見下ろすとそれは……。
「キク!」
彼女も僕がタイトと同時に作ったアンドロイドだ。
「あいたかったよ……。」
キクは僕の胸で子供のように泣きじゃくった。だが、彼女もまた血だらけだ。背中には二本の巨大な剣がある。
「ふーん。あんたがタイトとキクを作ったの。」
声のするほうを見るとキクとは違うタイプの二人のアンドロイドがいた。
「キクをベースに開発された、ワラとヤミです。」
タイトが説明してくれた。
「そうなんだ……。」
「お前達にはすぐに司令がいらっしゃる部屋に来てもらう。」
側近が襟を直しながら鋭い口調で言った。
「分かった。だが、まずキクと、雑音ミクを洗ってやらないと……。」
確かにそうだ。ミクとキクの顔や髪には黒く凝固してしまった血がべったり付いている。
「いいだろう。着替えはこちらで用意させてもらう。お前と後ろの二人は来い。」
「じゃあ、博士、キクをお願いします。キク、またあとで。」
「うん……。」
タイト達は僕らを残してヘリポートから出て行った。
「シャワー室に行こう。」
「ああ。」
「うん。」
もう色々考えるのはよそう。僕は二人を見ていると涙が出そうだった。
僕は私室から数枚のバスタオルを持ち出し、二人をシャワールームへと連れて行った。
そっとシャワー室の脱衣所のドアを開けると。まずい。シャワー室の中に人がいる。シャワーの音がする。けっこう早い時間帯なのに。
「うーん……。とりあえずいったん僕の部屋に戻ろう。」
「どうして?」
ミクが当然のように言い返した。
「どうしてって、人がいるじゃないか。」
「だからどうしたんだ?私ははやく洗ってほしいんだが。」
「ひろきー。はやくあらって。」
……気にしない。のかな?
◆◇◆◇◆◇
さっきまで基地内に響いていたヘリの音はもう全く聞こえなくなっていた。
俺はシャワーのコックをひねった。正直、浴槽が懐かしい・・・。
今日、何故機体の中で待機するよう命じられたのかは、その後少佐から報告された。 それはここから三十キロ程の日本海海上で、国籍不明のタンカー二隻と、同じく国籍不明のミサイルボートが出現し、タンカー上にいるテロリストと思われる武装集団に対し、戦闘機による威嚇射撃を行う予定だった。だが出撃許可が下りる寸前、タンカーを制圧する目的で五機のアンドロイドを投入することが決定したため、俺達はそのまま機体を降りることになった。その後、アンドロイドはテロリスト達を全滅させ、海上保安庁の特殊部隊が中にいるはずの人質救出のために突入したらしい。
投入されたアンドロイドの中には、ミクもいたに違いない。そのために今日の朝ヘリで現場へ向かったのだ。タンカーを制圧するために。だとすれば俺は……。
そのタンカーで起こったことを俺は夢で見たことになる。
あの悪夢がミクによって現実のものとなったのだ。きっとそうに違いない。
話を聞いて俺は気分が悪くなり、気を落ち着かせるために誰もいない時間帯を選んでシャワーを浴びていた。俺は脱衣所へ向かおうとした。そのとき、
「あっキク! そのまま行っちゃだめだ! ちゃんとタオル巻いて!!」
あれは網走博士の声だ。一瞬キクと聞こえた気がしたので思わず身構えたが、どうやら別人のようだ。しかしキクとは誰なのだろうか。そんな名前の人間はここにはいないはずだが。
そして脱衣所から博士達が入ってきた。足音からすると、三人くらいか。
「どうやって洗うんだ?」
俺はやっぱり身構えた。あれはミクの声だ! どうしてアンドロイドがここにいる!
シャワーにはそれぞれ衝立で仕切られているが、背後を通られたら丸見えだ。
足音が俺の隣のシャワーで止まった。バレはしなかったが、薄いプレート一枚でしか ミク達の視線から俺を隠してくれるものはない。少しでも動いたら、気付かれる。相手がたとえアンドロイドといえども少女なのだ。大切な何かがなくなってしまう気が……。
隣でシャワーの音がし始めた。
「くすぐったいよ~。」
「じっとしてて。キク。」
どうやらキクという人物も少女のようだ。いつからこの基地にいたのだろう。まさか、さっきのヘリで?
「はいつぎ、ミク。」
「洗ってくれ。ひろき。」
「まったく、お姫様なんだからなぁミクは……。」
何言ってんだこの変態博士は。
というか、体が冷えてきた。だがあと少しの辛抱だ……。
「はいおしまい。行くよ二人とも。」
そして一分後シャワーの音が途絶えた。やっと終わってくれた。あとはさっさと出てってくれと願うばかりだ。
「ん。」
「どうかしたかいキク。」
俺は背筋が凍てついた。ゆっくりと後ろを振り向いた。そこには赤い髪の美しい少女が俺のほうを衝立から顔を出して見ていた。
「だれ・・・・・・。」
「どうしたキク。お、隊長じゃないか! ここにいたのか。」
「え?あっどうも。隊長さん。ミクが世話になってます。」
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