確か人質が捕らわれている場所は目の前のはずなのだが・・・・・・。
俺は今確かに人質がいる部屋、大型雑庫の前に来ている。
レーダーを見ても内部に人影がいることは明らかだ。
しかし、この部屋には部屋として機能するための決定的な部分が存在しない。
扉が無い。
いや、扉があったと思われる場所は白いコンクリートで塗りつぶされている。
恐らく人質を閉じ込めたあとコンクリートを塗ったのか、触れてみた限りではまだ固まって間もない頃だろう。
俺は無線で少佐を呼び出した。
「少佐・・・・・・大型雑庫の前に着いたが、扉がコンクリートで塞がれている。他に侵入経路は無いのか?」
『人質を閉じ込めていると言うことは、空気が通っているんだろう?もしかしたらダクトから侵入できるかもしれないな。デル、ダクトを探すんだ。』
「了解。」
ダクトなら、恐らく他の部屋から通じているかもしれない。
辺りを見回すと、通路には幾つかの小部屋が見えた。
銃を構えながらその部屋に足を踏み入れると、小さな小部屋一面にロッカーが並べられていた。
ロッカー室だ。ここなら・・・・・・。
案の定、ロッカーの足元付近に、俺の体が入りそうなほどの通風孔を見つけた。
俺は身をかがめてダクトに前に伏せた。高さ、横幅を見てもどうにか通れるようだ。
中に入ると、強烈な黴の臭いが鼻孔に押し寄せた。
だが案外嫌いでもない。
レーダーにはダクトの構造も表示されている。大型雑庫はここのすぐ隣だ。
俺は黴の臭いを掻き分け、銃のフラッシュライトで道を照らしながらダクトの中を匍匐前進で突き進んでいった。
ダクトといっても複雑な構造をしており、上り坂まであるようだ。
分かれ道を見極め、徐々に雑庫に近づいていく。
いつの間にか、全身を悪寒のような冷たさが覆っていた。
そしてダクトを抜け、立ち上がると、目の前には資材を乗せた棚が無数に並べられていた。
照明はついていないが、なぜか、天井が異様に高いと言うことだけは分かった。
俺はスニーキングスーツと髪にこびり付いた埃を払い、フラッシュライトで周辺を照らした。
何かの材料、消耗品や衣類の類が置かれた棚が無数に置かれている様は、何かの商店と思えるくらいだ。
人の気配は無く、耳が痛くなるほど音は無い。
そしてダクトと同じく黴臭く、スニーキングスーツ越しでも分かるほど、この部屋は冷気に満ちている。
こんな場所に、人質がいるのだろうか?
ライトの光を更に巡らすと、固く閉ざされた自動扉が目に付いた。
ここが入り口付近なら、もっと奥に何かあるはずだ。
ライトで足元を照らしながら、俺は雑庫の奥へと足を進めた。
「・・・・・・?」
突き当たりをライトが照らすと、小さな鉄の扉が光を反射した。
もしやと思いレーダーを見ると、内部には人の姿がある。
どうやらこの中らしい。
銃口を扉に向けながら、ゆっくりとドアノブを握り、回した。
すると扉の合い間から、絶えずキーボードを打ち続ける音が聞こえてきた。 軋む音を立てながら扉を開け放つと、書斎程度の小さな部屋の隅で、コンピューターのディスプレイが室内を煌々と照らしていた。
そして、その前でキーボードに指を走らせている男の姿がある。
何だこいつは・・・・・・本当に人質なのか?
