触って思った、人の頭ほどの何かとは本当に人の頭だった。
 冷たいが人の肌と変わらない質感の頬を、ちょうど撫でる様な状態で思考が止まる。
 綺麗だ。
 飾り気も捻りもない、そんな言葉が脳裏を過ぎる。
 柔らかい頬に触れながら、眠るようにして瞼を閉じているそれに卓は心を奪われた。
「…………ッは?!」
 だが次の瞬間、自分がかなり恥ずかしい状態でいることに気づき、反射的に立ち上がり、ジーンズのポケットから急ぎ携帯を取り出す。慌てているせいで一つ一つの動作がぎこちなく、しかしなんとか着信履歴から番号を呼び出すことに成功した。
 連絡先は、当然一つだけ。コール音が1回鳴っただけでその人は出た。
「おう、どうした。荷物届いたのか?」
「せせせせ、先輩ッ!なんなん……なんなんですかこれ?!」
「何って、昨日言ったじゃないか。音楽ツールソフト」
「これのどこがソフトですか!こ、こんな猟奇殺人じゃあるまいし、なんで人が入ってるんですか!?やっぱり嫌がらせか、サプライズか?!人を驚かせて楽しいですか!」
「はぁ?……まさか、お前」
 はぁ、と電話向こうでため息のような声が聞こえた。なんだ、何か呆れられてないだろうか。先輩との温度差にちょっとだけイラつきながら、しかし卓は先輩の次の言葉を聞く。
「おい、卓。お前、その人間の胸元よく見てみろ」
「む、胸元……ですか」
「変な気起こすなよ」
「起こしませんよ!えっと……え?」
 言われたように見た胸元にある、ネクタイにそれは小さく刻まれていた。
「VOCALOID・・・?」
「そう。お前だって知ってるだろ、VOCALOIDくらい」
 そう言われて記憶の糸を手繰っていく。
「えっと、自分で音楽を作詞作曲して歌を歌わせるパソコンソフトですよね。最近だと一般の音楽としての認識が高まったことから、ネットなどで多くの支持を得られればメジャーアーティストと同じようにテレビの週間ランキングにも乗れるってやつ」
「なんだ、知ってるじゃないか。じゃあそれが端末化したことくらい知ってるだろ」
「あ、あの滅茶苦茶高い人型の端末ですか?!確か、ソフト自体を成長させて音楽の可能性を開拓するとか言う触れ込みありましたよね。実際に人型の端末を作ってAIを乗せることで人と同じように見聞きして自己成長していくとか……。でもあれって一体数十万するじゃないですか!」
 卓の心臓が飛び出さんばかりに鼓動する。
 当時もニュースで見てとても驚いた記憶がある。確かVOCALOIDのソフトを作ったクリプトン社、医薬製品を主としたビロメディカ社、コンピューターソフトウェア会社であるクライム・ネット社、そして立花重工の四社が共同製作をするとかで、一大プロジェクトとして大々的に宣伝されていた。
 あの当時で確か予想金額がとんでもなかったので、自分には一生関係のないものだと思ったものだ。
 しかし、それが今正に目の前にある。これが驚かずにいられるわけがない。
 人の興奮を他所に、電話越しで深いため息が漏れるのが聞こえた。
「それは初期タイプの話。今はだいぶ値段も下がって一体十何万ってとこか。それぞれの好みでいろいろと変えられるようになってからバリエーションもかなり増えたな。最近じゃ亜種なんて呼ばれる奴が出て来たくらいだ。携帯できるように小型の『はちゅね』モデルもでてるんだぜ」
「へぇ、すごいな。……それにしても先輩ずいぶん詳しいんですね」
「馬鹿、お前が知らなすぎなんだよ。で、話を戻すとまぁお前にはその端末をモニターしてほしいって話なんだよ」 
 なるほど、音楽ソフトはソフトでも、このでっかい端末を込みでの音楽ソフトというカテゴリに入るのはわかった。
 しかし、やっと話が元に戻り安心するも、まだまだ問題は山積みだった。
「面倒って言ってもどうしろってんですか?」
 卓は音楽だけでなく、パソコンのことについてもかなり疎い。ましてやプログラムなんて未知の領域だ。
「基本的にはいつもどおり一緒に生活してくれればいい。後たまに音楽製作の手伝いをしてやってくれ」
 その一言にまた頭を悩ませる。それが無理だからいやだって言ったんじゃないか……っ!
「音楽製作って……先輩俺何度も言ってるじゃないですか。そういうのからっきしダメなんですって」
 もうなんだか泣き出したい気分だ。
 だが、そんな卓の悲痛な叫びもわかっていたらしく、先輩は落ち着いた声で答える。
「いいんだよ別に、お前に作詞作曲しろだなんて言わない。ただ、経験を積ませてやってほしいんだ」
「経験、ですか?」
 想像していたのとは違う返答に首をかしげる。経験の意味するものが良くわからない。
「お前さっき言ってたよな?VOCALOIDが端末化した理由。正確には、音楽を作るうえで重要な感性について、実際の人間と変わらない状況を与えることでソフト自身に自己成長を促し、製作者とソフトの両者からのアプローチによってさらに高いレベルの曲の製作ってのが目的なんだ。だから、そいつには日々の日常のすべてが音楽に繋がっていくんだよ」
「な、なるほど」
 正直言うと話しの半分近くわかっていない。とりあえず、なんとなくすごいことなんだなってことは伝わった。
