――――――――――#9

 。

 『なあ、自分が悪魔のような化け物になってしまうとしたら、その姿を選べるとしたら、どんな風になりたい?』
 『そうだなあ、ああいう堂々と楽しそうに歌う化け物がいいな、なれるなら』
 『言うと思ったよ』
 『……どういう意味かな』
 『あんなのを見上げて、歌に聞き入ってるから、ああなりたいのかなって』
 『そりゃあ、ああいう風なのが、格好つくじゃん?どうせ同じならね』

 新しいスタイルの絶望だった。神の定めた法則が、ヴァーゴの女神が天秤を空に投げ放ってから、地上に残された人間によって好き勝手変えられるという、欲望と自我の洪水という最悪の天罰に、強烈な意趣返しを食らわせたのが、攻響兵『VOCALOID』の出現だった。他のあらゆる夢を駆逐して、ほぼ世界の3分の1を支配するに至り、世界更新のヴェルダンディとなったのが、『VOCALOID』だった。

 「全ての元凶というだけあって、なかなか近づかせてくれない」
 「テトが道草食ってたからだろ」
 「まあねえ。クリフトニアからならどうかなって、三ヶ月も探ったけど。ヤマハのセキュリティやばい」
 「そんなにもやばいのか」
 「全国民の戸籍と発行するビザ全てにIPアドレス割り当てるってマジだったよ」
 「それはやばいのだな」
 「ああ、大変にやばい可能性の存在は確定的にあきらかだ」

 テトが二つ折り携帯を机の上に置く。謎のジト目で携帯を見つめて、溜息をつく。

 「MACアドレスゲットする為に中身を全部置き換えて、番号もロンダリング」
 「随分と手間の掛かる事をするね」
 「いーところまでいったんだけど、ヤマハのビザ審査が厳しすぎて諦めた。領事館の奴が10年前にしてた借金の理由、聞いてきてビックリした。ランクCの審査じゃないよ?」
 「ランクCと言えば、10年以内の瑕疵がない戸籍か」

 諜報活動をする機関や組織は偽造用の『綺麗な戸籍』をいくらか押えている。UTAU連合はもちろんとして、VIP統合軍でも独自に数百人分は常時ストックがある。その内でAからEの5段階でランク付けして随時『調達』している。ランクが高い『カード』は『足が長く』『高い』、低い『カード』は『安い』が『足も早い』。

 「まさか入国するぐらいでランクAももったいないと思ったけど、甘かったなあ。でも、案外収穫だったかなって思えるんじゃない、タヤなら?」
 「そうだね。入国だけで、ねえ……」

 普通、資産や信用の調査は移民や定住希望者に行われる。審査基準の引き上げは、他国への通告などの手続きが比較的簡便な入国規制としても使える。おそらくはそのパターンだ。

 「クリフトニア王国はヤマハ王国の前庭の一つだって、言ってたよね?」
 「ああ、言いたい事は分かる。すごいギャップだ。ランクCが通用しないとなると……」
 「今が買い時じゃ、ないかな?」

 タヤは思わず笑ってしまった。価値の下がったランクCの『カード』は今後持て余されるだろうから、逆に調達しやすくなるとテトは言っているのだ。

 「テトは随分飛躍するねえ……。たとえば、この情報をリークして買い叩くなんて、まあ有り得なくはないけど……」
 「いつもの『ファイナンス』でしょ?使い道もないのに『カード』抱え込んじゃってる機関はたくさんあるんだし?」
 「その動きが外に漏れると、面倒だぞ」
 「最悪ランクEでも、捌けるから問題ないし」

 自信ありげに、テトが舌なめずりをする。タヤは少し思案を巡らしてから、返事をした。

 「……まあ、敵も去る者だから、そういう事もあるのだろうね」
 「流石は元帥閣下、ご聡明敬服いたします」
 「僕は何も聞かなかったし、君は何も言ってない。だから何も話は分からないよ」
 「ふふふ。お代は見てのお帰りだから、ご自由に」
 「ああ。好きにさせてもらう」

