* 悪魔の囁きと空白の時間
「こんばんは、レン。」
予期せぬ声だった。
ぐちゃぐちゃに撹拌されていた意識。思考は過熱し、血が沸騰していた。それなのに。
その声を聞いた瞬間、俺の身体はスッと冷えた。
視界はクリアに、思考は明瞭に。先ほどまでの火照りがウソのような変化。感じるのは自身の鼓動、ただひとつ。
顔をあげると、そこにいるのは声の主。
月を背に、妖艶に微笑む深緑の少女。
「ミク。」
彼女の名をはき捨てる。忌々しい、その女の名を。
そんな俺の心境が表情に出たのだろう。初音ミクは悲しげに眉をひそめた。
「何の用だ。」
何とか攻撃的な台詞を言うことに成功した。が、ミクの悲しげな表情に若干の後悔を抱きそうになる。
心の奥がざわつくような、心底悲しげな表情。それでも俺は自分に言い聞かせる。
騙されるな。ミクは、悪魔。ミクのしたことを忘れるな!
「何の用だ、か。悲しいわ、レン。用がなかったら、レンの元に来てはダメなのかしら。」
「俺に、会いに来たとでも言い出すつもりか?」
「うん、」
ミクは無邪気にうなずく。
「レンに、会いにきたの。」
優しいエメラルドグリーンの瞳。そこからあふれ出すのは無限の愛情。甘く、優しく、それでいてどこか悲しげに。
ミクはおもむろに歩み寄る。音もない彼女の一歩。踏み出されるごとに俺の本能がわめきたてる。大きく強く、“逃げろ”と。
警戒するように俺は一歩引く。
「月のキレイな夜でしょ。夜空を見上げてたらね、月の欠けゆく様が、あまりにもキレイだったから。レンと一緒にみたいなって思ったの。」
ミクの、声。甘ったるく俺の耳朶に滑り込む。
その瞳はエメラルドにゴールドが混ざりこみ、俺の全身を虚脱感が襲う。
「俺になに、した。」
足が、重い。
微笑をうかべる悪魔から、逃げたいのに。足が、石像になってしまったかのような錯覚におそわれる。
全身からいやな汗が吹き出る。それでも俺は、全身を縛り付ける不可視の鎖に抗おうと試みる。
「れいの、『チカラ』か?」
「ん?うん。」
ミクは俺の目の前までくると、不思議そうに首をかしげる。
「ん。おかしいな。ワタシの『邪眼』に抗って、る?」
なぜ?少女は口の中で疑問を反復する。
何気ない自然な動作。でも俺のほうは、十人がかりで押さえつけられているような感じ。足はおろか、指の一本すらも動かせない。自分の意思で動かせるといったら視線のみ。
「ま、いっか。」
少女はひとつ首をふると、俺に向き直る。
その瞳は普段どおりのエメラルド。
全身に力が戻り、押し込められていた冷や汗が噴出す。
思い出したように心臓が全力疾走している。
それでも俺は動けなかった。
「レン、」
まっすぐに俺を見据えるその瞳。
初音ミクという存在。彼女に俺は『恐怖』を感じていたから。
「血をお飲みなさい。」
ミクは鋭い爪で、自ら手首をかき切った。白い皮膚にはしる朱の線。
その瞬間、絶大な恐怖に欲望が混じるのを感じた。
「……いやだ。」
欲望、空腹、渇き。容赦なく理性すらも押し流す、欲求。
それでも俺は小さく抗う。
「飲みなさい。あなたはもう、」
その事実を、認めたくなかったから。
「ヴァンパイアなのだから。」
認めたくなかったから……その『事実』を。
「はっ、あ。」
目を覚ますと、知らない天井が見えた。
身体全体が、だるい。熱をもち火照った四肢。内臓を焼く、痛みの残滓。頭がひどく痛み、口の中にのこるうっすらとした生臭さ。
身を起こそうとする。しかしそれはすぐに阻まれた。手錠、というやつだろう。俺の手首はそれによってベッドにつながれていた。
しかたなく視線をめぐらせる。
見知らぬ部屋。明かりはついていない。家具はベッドと机のみ。机には何も―ランプすらのっていない。大きな窓。カーテンは開け放たれ、真円にちかい月が炯炯と輝いていた。
「……くっ、まぶし。」
思わず俺は目を閉じる。
月が、眩しすぎて。
「目、覚めた?」
突如おりてきた問いかけ。声の主は窓辺。その人影で月の明かりは遮られ、俺はうっすら目を開く。
先ほどまで誰もいなかった窓の前。どこからともなく出現した少女がそこにいた。
「おまえ。おまえは、」
「『ミク』だよ。」
俺の言葉を遮るように少女は言った。
「ワタシは『ミク』。覚えていないかな?レンがそういったんだよ。」
み、く……
その言葉、その響きに俺は吐き気を覚えた。
頭をよぎる、いくつかのフラッシュバック。
ピンクの髪、死神の鎌、立ちはだかるエメラルドのシルエット、優しい抱擁
そして『吸血行為』
「おまえ、吸血鬼!」
鮮やかに蘇る、音。生々しい、薄気味悪い、背筋も凍る―おぞましい音。
“ゴクリ、ゴクリッ“
猛烈な吐き気が俺を襲った。
