よし、と意気込んでリンとミクは二人でキッチンに立っていた。
二人の眼はやる気を湛えて輝いている。それとは対照的にまるで濁った魚の眼で、ダイニングのテーブルに突っ伏して彼女らを眺めるレンがいた。
「よぅし!」
「お兄ちゃんに手作り料理!」
「・・・それは、まぁ、いいけどさ・・・」
気合いの入りまくった二人に、レンは気力のない表情で言う。その表情には不安の色しかない。
因みに、この手作り料理とやらは目下絶賛調査中の「カイトの欲しいもの」とは別件で、当日の炊事当番がカイトだった事に気付いた二人が、それを代わる、と言い出したのだ。他の当番はメイコやルカ、レンの分担になっており、実質カイトはお休み、となる。
つまり、二人なりにカイトへの心遣いのつもりなのだ。
「まさか、この量作る気なワケ?」
目の前に広げられたレシピ本の量たるや。数える気も起きない。
しかも、小難しそうな専門書紛いのものが見えるのは気の所為か。
「大丈夫!」
何がどうして大丈夫なのか、その自信は一体何処から沸いてくるのか等、色々反論の余地はあったが、労力と結果が明らかに比例しない事が解っていたから何も言わない事にした。
「私たちからって言えば絶対喜んでくれるし!」
(ひでぇ・・・)
そりゃあ、可愛い妹達から、と言われれば、どんなものだろうとあのカイトが喜ばない訳がない。
何とも計算高い。が、できれはそういう事はそんな良い笑顔で言わずに心の奥底にでもしまっておいて貰いたいとレンは痛切に願った。
まぁ確かに、普通に作れば二人とも何ら問題のない腕前だ。量が多すぎるだけならまだマシだろう。
そんなことを考えた時だった。
「それにー、やっぱ、そっくりこのままってのも何かねぇ?」
「折角作るなら喜んで貰いたいし!!」
「ねー!」
「・・・・・・え」
明後日の方向に吹き飛ぶリンの発言にレンは思わず瞠目する。
何よりも、ここにあるレシピに更に独自で手を加える、という宣告に背筋が凍った。それに笑顔で応えるミクも勿論信じられなかった訳だが。
二人の手の加え方は凄まじい。いっそ、独創的であり挑戦的・・・他の追随を許さない・・・としか言いようがない。フォローの仕様もないほどに悪い意味で。
味、その他諸々は言わずもがな。
一瞬意識が飛びそうになっていたところではっとする。
いや、おい一寸マテ。余計な事すんな。その発想は、――・・・まぁ発想としては兎も角、実行性に無理がありすぎる。
・・・・・・・・・色々な意味で。
そんなツッコミを内心で入れ、レンは漸くテーブルから顔を上げる。
「ちょ・・・普通で良いんじゃ・・・」
「ダメよー。特別さを全面に押し出したいんだもん!」
そんなもの押し出すな。押し出すべきはそこじゃないだろう、と頭を抱えた。
更に追い打ちを掛けるように、ミクの一言が刺さる。
「って事で、今日も味見宜しくね?」
「・・・前から思ってたんだけど、二人で試食すれば良くね?」
が、ここ連日に渡る味見と言う名の拷m・・・否、失敗作の処理に流石に耐えられなくなってきていたレンは意を決して控えめにそんな提案をする。
しかも、更にレシピに手を加えるという追加要素付き。流石にヤバい、と何かが警告している気がした。
「ばっ・・・!」
驚愕の表情で、リンが絶句する。
え。そんな驚かれるようなこと言ったつもりはないのだが、とレンは嫌な予感がした。
「解ってないわね!本っ当、デリカシーなさ過ぎ!!」
「えぇ~・・・?」
レンは抗議の声を上げてはみるが、ものの見事に無視された。第一意味が解らない。
「たくさん試食なんてしたら、太っちゃうでしょ!!!」
「・・・・・・」
成る程、何とも理不尽な理由なんですね解ります、とばかりにレンはあきれ果てて再びテーブルに突っ伏した。そしてミクが止めの一言。
「お願いね」
「・・・・・・マジ勘弁・・・」
口から漏れた声は何処か絶望感すら感じさせるものだったが、テンションが上がっている二人はそんな事に気付くはずもなく。早速、何度目になるのかすら不明な試作品の制作に取りかかり始めていた。
そうこうしているうちに『その日』はすぐそこ、更に詳しく述べるなら、明日、に差し迫っていた。
あれからそれとなく別な手法でアプローチをかけてみてはいたものの、結局誰一人としてカイトの欲しいもの、を特定することが出来ないままで。
「どうすんのよ・・・」