俺は不審に思った。人質であれば、手足を拘束されて身動きの取れない状態になっているはずだが、この男は休むことを知らないかのようにひたすらキーをたたき続けている。
テロリストの強要で、何かの作業をしているのだろうか。
「・・・おい。」
扉の軋む音では何の反応も示さなかったが、俺が呼びかけると急にキーを打つ音が途絶えた。
「よくいらっしゃいましたね・・・・・・グッドタイミングです。たった今、完成いたしました・・・・・・。」
男は不気味なほど落ち着いた声で静かに言った。
だが、言っていることの意味が分からない。
もしかすると、俺をテロリストの一人と間違えているのだろうか。
しかし、自分の身柄を拘束した連中相手に、何故こうも落ち着いていられるのか。
「・・・・・・何を言っている?」
とりあえずそう応えると、男はゆっくりした動作で椅子を回し、こちらに振り向いた。
そこには、まだあどけなさが残る、青年とも言えそうな一人の男が椅子に腰掛けていた。
白衣を纏ったその姿は、まさしく研究員だ。
振り向いたとき、男の目が大きく見開かれ、俺の瞳を見返した。
「あなたは・・・・・・!」
「陸軍特殊部隊のアンドロイド、デルだ。あんたは鈴木流史だな。」
「・・・・・・。」
俺が言うと男は落ち込んだように首をたれた。
「なるほど・・・・・あなたも・・・・・・。」
何かをかすれた声で呟いているが、上手く聞き取れない。
この鈴木流史という男、こんなところに長時間閉じ込められながらコンピーターに向かっていたせいでノイローゼになっているのか。
「さっきから何を言っている。俺はあんたを救出しに来た。人質の一人としてな。さあ、速やかにここから・・・。」
「僕はどこにも行きません。」
男は静かに俺の声を遮った。
「何を馬鹿なことを言っている!さぁ、立て!」
俺は男に苛立ちを覚え、白衣の裾を掴んだ。
「ですから、僕はどこにも行きません。」
「お前気がおかしくなっているのか?!」
「僕は普通です。何もおかしいところはありません。」
俺は男の白衣の襟を掴み大きく揺さぶったが、男は何の反応も示さず、ただ俺の言葉に答えるのみだ。
「いやなってる。こんなところ長いところ閉じ込められ、何かの作業を延々と続けてきたおかげでな。第一人質のくせに何をやっているんだ!」
「いえ・・・・・・厳密には、僕は人質ではありません。」
「なッ!」
男の言葉に、俺は言葉を失った。
やはり、ノイローゼか・・・・・・。
「僕は自分の意志でここにいるのです。」
「なんだと・・・・・・どういう意味だ!」
俺は男の視線の先に銃口を押し付けた。
それでも男は動じない。
「どうやら、あなたは事を知っておく義務があるようです。僕の知っている全てを、お話しましょう・・・・・・。」
まさかこいつはテロリストの一員になったとでも言うのか?
しかし、俺に知っておく義務があると言うのは、一体どういうことなのか。
「貴様・・・・・・テロリストに協力を?」
「はい。」
「・・・・・・色々と聞きたいことがある。全て話せ!!」
俺は語調強く男に詰め寄った。
「・・・・・・ご存知かもしれませんが、僕はクリプトンの本社にて研究員を勤めておりました。しかしある夜突然本社の地下研究所に侵入した、この部隊の幹部のお一人に連れ去られ、気がついたときには、この地へと。」
「幹部だと。」
そういえば、首謀者達の情報は少佐からもシックスからも知らされていなかった。
「はい。この施設を占拠しているクリプトンの兵器実験部隊を束ねるリーダー格のお一人です。」
「詳しく説明しろ。」
「ええ。まず僕をこの地へ導いたのが、元陸軍特殊部隊隊員にして、後の実験部隊幹部、メイト様です。過去には、和出明介と名乗っておられたそうです。次に、クリプトンの実験によってお生まれになった、テトペッテンソン様、そして最後に、かつて空軍に所属し、一度破壊されたものの蘇った、初音ミクオ様です。」
「その三人だけか。そいつらが首謀者か。」
「いえ、リーダー格のお方はあと一人いらっしゃるようですが僕も見たことはありませんしお名前も存じません。そして、首謀者のお方なら、この部隊の頂点に立たれるお方が、いらっしゃいます。」
「そいつの名は!」
「姓しか知りませんが、網走様、と・・・・・・。」
「何だと・・・・・・!」
網走と言えば、人質の一人である網走博貴と同姓だ。
まさか・・・・・・いや、そんなことは絶対にありえない。
「とりあえず、僕の知っているこの部隊のリーダーの方々は以上です。」
「では次の質問だ。やつらの目的は!」
「・・・・・・僕達の目的は・・・・・・自由になることです。」
「何?」
「そう、呪縛を解き払い、自由の身となることです。」
「具体的に言え!!」
俺は男の抽象的な物言いにまたもや業を煮やし、更に男に詰め寄った。
だが男は微動だにせず、と言うか動く力もないように見える。
もし無理やり立たせでもしたら倒れるかもしれない。
「・・・・・・あのお方達は、今有る全ての軍事力を持ってして、後の日本の頂点へと・・・・・・君臨する。僕は、あの方達の志の高さに魅せられ、協力しているんです。」
「では訊こう。お前はここで何をしている!!」
「僕は網走様直々に申し込まれ、ある未完成のプログラムを完成させていようとしていました。そしてたった今、あなたが来た瞬間完成させたのです。」
「プログラム・・・・・・。」
「そう。このPiaシステムです。クリプトンは、今や政権や軍に直接関連し、大きく指揮を執っていることはご存知ですよね。」
「ああ。」
男がやっとまともな話を始めて、俺は少し落ち着いた。
「今やクリプトンは軍のほぼ実権を握り、操れるほどの発言力を持っていますが、近年軍の運営状況を管理、統制しようとある計画がスタートしたのです。」
「・・・・・・。」
「それは、軍で使用されている武器兵器全てと、それを使用する者の内部にナノマシンを注入させ、兵士と武器の管理を可能にするものです。それは情報を収集するだけでなく、兵士には能力の助長と制御を、兵器には作動の制御を行います。無論武器、兵器、軍人の全てにナノマシンが注入され、ID登録されます。武器、主に銃などは、IDの一致しない者が使おうとしても、使用できない仕組みになっています。そうすることによって軍内でのトラブルを防ぐと同時に、円滑な情報収集を可能としたのです。」
もしかすると、敵の銃が撃てなかったのは、それが原因か?
