Extra.
あれから五年の月日が経った。
白磁の聖都を遠くに望むド田舎出身の若造の――しかし、二十一世紀の日本という、皇歴五千年の現代とは比べ物にならないほどに発達した知識を持っている――僕と美紅の二人組は、目の前の純白の巨大な扉を呆然と見上げた。
両開きの扉は高さが五メートル、横は三メートルはある。
表面には精緻な彫刻が施されていた。扉の左側には聖剣を今まさに振り下ろさんとする聖騎士が、右側には醜くも奇妙な威厳を持った異形の怪物が、躍動的な筆致で彫られている。
おとぎ話として語られる、初代聖王と冥王が雌雄を決するシーンを描いたものだろう。
……この場において、これはおとぎ話ではなく歴史上の事実として語られるのだけれど。
低い音が響き、扉がゆっくりと開く。
聖王と冥王は雌雄を決することなく両脇へと離れていき、僕たちは扉の向こうの玉座の間へと歩を進める。
玉座の間は、白磁の聖都の名にふさわしく、どこもかしこも真っ白の部屋だった。
玉座の間は縦に溝が掘られた八本の柱で作られた八角形の広間だった。
八本の柱は二十メートルほども延びていて、その上には柱の対角同士で作られた四つの尖塔アーチが、天井のドームを形成している。そこには淡い色合いで聖王と冥王の決闘を描いた天井画が……一応見えたけれど、流石に高すぎて詳細に眺められるほどではない。
入口から入ってきた僕から見て正面、八角形の三面分は一段高くなっていて、壁も天井近くまでガラスのはめ殺しになっている。さらに一段上がった中央には玉座があり、今代の聖王が座していた。僕よりは年上だが……それでもまだ二十代くらいに見える。世間的には若い王様と言えるだろうが、それでも身にまとった典雅な白い法衣を優雅に着こなしていて、お飾りの聖王、などという印象はない。
聖王の両翼には高価そうな服を身にまとった人たちが並んでいた。天井から吊るされたシャンデリアには魔法の明かりが灯ってはいるものの、ガラスから降り注ぐ陽光のおかげで、誰もが後光をたたえているし、同時に逆光でもあるため、彼らの表情は分かりにくい。
荘厳な雰囲気にのまれ、僕らはポカンと宙を見上げて立ち尽くす。
「……」
「……」
「……。ゴホン」
「!」
聖王の隣に立つ宰相らしき白ひげのおっさんのわざとらしい咳払いに僕はハッとして、美紅の肩を叩いて二人であわてて膝をつき、視線を下げる。
……これじゃ、田舎者丸出しで恥ずかしいったらない。
事実、ド田舎から来たばかりのお上りさんなのだけれど。
「そなたらが、この白磁の聖都へと攻め入らんとする魔物の群れを撃退したという二人組かね?」
力強さと威厳に満ち溢れたバリトンだったが、不意に高校の地理の稲葉先生を思い起こさせた。低い声とはいえ、声の雰囲気は全然違ったのに。
「は、はいっ!」
「……プッ」
緊張した僕の声は上ずっていて、隣の美紅が吹き出しかけたのを必死にこらえている。
……コイツ、あとでコロス。
「そう、なの……ですが……」
「なんだね?」
「ええと、その……」
続きをちょっとためらい、美紅をチラリと見る。
美紅は「素直に白状しなよ」と言いたげにあごをしゃくる。
ここに来る直前にも、二人で話をしたのだ。変に見栄を張らず、正直に話そうと。
とはいえ……あまりいい結果にはならないという考えがぬぐえない。
「正直に申し上げて、僕たちはただ運が良かっただけだったのです」
「ふむ? もう少し詳細に聞いてもいいかね?」
「……はい」
少し言いよどんで、僕はどう説明したものかと視線をさまよわせる。
確かに、白磁の聖都へと進軍する魔物の群れを誰よりも早く見つけたのは僕と美紅の二人だった。
……単純に運が良かった。運が悪かったら、僕らはその時に魔物たちに見つかって食われていたにちがいない。
……あれから、ド田舎出身の二人組は、村の畑の繁忙期が終わる度に近くの弱っちい魔物を追い返したり、魔物の巣を討伐しに行く部隊に参加して後ろの方でビクビクしたりしていた。