不満顔で頬杖を突きながらリンが呟く。
「アイスに勝てるものなんて見つかる気がしない・・・」
ミクも流石にそんなことを呟いて項垂れる。
「いっそ直接誕生日に何欲しい、って聞いた方が良いんじゃ・・・」
『それはダメ!!』
迂闊に口を滑らせたレンの一言に、ミクとリンの二人が力強く綺麗なユニゾンでぴしゃりと言った。
一瞬驚いたが、レンは流石にムッとして眉間に皺を刻む。
「じゃあ、どうすんだよ!?大体・・・!」
レン自身も一向に埒があかない状況に、流石に不満が溜まってきていた事もあって、思いがけず語調が強くなっていた。
「だったら、あんたも何か案出しなさいよ!!」
レンの一言にカチンときたらしいリンがレンに食ってかかった。
傍らのミクは突然勃発した喧嘩にぎょっとして目を見張る。
そうこうしているうちに段々と口論が激しさを増していって。二人の口論に為す術もなくおろおろとしているしかなかった。
そんな時。
「ちょっと!?何してるんだ!!?」
聞き慣れた声が部屋に響いた。
驚きが混じり、慌てたような、怒っているような。それでいて、心配が先に立っているとよく解る、優しい、安心できる声。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
一瞬で二人の口論が止まる。
しまった、というように二人ともゆっくりとその声の主へと視線を送る。
声の主――・・・カイトは訝しげな、それでいて何処か怒っているようにも見える表情で三人を見据えていた。
「二人とも」
静かに放たれた言葉には、普段滅多に見られない威圧感のようなものが僅かながら含まれているような気がした。何だかんだ言いながら、年長者なだけはある、とおぼろげに思った。ただ、それだけでは怒っているのかどうなのか判断できず、三人は戸惑う。
「何?喧嘩?」
「・・・う・・・」
否定しない三人に、カイトは小さく溜息を吐いた。
「・・・どうしたの?」
一瞬で威圧感が消え、心底心配そうにそう尋ねるカイトに、三人は呆気にとられるしかなかった。
「・・・え・・・っと・・・」
リンとレンの二人は視線を逸らして言い淀む。
既に、何でもない、という言い訳が使えないことはわかっている。
暫くの沈黙。
居心地の悪さと、気まずさが流れている。
「・・・・・・」
カイトは詰問するでもなく、三人からの言葉を何時までも待つつもりのようだった。
「・・・」
「・・・・・・」
リンとレンは一瞬目をあわせるが、すぐにどちらも躊躇いがちにそっぽを向いてしまった。
「・・・・・・・・・」
これは、覚悟を決めるしか無さそうだ、とミクが小さく溜息を吐く。こうなってしまってはどうしようもない。
「・・・・・・・・・あのね」
仕方なく、ミクがおずおずと口を開いた。
「ちょっ・・・!」
「ミク姉!!」
二人は驚いて目を見張り、抗議の声を上げる。が、ミクは構わず続けた。
「お兄ちゃんの欲しいものが何かって、相談してたの」
「・・・・・・は?」
言われた言葉が唐突すぎて意味が解らず、カイトは思わず聞き返す。一瞬の思考停止の後、少々考え込む。まぁ、言葉通り受け取るとして。第一、何故そんなことを話し合っていたというのか。
ミクの傍らでは、リンとレンがあーあ、とばかりにがっくりと肩を落とし大きな溜息を吐いていた。
二人のその反応で、更に訳が解らなくなった。
「・・・何で、僕の欲しいものなんかで、そんな喧嘩になんてなるんだ」
少し呆れた様子で、溜息と共にカイトが尋ねる。
「・・・・・・・だって」
と、非常に不満そうにふて腐れて、レンは言い訳のようにそこで言葉を切る。
「?」
「だって、もうすぐお兄ちゃん、誕生日じゃない・・・」
レンが一度切った言葉を引き継いでリンがそう続けた。言い訳のようにはしたくなかったけれど。
それでも、何故、と聞かれて答えられる理由はそれ以外にない。
「――――――え」
予想だにしていなかった一言に、カイトは驚いて言葉を失った。
それは、結局の所自分が原因なのでは無かろうかという考えが、一瞬頭を掠めた。
ついでに言えば、誕生日のことなどすっかり失念していて。その単語自体に驚いていた。
「ちゃんと、お祝いしたかったから」
「どうせプレゼント用意するなら、欲しいもの用意した方が良いじゃん、・・・って事になって」