いや、あれは部隊独自のものかもしれない。軍ではないのだから。
「そのシステム・・・・・・既に実現に至ったのか?」
「軍内の兵士、兵器、武器全てに制御管理用ナノマシンの注入が終わっているのですが、それの制御管理を行う肝心のプログラムが未完成だったのです。ですが、あの方達に僕共々ここに持ち出され、そして今、僕によって完成しました。あとはこれを、あの網走様にお届けするのみです。」
「・・・・・・な、何ぃ・・・・・・?!」
つまり、それがどういうことなのか。
その答えが、たった今頭に浮かんだ。
陸海空全ての武器兵器には、その作動を制御するナノマシンが既に入っている。
それを基本ソフトウェアはテロリストに奪われ、そしてそいつらに味方するこの鈴木流史が完成させ、後はテロの首謀者に送り届ける。
それは、即ち・・・・・・。
「まさか・・・・・・軍を乗っ取るつもりか!!!」
「そうです。彼らにも味方になってもらいます。」
「何のためにそんなことを!」
「だから言ったでしょう・・・・・・自由になるため、と。」
「くそッ!!」
俺は銃口をコンピューターに向けた。
「もう、間に合いませんよ。」
男は感情のない笑みを浮かべた。
ディスプレイには、プログラムのアップロードを完了したことを知らせるダイアログが表示されていた。
「そんな・・・・・・。」
「さぁ、そろそろ僕のところにはお迎えが着ます。逃げないと命はありません・・・・・・ぅ・・・・・・?」
突然、男は胸元を押さえ、椅子から転げ落ちた。
「ぐ・・・・・・あ・・・・・・ぁが・・・・・・!!!」
「何だ!!おいどうした!!」
俺は男の上半身を起こした。
「ふ・・・・・・ふふ・・・・・・意地悪ですね・・・・・・網走さん・・・・・・用済みの僕には、もう用は無いなんて・・・・・・。」
もだえ苦しみながらも、その口元に笑みを浮かべている。
「何を言ってる!?」
男は俺の瞳を見つめた。
「早くお行きなさい・・・・・・あなたはあの方々と顔を合わせ、そして、対峙・・・・・・ぐふッ・・・・・・する・・・・・・義務があるのです。なぜなら・・・・・・あなたも・・・・・・ぅぐッ!!」
「何だ?!おい!」
「相・・・・・・続者・・・・・・です、から・・・・・・。」
その言葉を最後に、男の目蓋が下がり、全身から力と体温が抜けていくのが分かった。
・・・・・・死んだ・・・・・・。
俺は、無線で少佐にこのことを報告しようとした、が、次の瞬間には、背中に人の気配を感じていた。
「動かないで!」
SUCCESSORs OF JIHAD 第二十三話「目的」
あー・・・。
折角再登場したのに。
新登場キャラのヒント!「ノイローゼにシテアゲル」
「Piaシステム」【架空】
「Personal intel administration」の略称。
クリプトンが軍内や戦場における兵士と武器兵器の行動管理または制御統制が目的で開発した情報管理システム。
兵士の体内にナノマシンを注入し、精神から身体まであらゆる体内状況を個人レベルで把握できる。それらの情報はID登録された個人枠に蓄積される。
兵器に対しては装弾数、内部状況などの情報が把握できる。
また、情報収集だけでなく制御も可能であり、兵士の場合、ストレスや外的負傷といった感情を抑制したり、戦闘に対する戦意高揚なども行われる。
兵器では、作動を制御することで体内側のナノマシンと武器側のナノマシンのIDが一致しない者による盗難、流出を阻止できる。
未だ実験段階のシステムであるが、完成すれば陸海空の軍には勿論、海外にも進出し、有効活用を期待される画期的なシステムとして注目を集めている
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