 テトの奴、クリフトニア外遊でとんでもないルートを開発して来たらしい。手土産にしては相当に物騒だが、断片から察する限りは、テトが持て余すようなネタではない。であれば、テトに任せて下手に正規化しない方が柔軟性のある使い方が出来よう。『ファイナンス』の出来高次第で最適解は違ってくるので、損失のパージ先としてはテトの手札として持ち続けてくれる方が助かる。もちろん儲けが出た場合のバッファとしても、有用だ。

 「な。伊達に上級大将が出てった訳じゃないだろう?」
 「そう来たか」
 「長期的戦略策定に不可欠?だったっけ、言葉は桃音に考えさせたけど、本当は『四天王が最初に出るべきだ』って言いたかったんだよ」
 「だろうね。信用されてないとは思ってたけど」
 「UTAUは思ってる程には強くなっていないよ?」

 ああ、と頷きかけて、タヤは考えた。返事を躊躇したのを、テトは見逃さない。

 「攻響兵の数は多いが、領土も広いし手柄争いも盛んだ。発揮する実力ではクリフトニアとは大して変わらない。UTAUはメディエストでは比較的脆弱だ。私は楽観的にはUTAUを見ていないよ」
 「確かに、言ってしまえばな」

 先だってのエルメルト急襲も、権力闘争の一環だった面は否めない。都市空爆という既成事実によって継戦派の発言力を増し、穏健派の面子を潰すという効果は大きかった。さらに継戦派の中でも功績を掲げてVIP方面軍に有利な情勢を引き寄せた。だが、内部政治の為に作戦を行うというのは、テトの考える合理性とは沿わないものだった。

 「綺麗事を盾に詰る気はない。だが、エルメルトを急襲して迎える局面は、やはり戦略に影響を及ぼすだろ?だから私は止めない代わりに、『VOCALION』に乗り込んだ。これが最初から例の艤装だったら、今頃はスターライト戦線も派手になってただろう。私がクリフトニアをうろついている間のようには、艤装なんか待たなかっただろうからな」
 「やはり、気付いていたか」
 「ああ。だから蒼音タヤを私は信用していないんだ。戦雲を読めない、未来予知も出来ないのに半年ものロードマップを決め打ちだ。君の極秘計画書なんか一切読んでないが、廃墟と化したエルメルトに進攻して戦線を押し込む気だったのだろう?」
 「参った。戦略で欲を出した事は認めるし、浅はかだったよ」
 「攻撃は最大の防御というからには、最後は防御と撤退が戦争の全てだよ。エルメルトに進出して、我が軍にどんな利益がある?言って見給え、蒼音元帥大将閣下」

 重音テトが、指を突きつけて言い切った。相変わらず机の上で頬杖をついて、羽根ペンに向かって、毅然として言い切った。

 「……久しぶりだな、こんなにも怒られるのは」
 「君はじつに馬鹿だな。今回は私が暇だったからなんとかなったけど、次はないよ?」
 「そうだね。よくよく考える事にするよ」
 「どうよ。フォローされたからって、恩着せがましく説教される隊長の気持ちは?」

 両肘を抱えて、タヤは苦笑いをする。端的に言って、この部下はエルメルト急襲を成功させて帰還しただけでなく、情報工作をしながら初音ミクの所在も突き止める功績を持って帰ってきた。なんら失敗はしていないし、タヤ相手に説教する権利はある。そもそも、タヤはテトの副官として長年やってきたのだ。

 「まあ、いい気分ではあるかな」

 きらびやかなシャンデリアの下、窓の外はすっかり暗くなっていた。そういえば、テトが来ると聞いて参謀部がどら焼きの差し入れをしてきたのを思い出した。執務机の左の脇机の下に、12個入りの箱がある。まだ終わってない話もあるし、今日はこれが夕餉になるだろう。

 「では、重音テト上級大将閣下、私は茶を所望する。用意してきてくれないか」
 「謹んで。玉露の濃い目でよろしいでしょうか?」
 「よしなに」

 さっきまでとは打って変わって恭しくお辞儀をすると、いい笑顔でテトは執務室を出て行った。以前はまれに良くあるパターンだったが、水あれば魚心という言葉通りである。どら焼き系ネタの反応の速さは全く鈍っていなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

機動攻響兵「VOCALION」第5章#9

重音テトさんの貴重な「君はじつに馬鹿だな」シーン

もっと見る

閲覧数:205

投稿日:2013/05/22 00:41:32

文字数:3,324文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました