・ひとしずくPの曲endless wedgeを基にしていますが、soundless voiceとproof of lifeの続きとして読んでも大丈夫だと思います。
・ミクとカイトはホームページの小説から引っ張ってきました。解釈は色々あるでしょうが、マイ解釈ということで。



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はじめは、何を考えることも出来なかった。






リンを失った俺は、自然と物思いに沈むことが多くなった。
考えることは、ただ一つ。リンのことだ。

どうして逝ってしまったんだろう―――俺を置き去りにして。

何をするにも一緒で、お互いのことは本人よりも知っていた。どんな声で怒るか。どんな事で泣くか。どんなふうに笑うか。
俺のメモリの大半はリンだ。誰よりも近くにいた、何よりも大切な俺の片割れ。



なのに…こんな失い方をするなんて、思ってなかった。


そう、俺は今でも覚えている。電子の世界に生きる俺は、自分からデータを削除しない限り忘れるなんて事はない。
だから覚えている。笑顔の温かさ、触れた肌の柔らかさ、様々な声の温度まで。



何度も何度もリピートして、その度に唇を噛む。


もっと大切にしてやればよかった。
伝え方なんて幾つもあったんだから。

元気なうちには、声で、態度で、表情で。
倒れてからは、触れ合うことで。


考えているとたまらなくなる。


いるはずの存在が、何故かいない。
いくら手を伸ばしてももう届かない。

嘘みたいだ。

でも、嘘じゃない。



これは、残酷な現実―――…


「…リン」


一人の部屋。
一人きりの、部屋。

でも望む声が返りはしないか、そんな馬鹿みたいな祈りを持って俺は呟く。


「花が咲いたんだ。前に二人で植えた花。あの時は蕾もなかったけど、あれからもう…何年も、経ったから…今じゃこんなに大きくなったんだよ…」


窓辺の花の鉢は今は静かに葉をつけている。
でももうすぐ春が来る。
春が来れば、この鉢はまた花を付けるだろう。


一緒にこの花を植えたリンには、一度も見ることの叶わなかった花だ。



少しずつ大きくなっていくこの苗、でも側にあるべきリンの記憶はけして新しいものが書き加えられることがない。

春が来て、夏が来て、秋が来て、冬になる。

全てが変わっていくのが当然の世界で、唯一つリンだけは変わることはない。





リンだけは―――永遠に、あの日のままだ。




「俺は、リンに何かできたのかな…」



リンは俺に沢山のものをくれた。
掛け替えのない時間。
大好きだった笑顔。
何とも引き換えに出来ない、その全て。

俺が貰ったものは本当に多くて、そのどれもが大切な宝物で、きらきらと輝いている。

リンが俺にくれなかったのは、ただ一つだけ。

そして俺も、そのただ一つをリンにあげることは出来なかった。





俺もリンも、なによりも望んでいたものだったのに。




「リン、リンは幸せだった?最期まで俺と過ごして…俺はなにか出来たわけじゃない。ただそばにいただけだったんだ」

机に肘をついて指を組む。

なんとなく自分が哀しくなった。
問い掛けじゃない。
これは、懺悔だ。

リンを救うことが出来なかった自分が許せない。
だから彼女に許しを乞うているんだ。

リンがそんなこと望まないのなんか分かってるっていうのに。

「俺が出来たのはリンのそばで泣くこと、その手を握ること、生活を手伝うこと、それだけだっんだ。愛してる、リン。愛してる…何度も伝えたつもりだった。でもそれは届いていたのかな?光も、音も、声も…どれも無くした世界に、届いていたのかな…」

勝手に語尾が震える。
機械である自分を憎むと同時に感謝するなんて初めてだった。

機械だから、記憶は風化せずに残っていてくれる。
でも、機械だから記憶は風化せずに残っていてしまう。





忘れたい筈がない。

でも忘れずにいるには―――余りに、辛くて。






「―――…っ、リンっ…!」





ぽた、と机に水滴が落ちた。

一粒。一粒。また一粒。
降り始めた雨のようにぽつぽつと机を濡らすのは、俺の悲しみだ。
いくら泣いても泣き足りない。
どれだけ泣いても、彼女は戻りはしないのだから。