手首に血が滲むのもかまわずに、俺はミクから離れようとする。やはり手錠に阻まれて、ベッドから無様に墜落。耐え切れず、嘔吐。
目の前に広がるソレをみて、俺は絶句した。吐瀉物が、紅い。
吐血、普通ならそう思う。しかし俺には予感があった。最悪な予感。
俺は窓際にたつ少女に目を向ける。
凛と立つ少女。その首元には、紅く汚れた包帯。目を凝らせば全身に治りきらない傷跡。
絶句。
極めつけは。自らの口に手を這わせると、鋭い痛み。
あわてて確認すると、指先が切れている。鋭利な刃物で切ったような、切り口。
「そんな、」
否定したかった。あるいは、否定して欲しかったのかもしれない。
絶望にも似た心地。俺はミクにすがるような眼を向ける。
「そうだよ。」
期待を打ち砕く、冷徹な言葉。
「レンはワタシ……ヴァンパイアに咬まれたの。」
ミクは言う。ただ淡々と。
「おとぎ話で、聞いたことあるよね。
闇夜の怪物、ヴァンパイア。ヴァンパイアに咬まれるとヴァンパイアになっちゃうんだよ。」
ヴァンパイア。そう言ったミクの口調にかすかな自嘲を感じたのは気のせいか。
「ヴァンパイアの『ミク』がニンゲンの『レン』を咬んだの。
咬まれたレンはヴァンパイアになっちゃったんだよ。」
「ヴァンパイア……」
そうだよとミクは肯く。それがまるで尊いことのように、それがまるで悲しいことのように。ミクは複雑な表情で、肯いた。
ギシリとベッドが音をたてた。豪奢なベッドだが、二人分の体重を支えるのが少々不満らしい。
ミクは絶句する俺の側に腰掛けていた。彼女は俺をまっすぐ見つめながらも、沈黙を貫いていた。俺の心が、静まるのをまっていてくれたのかもしれない。
俺はただだまってミク―ヴァンパイアの少女を見つめていた。
ミクの瞳。闇よりも深く、月よりも美しい緑の宝石。
すこし気恥ずかしくなって目をそらす。視線がいくのは彼女の髪。おぼろげにおぼえている立ち姿では、膝下―踝までとどかんばかりの見事なストレート。瞳とはまた違った、神秘的な光沢を放っている。
「―キレイだ……」
意図せず零れ出る言葉は、間違いなくオレの本心。
沈黙。
しまった、俺は咄嗟に思ったが。
「ふふっ、ありがとっ。」
思わぬ返答に、かち合う瞳。
ミクは笑っていた。
満面の笑み。幸せそうに、恥ずかしそうに笑んでいた。
「レンッ」
するりとミクは俺に腕を回した。
身を硬くする俺。しかし彼女の―ヴァンパイアの金色に輝く瞳をみた瞬間、全身から力が抜けるのを感じた。
三日月のように弧を描く口、そこから小さくも鋭い牙が覗いていた。
ミクは一方の腕を口元に寄せると、唇をつける。数拍おいて、彼女の白い腕を伝う、赤い雫。
「ッ………!」
言い知れない感情が背筋を駆け上がる。
恐怖、嫌悪、いやこれは。
重なる唇。
ヤケドしそうなほどに熱く、表現し難い極上のやわらかさ。
驚きに硬直する俺の唇。
その間から割り込まれる、ミクの舌。流れ込む、生暖かい液体。
独特の生臭さが俺の鼻腔を満たした。
粘つく液体が容赦なくノドの奥に流れ込み、俺はむせそうになる。
自由な片腕でミクの身体を離そうとする。しかし上手く力が入らない。
苦く、しょっぱく、どこか甘い。血の、アジ。
嚥下するのを拒む俺に、ミクは追い討ちをかける。ミクの指が俺の鼻をつまんだ。
酸素はすぐに使い果たされ、俺は苦しさにもがく。
肺が、焼ける。
抵抗もむなしく、ついにはノドが音をたてる。
ゴク……
おぞましい音と共に、ノドを滑り落ちる甘やかな液体。
胃の中に落ちてなおその存在感を主張するその液体は、徐々に熔け崩れ、オレとの境界を曖昧にしてゆく。その感覚は嫌悪と快楽。
オレの胸に疼いていた熾火が、燃え上がった。そんな気がした。
気付くとオレは、ミクの身体を押し倒していた。
体中が、アツい。血の滑り落ちた直後だというのに、ノドはカラカラに渇いていた。
包帯の巻かれたミクの首筋。いつの間にか動くようになっていた手で、包帯をはぐ。顔を覗かせたのは生々しい傷跡。塞がりかけたきり傷。
「いいよ、レン。」
欲望に揺れるミクの声。赤く輝く流し目で、彼女はオレに微笑んだ。
「いいよ、レン。飲んで、いいよ。」
誘われるままに、オレはミクの首筋に唇をよせると
グチュリ……
傷口を広げるように、その肌を噛み切った。
あふれ出る『蜜』
オレはソレを夢中で舐めとり、飲み下してゆく。
「くっ、……う、あぁ」
ミクの喘ぎ。艶やかな彼女の声が、更なる欲望を掻き立てる。
だから、
「―大好きだよ、『レン』―」
そう囁いた彼女の言葉も、そのときの俺にはとどいていなかったんだ。
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