僕は今、様々な情報が表示される板に視界を囲まれている。
トリプルディスプレイ。専用の端子を使ってモニターを三つまで増やしてある。
そこに表示される情報に従って、視線をモニターからそらさずキーボードの上に指を走らせる。
何気なく机上の置時計を見ると、午後九時ちょうど。
たとえちょっと視線を動かせば見える時計でも、作業に集中しすぎれば忘れてしまうから。ここは僕の長所でもあり、短所でもある。
九時といえば、僕はもうかれこれ七時間以上この机の椅子に座ってるって事か。
途中何度か席を立ったけど、それも三回。
ああ、肩がこってしまう。
「う~~~ん・・・・・・。」
両手を上に伸ばして大きく背伸び。ついでに首も回してやる。
いざやると、気持ちいいのと同時にどれだけ疲労がたまっていたのかが分かる。
僕はキリのいいところで作業を中断させると、三つものモニターに電力と情報を供給していたPC本体の電源を切った。
モニターから灯が消えるのを確認すると、僕はすっと椅子から立ち上がった。
振り向くと、そこは暗いオフィス。
いや、研究室といったほうがいいかもしれない。
実際、僕が今服の上に羽織っているのは白衣だ。
部屋の中にあるのも、機械類、装置の類が目立ち、どうも会社のオフィスとは並べにくい。
窓はなく、時計を見ないと時間を確かめられない。
そのうえ僕の頭上だけ蛍光灯が点灯してあるから、ここから見えるこの研究室は暗くて不気味だ。
みんなは先に退社したみたいだ。今日は金曜日だから。
僕も早く、こんな不気味な空間からおさらばしよう。
僕は白衣を今座っていた椅子に脱いでかけ、荷物を整理すると、ポケットに手を入れた。
温まった金属の感触を探り当てると、つかんでポケットから引っ張り出した。
最後に出て行く人は、鍵をかける。これ原則。
そしてやっぱり研究室らしい大きな扉の前に歩いていった。
そのとき、背後で何かの物音がして、背筋がゾクッと硬直した。
な、なんだよ・・・・・・。
まさか、幽霊?んなワケないよね。
音のした方向は研究室の奥にあるスモークガラスの扉の向こう。
まだ、僕以外に人がいるんだろうか。
あ・・・・・・またあの音が。
その瞬間、スモークガラスの扉が突然開かれ、何か白い物体がヌッと現れた。
「ギャーーーーーー!!!」(×2)
僕は驚きの余り、大きく転倒してしりもちをついてしまった。
・・・・・・よく見てみると、別に白い物体じゃなくて、白衣を着た男性、しかも僕の同僚だ。
「ああ・・・・・鈴木君。なんだ君か。」
「なんだじゃないですよ。もうびっくりしたじゃないですか。博貴先輩。」
背が高く、なかなかの美青年のこの男性は僕とこの研究室の同僚の一人である、鈴木流史君だ。
「君、こんな遅くまで残っていたの?」
「先輩こそ、こんな時間まで残業ですか。」
「あ・・・・・・うん。まぁね。」
「仕事熱心なのは昔から変わりませんね。」
「君こそ、何をやってたんだい。あんな資材室のほうで。」
「秘密です。」
と、彼はふふふと笑った。
「何だよそれ。」
「ところで先輩、今帰るとこでした?」
「ああ、そうだよ。」
「じゃあ、二人でちょっと寄り道しません?」
彼は白衣を近くにあった適当なハンガーにかけると、自分の荷物が置いてある机へ向かった。
「寄り道って、どこへ? もう遅いし・・・・・・。」
僕は彼の背中に向かって言った。
「博貴さん晩御飯食べてないでしょう。」
「あ、ああ・・・・・・。」
そんなこと言うから、急にお腹が減っちゃうじゃないか。
「ファミレスでも行きませんか。今の時間にやっていそうな所に。」
「しょうがない・・・・・・分かった。付き合うよ。」
「やった! じゃあこんなとこ早く行きましょう。」
「ちょ、ちょっとそんなに急がなくても・・・・・・。」
彼はやたらと上機嫌になって僕の手を握った。
はいはい。まるで子供だねぇと半ば呆れながら、鈴木君に誘われる店へと入っていった。
◆◇◆◇◆◇
こんな深夜に開いている店と言うのはファミレスと、コンビニと、まぁ思い当たるのはそのくらい。