…駄目だ。
歯を食いしばって目を腕で擦る。

泣いちゃ駄目だ。
きっとリンは俺を見てる。
俺が泣いたら、きっとリンは心配する。





窓の外には月明かりに照らされた雪の世界が広がっている。
リンの命を奪った、穢れのない銀世界。

でもそこにはもう雪はほとんど降らない。春を待つ世界は、少しずつ冬の冷たさを失いつつある。
そして世界はまた春を迎える。
何も無かったような顔をして。


淋しい。
悲しい。
苦しい。
…泣きたい。



でも。








『レン』









はっ、と顔を上げる。



幻聴だとわかっていた。記憶の中から引き出された声だとわかっていた。

でも、そこにいる気がした。


すぐ側にリンがいて、笑っている。いつもと同じ春の日差しみたいに温かい笑顔で。


『ずっと側にいるよ…忘れないでね』


リンがそっと手を伸ばして俺に触れる。
その手の温もりさえ感じられる気がした。





『あなたは、いつも独りじゃないよ』





押さえていたはずの涙が、つう、と頬を流れるのがわかった。


「そっか」

口から、ほろりと言葉が零れた。

「言ってたもんな、リン。一番最後まで」









『悲しい歌にはしたくないよ』
「悲しい歌にはしたくないよ」






















「だから、レン君は今日来てくれたの?」
「うん」

優しい青に染まった空の下、黒い服に身を包んだ俺とミク姉は二つの墓石を前に立っていた。
一つはカイト兄のもの。一つはリンのもの。

「今までここには来たくなかった。リンが死んだって見せ付けられるみたいで嫌だったから」

俺の言葉に、ミク姉は頷く。そしてどこか遠くを見るような眼で言葉を受けた。

「…わかるよ。私もお兄ちゃんがいなくなった時、ここに来れるようになるまで暫くかかったから」
「そういえばそうだったっけ」
「うん。初めてここに来た時なんて、リンちゃんとレン君の前で大泣きしちゃったし」
「……」
「だから私もレン君に強く言えなかった。一番大切なものを無くした時の辛さは良く覚えてたから」



ふわり、と吹いた風に、手に持った花束からひとひらの花弁が飛んだ。
優しく軌跡を描きながら視界の中を遠くへ遠くへと舞っていく。




静かな時が流れた。



俺も、ミク姉も何も言わない。
ただ失ったものにじっと思いを馳せるだけ。

でもそれは、今までとは違う。






「…いいと思った」

俺の呟きにミク姉が視線だけ動かしてこちらを見た。

「いいと思った。このままでも。忘れないままでも。癒されないままでも」

胸に突き刺さった想い。はじめは、その全てが涙に繋がるのだと思っていた。





でも。






足を動かし、俺はリンの墓の前に立った。

「リン。俺は忘れないよ」

届かなくてもいい。
俺はただ自分の思いをありったけ込めて、声を紡いだ。

「全部忘れない。どの思いも。嬉しかったこと、悲しかったこと、この胸に残った全てと一緒に生きていく」









二人一緒に生きる未来、それだけは叶えられなかったのだと思っていた。
俺もリンも、何よりも望んでいたけれど、叶えられなかった望みだったのだと。


でも、そうじゃなかった。












「リンが生きた証はここにあるから―――一緒に生きよう」














身を屈めて花束を供える。


冬の名残はもう見えない、この暖かい世界。


俺独りが置いていかれたわけじゃなかった。
君独りが置いていかれたわけじゃなかった。



僕らはずっと、二人で一つなんだから。





「ずっと、君を、愛してるよ…」






声が風に掠われる。


俺がそこに行くまで少しだけ待っていて。
リンの所に行けたらいろんな話をするよ。

幸せな話を、沢山してあげる。



















ありがとう、いとしいひとよ。


君との思い出を、涙になんてしないから。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

永久の楔

なんというか、初めて聞いた時は衝撃が大きすぎて…暫くは考える度に泣きそうになりました。

あと、歌詞としては冬の歌なんでしょうが最後は春のような気がしました。
綺麗に晴れた空の下での葬送。ということでそういう雰囲気の書き方にしたのです…


ひとしずくP、あなたは何ですか、神ですか。でも神と言うよりは生身の人間な気がします。
生きている人間の綺麗な涙を切り取ったような歌だと思いました。


あ、あとこれUP駄目だと言われたら即ひっこめる所存です。

閲覧数:1,105

投稿日:2010/01/28 21:59:23

文字数:3,481文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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