冒険者として華々しい活躍を夢見ながら……その実、初心者からも笑われる程度のことしかできなかったのだ。
当初は僕らも考えたものだった。なんといっても、僕らには二十一世紀の日本でつちかわれた知識を身に付けている。異世界の皇歴五千年じゃ想像もつかないやり方で成り上がることができるんじゃないか――なんて。
甘かった。
激甘だった。
そんな都合のいい展開なんてありはしなかった。
だってそもそも……僕たちは学校の授業なんかサボりまくっていたのだ。異世界で活用できるような知識なんか、そもそも頭の中に存在しない。
二十一世紀の日本でのバカは、皇歴五千年においてもバカのままだった。
それに、それまで農作業しかやってこなかった僕らにとっては、大したことのない小物の魔物相手でも、命がけの大決戦になってしまう。
それでもなんとか日銭を稼ごうと、異世界にやってきてスローライフからはほど遠い重労働の農業から逃れようと、僕たちは冒険者まがいの行為を続けていた。
そんなこんなで五年も経っても冒険者としてはたいして成長していないまま、それでもいい加減なんとかしないとマズいのかもしれないと思い始めた頃。
今から一週間前、白磁の聖都から五日は離れた山脈の中腹にある洞窟でのことだった。
僕らはゴブリン三体に返り討ちにあい、逃げ回った結果洞窟の中で迷い、遭難しかけたところでやっと違う出口から洞窟を出た。
外は荒れた岩肌に厚い雪が覆い被さっていて、今度は下山できずに凍死するんじゃないかと二人で絶望したのをよく覚えている。
その時、はるか下方でうごめく群れを見たのだ。
遠近感が狂うほどには距離があったせいで、初めはアリの群れのようなものなんじゃないかと思った。
それが魔物の大軍だと気づいたのは少したってからだ。地理から考えて、進軍先が白磁の聖都だとわかったのも。
それなりに登山の経験はあるつもりだったし、ある程度の装備も持ってはいた。が、アイゼンもピッケルもない以上、雪山は無謀とも言える。
魔物の大軍を相手に戦えるほどの戦力などあるわけないし、下山できるかわからないほどの環境で、魔物より先に白磁の聖都にたどり着き、危険を伝えることも難しい。
どうするべきか、二人であーでもないこーでもないと話をしたものの、結論なんて出なかった。
……いや、ある意味ではとっくに結論は出ていたのだ。彼らの進軍など止められない、という点では。
そこで、美紅がかんしゃくを起こし「どーにもなんないじゃん!」とわめいて遠くの山肌に石を投げた。
遠くの、なめらかな白雪の斜面に落ちた石ころ。
それが新雪を崩し、表層雪崩を引き起こした。
その雪崩は、美紅の投げた石を基点として扇状に広がり、山脈の麓で進軍していた魔物の大軍を襲った。「やっちまった。どうしよ」とつぶやく美紅と二人で呆然と見下ろしていると、雪崩は大軍をあっけなく巻き込み、押し流して壊滅させていった。生き残った魔物の数は、せいぜい二割といったところだった。
狙ったわけでもない、感情に任せた投てきが、結果として魔物の大軍を壊滅させることとなった。
「と――いった次第なのです」
僕がその経緯を話している間、たびたび圧し殺した笑い声が聞こえてきいた。
……まあ、そういうものだろう。
彼らに笑われたところで、別に怒りなんて沸き上がったりはしなかった。
彼らは白磁の聖都の頂点に立つ人々だ。強さと高潔さを持ち合わせた英雄、一騎当千の騎士、稀代の魔術師――そういった英傑たちを見てきた彼らからすれば、ゴブリン三体に敗走する農民の話しなんか笑い話程度だろう。
むしろ、下手に誇張したり自慢したりしていたら「その程度のことで自慢しているんだ?」などとあきれられかねない。それと比べたら「まあ農民程度じゃそんなものだろうな」と笑われる方がマシな気がする。
……いや、どっちもどっちか?