会社からでて外の夜風に当たった瞬間空腹が限界に達して、某アニメの人造人間のごとく内部電源が切れて活動限界に近づいているような感覚に襲われた。とりあえず手ごろなファミレスにありえんほどやつれた顔で入っていった。
一つ分かったことがある。流史くんは、何でもいいから持ってきて、とウェイトレスに平然と言うタイプだということである。
「あ、この曲、確か、ミクちゃんの・・・・・・。」
僕より先にフォークを置き、席の背凭れに寄りかかった流史君が呟いた。
「ああ、知ってる?そうミクの最初の歌さ。」
店内に流れているBGMのことだ。
「いい声ですね。僕大好きですよこういうの。」
「ありがとう。」
「しかし、分からないものですね。運命って。まさか彼女が、こうしてボーカロイドになれるなんて。」
彼も、ミクの過去を知っている。
ミクは最初、次世代家庭用アンドロイドとして開発されたが、突然開発中止になり、成り行きで僕が引き取ったというところまで。
しかしそれ以上のことは知らない。
「僕は、またあなたと仕事ができてほんとに嬉しいです。」
「僕もだよ。君と仕事するのもニ年ぶりぶったからね。君の背が僕より高くなってて、驚いたよ。」
「あはは・・・・・・あの時は僕は博貴さんより背が低かったですし。そういえば博貴さん。クリプトンから離れたあと、どうしていらっしゃったんですか。」
「あ、いや、ちょっと知り合いのお世話になっててね。」
「へぇ~。」
本当のことはちょっと言いづらい。まさか空軍にいたなんて。
空軍基地から離れる前に、実際口外しないようにと釘を刺されている。
「ああそうそう。知ってます?このごろ、ボーカロイドの亞北ネルが半年近く活動停止だったんですけど、一昨日から行方不明なんですって。」
彼の言葉に、一瞬、僕の動きが止まった。
「えっと、ミクと同じプロダクションかな?」
「そりゃあ、ボーカロイド達は全員クリプトンの所属ですから。」
「ふぅん・・・・・・。」
それだけ言って、僕は窓の外を見た。
深夜といっても、車のライトが道路を大量に流れ、様々な建物から、光が満ち溢れている。
その光たちを、僕は目を細めて、じっと眺めていた。
不安が、頭の中で駆け巡った。
二日前、ミクがプロダクションから帰る途中、行方不明になったネルさんを見つけた。
最初は、一日経てば仲間のところに帰る予定だった。
だけど昨日、僕が帰宅したとき、彼女はまだ家にいた。
そして、ミクが思いがけないことを口にした。
「ネルを、家にいさせていい?」
僕は、一応、うんと言ってしまった。
だけど、いつまでもそうしている訳にはいかない。
ミクも、それを分かっていると思う。
ああ・・・・・・本当にどうしたらいいんだろう。
「先輩!」
「え?」
「どうしたんですかぁ?そんなボーッと窓の外なんか見て。」
「あ・・・・・・いや、別に。」
「さ、そろそろいきましょう。もう十二時過ぎちゃってますよ。」
「そうだね。」
僕と鈴木君は席から立ち上がった。
「今日は僕が出しましょう。」
「えぇ、いいのかい?」
「勿論ですよ。」
「ありがとう。」
店を出て彼と別れると、なぜか大きなため息が出た。
空腹感は消えたが、代わりに大きな不安が僕の胸に広がっていた。
明日からは土日。
家で、ネルさんとミクと僕の三人で、ゆっくり話をしよう。
ネルさんは、今後どうして行くのかを。
◆◇◆◇◆◇
「ネル。寝てばっかいないで、たまには起きよう。そうだ、テレビでも見よう。」
おとといここに来てから、ネルはずっとわたしのベッドで寝てる。
わたしはソファーで寝てるからかまわないけど、ネルのほうが心配だ。
「いい。ちょっと、静かにさせて。」
「うん・・・・・・。」
「でも、部屋から出ないで。」
「え?」
「近くに、いて・・・・・・雑音。」
「ネル・・・・・・。」
ネルに、近くにいてほしいといわれた。
少し、嬉しい。でも、同じように切なかった。
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