「当然、ある程度はお前からも音楽の基礎的な知識とか教えてやる必要はあるけど、それだってそんなに難しいことじゃない」
「教科書とか雑誌とか、そういうのを見せればいいんですか?」
「そうだ。普段と変わらない生活の中で、時々遊びに出かけたり、教科書とかテキストを提供する。あとは端末のほうで自動処理して経験化していってくれるから、深く考えなくてもいい」
「う、うぅーん・・・」
「なんだよ、まだなんかあるのか?」
 卓の漏らした言葉に不満の色が混じっていることに気づいたのか、先輩がそう切り返す。少し悩んだ末に、
「いえ、なんというかうまいこと言いくるめられているような気がして」
 そう言うと以外にも先輩は苦笑の混じった声で「確かにな」と答えた。
 そしてその後に、でもなと言う言葉が続く。
「そんなこと言ったって、もう蓋開けちゃったんだろ?じゃあもう遅いって」
「へっ?それってどういう……うぇい?!」
 奇妙な声をあげながら飛び上がる。振りむけばそこには先ほどまでダンボールに入っていた少女が目を覚まして上半身を起き上がらせていた。
「ちょちょちょ!?え、なんで?!」
 まだ何もしていないのに勝手に動いていることが異様すぎた。そんな驚きなんて露知らず、ツインテールの少女はまだ眠そうな半目のままこちらを向いてお辞儀をする。
「外見的特徴を照合、マスター登録された高野卓と判断。初めまして、V-01F、コードネーム初音ミクです。よろしくお願いします」
 まっすぐこちらを見てそう告げる。澄んだ瞳が綺麗過ぎて、頬が熱くなるのを感じた。胸の高鳴りがうるさくて恥ずかしさを余計に増長させる。
「いい忘れたかもしれないけど、網膜器官が光を感知すると自動で起動するように設定しておいたから」
 耳から離しかけた携帯から声が聞こえた。おかげで思考が元に戻る。慌てて携帯をもう一度耳元に近づける。
「な、なんでそんな設定してるんですか!」
「いやぁ、どうせこうなるって思ってたから、なんちゅうの?サプライズみたいなモンで」
 照れや恥ずかしさの上に、イラっとしたのでつい携帯の終話ボタンを押してしまった。しかし、切ってしまった後でまだ聞きたかったことがあったことに気づき、卓は自分の行動に若干後悔した。
 かけ直すにもあまりに体裁が悪い。
「はぁ……」
 いろんな思いを吐き出すように息を吐く。
「ミクが思いますに、お疲れですか?ため息は幸運を逃がしますよ」
 いつの間にか横に座るミクという少女は無表情に告げる。卓はその少女の顔を見て肩を落とす。
「そりゃ疲れるさ、朝からこんないろいろと厄介ごとができて」
「そうですか、それは災難ですね。ミクが思いますに、ささやかながらその厄介ごとととやらの除去にミクも貢献しなくもないです」
 そんな言い草に卓は頭を垂れる。
「……自覚がないってことが一番厄介なんだよな」
「?」
 意味がわからないと首をかしげるミク。改めて彼女の言葉には悪意がないことがわかる。
「あったま痛いなぁ……」
 わかるのだが、だからといって受け入れて自分の中で消化するには時間が掛かりそうだ。
「ミクが思いますに、それは風邪の初期症状ですね。ならばネギをどうぞ。万病に効くこと請け合いです」
 …………いやそうじゃないだろ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

小説『ハツネミク』 part1.スタートライン(1)

前回の序章の続きです。文脈とか誤字脱字は気づいたら訂正していこうと思います。長くてごめんなさい。

閲覧数:257

投稿日:2009/11/08 12:21:05

文字数:3,533文字

カテゴリ:小説

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  • warashi

    warashi

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    01LOVEさん>
    コメントありがとうございます!すごく嬉しいです!!
    プロローグからですか?!あ、ありがとうございます!!^^
    初めての文書の作品だったので心配だったのですが、読んでいただいてwktkしていただけたなら本望です!
    今日続きをupしてみたので、よろしければそちらも読んでやってください。
    コメントとても励みになりました。これからも頑張って書いていこうと思いますので、よろしくお願いします!

    2008/11/21 01:43:22

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    ご意見・ご感想

    プロローグから読ませていただきましたが、今後が気になるすごくwktkな作品でした。
    続きを期待しています。

    2008/11/20 17:44:17

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