ミクが控えめに、それでもしっかりとした口調でそう告げると、引き続いてレンが不満そうに口を尖らせた。
「内緒で用意して、驚かせようと思ったの」
言って、リンが俯く。
カイトは三人のそれぞれの言葉にぽかん、と呆気にとられていた。
が、その後柔らかく微笑する。その微笑で、漸く三人は胸のつかえが取れてほっとした。
「そうだったんだ」
「ばれちゃったし、もうサプライズの意味も無くなっちゃうけど。お兄ちゃん、プレゼント何が良い?」
「プ・・・プレゼント・・?」
そんな面と向かって、直球で聞かれると流石に照れるというか、困ってしまう。
一瞬たじろいだカイトに三人は真剣な表情でこくりと頷いた。
カイトは少々考え込んだ後。
「え・・・やっぱりア」
「アイス以外で」
言いかけた言葉を、リンがぴしゃりと遮った。本当に油断も隙も無い。
少し怒ったような表情でじっとカイトを見上げる三人に、カイトは再びにっこりと微笑んだ。
「それなら、もう貰ってるから大丈夫だよ」
「え」
意外すぎる言葉に三人は絶句して固まった。
「お祝いしてくれるっていう、その気持ちが嬉しいんだよ」
これ以上ない程にカイトは嬉しそうに笑ってそう言った。
自分でもすっかり忘れていた記念日を、こうして祝ってくれようと頑張ってくれていた、その事実だけで。まぁ、喧嘩するほどまで発展されたのは驚いてしまったが。
「お兄ちゃん・・・」
「でも、それじゃあ・・・」
私たちの気が済まない、というようにリンとミクが食い下がる。無言ではあったが、レンも頷く。
「そ~よ~?」
「折角ですから、ね?」
「!」
一体、何時から聞いていたのか、メイコとルカが現れる。
成る程、二人も噛んでたのか、とカイトは驚きながらも納得してしまった。
「で?あんたの欲しいものは?」
「え・・・っ」
微笑はしているメイコに詰問されるような形で凄まれ、カイトは言葉に詰まる。
「や、えっと、あのね・・・?だから・・・」
しどろもどろになりながら、視線が泳ぐ。
さっきと同じ答えでは、到底納得して貰えそうにない。
―――・・・本心なのに。
改めてカイトは考え込む。
欲しいもの?いきなりそんなことを聞かれても。
アイスが論外、だというのであれば他に?
必死に考えているらしく、カイトの眉間に皺が寄った。
暫くぐるぐると考え込んで。はた、と。おずおずと遠慮がちに口を開く。
「・・・・・・あの」
思いついた、というより。
それは、願い。
「ん?」
「欲しいもの・・・って訳じゃないんだけど・・・その、出来たら、お願いしたいことが」
「なーに?」
躊躇いがちに口を開いたカイトの言葉に、リンの目が輝いた。
カイトは照れたように穏やかに微笑してから。一呼吸。
「――みんな、これからも宜しくね」
「・・・・・・・・・・・・!!」
予想外すぎて、一同は息を呑むしかなかった。
「・・・あのね・・・」
漸く、軽いフリーズ状態から戻ってきたメイコはあきれ果てた、というように大きな溜息を吐く。
「そんなの当たり前でしょっ!!?」
べしっ!と音が鳴るほどに、カイトの背を平手で打った。
一方ルカは無言で頭を抱えている。
「そーだよー」
「んな当然のこと、今更言われてもなぁ」
「ねぇ?」
三人は口々に不満の声を上げ、完全にふくれてしまった。かなり機嫌を損ねたらしく、視線が痛い。
「え・・・あの・・・ごめん・・・?」
あれ?何で僕が謝ってるんだ、という疑問が一瞬浮かんだが、深く考えるのは止めた。
「・・・僕は、みんなと歌えて嬉しいんだよ」
批難の視線が刺さるのに耐えかねて、カイトは困った様に微笑ってそう弁解する。
「そんなの私たちだって一緒なの!!」
だが、これも逆効果だったようで、ミクが怒ったようにそう言った。そんなの、当たり前なのに、と言わんばかりだ。
だが、カイトは嬉しそうに笑う。
そう思ってくれていたことが、その言葉が嬉しかったから。
あぁ、もぅ、とばかりに呆れて、ミクは怒るのを諦める。代わりに、カイトに笑顔を向けた。
気付けば、皆微笑んでいる。
「?」
「あのね、」
言葉を切って。
私たちも、一緒に歌えて嬉しいよ?
これからも宜しく、は私たちもみんな一緒。
だからね。
「――だからね、誕生日おめでとう」
Fin.
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