僕は隣の美紅をちらりと見る。彼女もこっちを見て「まあ仕様がないよね」と肩をすくめてきたので、同じように考えていたみたいだ。僕も「そうだよな」という意味をこめて肩をすくめて見せる。
「……静まれ。若い農民を笑うのが白磁の聖都の中枢たる評議会の行いかね? 彼らに武の才が無かったとしても、雪崩が意図していないものだったとしても、結果として彼らの行いがこの聖都を救ったのは事実なのだぞ。恩人たちに対して嘲笑するなど、白磁の聖都の名をおとしめる行いと心得よ」
ざわついていた周囲が、聖王の言葉に静まる。
「しかも彼らは、我らに対して自らを誇張することなく、誠実に物事を語ったのだ。彼らの美徳は誉められこそすれ、嘲られていいものではない」
他の面々と比べても若い今代の聖王が、周囲に臆することなくいさめる姿を、僕たちは驚きをもって見つめる。
「すまない。感謝すべきところでこのような愚かな行いを……聖王の名でもって謝罪をさせてもらえないだろうか?」
あろうことか頭を下げる聖王に、僕らはあわてる。
「そんな、お顔を上げてください。聖王さまが謝ることなど……」
あわてたのは僕らだけではなかった。聖王の側近たちも泡を食って制止する。
「王! そのように安易に頭を垂れては聖王の威厳が損なわれますぞ!」
「聖王の威厳、だと?」
「……っ!」
怒気を押し殺した低い声に、誰もが言葉を失う。
そのたった一言で、玉座の間の温度が数度は下がった気がした。見れば聖王の姿はかすかに揺らめいている。呪文を介さずに魔力が漏れ出ている、ということなのだろうか。もしそうだとすると……おとぎ話で語られるほどの甚大な魔力を持つ者ということになる。聖王の名は伊達ではないってことか。
「我が頭を垂れたのは、汝らの軽率な行いが要因だということをわかった上でそう言っておるのだな?」
「それ、は……」
「自らが白磁の聖都をおとしめたことは棚に上げておいて、我の行いを非難するというのだな?」
「そのような……め、滅相もない……」
縮こまる側近に聖王はためいきをつく。
「……まあよい。して……アレクセイ?」
「はっ」
聖王に名を呼ばれ、側近とはまた別の男が歩みでる。床につくほどの深緑のローブを身にまとった四十代くらいの髭をたくわえた男性は、見るからに魔導師然とした風貌だ。
「彼ら二人を……どう見る?」
「無自覚の魔力量は確かに多いように感じますな。……その可能性は、確かにあるものと考えます」
「……ふむ」
魔導師の言葉に深くうなずく聖王。
いったい、なんの話だ?
「では、二人に改めて問おう。君たちはどこからやって来たのかね?」
「どこ……から? 私たちは――」
「――我は西暦一九七七年のギアナから来た。アレクセイは西暦二〇四二年のロシアからだ。君らも初めから皇歴五千年にいたわけではなかろう?」
「は?」
言葉を失い、呆然と聖王を見上げる。
聖王のとんでも発言に、魔導師――アレクセイ以外の人たちも困惑した表情を浮かべている。が……誰よりも驚愕しているのが僕らなのは間違いない。
西暦なんて……こっち側にやってきてから聞くことになるなんて思ってもいなかったのに。
「農村出身の者がそれほどの魔力を持っているなど、本来ならあり得ない話だ。となれば必然……君たちもあちら側からやってきたということになる。違うかね?」
周囲の困惑などお構いなしに話す聖王に、僕と美紅は顔を見合わせ……やがて聖王にうなずいて見せる。
「やはりな。さて、我がどこから来たかは言ったな? 次は君たちの番だ。私より未来から来たのか? それとも過去から?」
「僕たちは――」
向こう側の世界。
結局、僕らは最期の最期まで生きている意味を見いだせないままだった。
こっち側にやってきて五年。向こうにいたときよりは、間違いなく生きている実感があったのだけれど……それでも結局、なにも成し遂げられないままでいた。
聖王への謁見は、僕たち二人の転機となった。
これまでの五年がなんだったのかと思えるほどの怒涛の日々を味わった。
聖王からの口利きで魔法学院で学ぶこととなり、そこで頭角を現すこととなった僕らは、白磁の聖都、黒壇の王都に並ぶ、水晶の学院と呼ばれる魔術都市へ移った。
それからのことは……僕らがここに記す必要はない。
英雄と呼ばれるだけの数々の偉業を成し遂げた僕らは、吟遊詩人たちがこぞって歌うような、現代の神話として語り継がれる物語となったのだから。
復活した冥王を倒すため、聖王と共闘したこと。
異界からの瘴気を封じるため、ディメンション・ゲートを閉じたこと。
黒壇の王都と白磁の聖都の激突を防ぐために奔走したこと。
僕と美紅の双子の娘たちが、世界の災厄を二度も止めたこと。
……はは。こうして数えてみれば、僕と美紅は、枚挙に暇がないほどこの世界に影響を与えた存在となっていたじゃないか。こっちにやってきてすぐの頃とは大違いだ。
それを自慢したい気持ちもなくはないが……。
……それはまた、別の話としておこう。
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