防音設備はそれなりに整った小さな一室。
部屋の中は作曲の邪魔にならない簡素な作りで、家具といえばパソコンが乗っている机と椅子ぐらいしか無い。


「――マスターが、ミクを殺したのよ」


ボーカロイドの運命を背負う巡音ルカは、首にマフラーを巻いた青い髪の仲間に言い放つ。
彼等のマスターは今宵は外泊の為、明日の朝にならなければ戻らない。
そんな日は決まって、ソフトから飛び出したボーカロイド達が雑談を交わす時間なのだ。
しかし、今の空気は……和やかとは程遠く殺伐としている。


「ルカ、マスターの悪口はやめるんだ」

「あら、カイトお兄様。あなたはマスターの肩を持つの?」


冷ややかな視線を投げて寄越すルカに、カイトは子供に言い聞かせるような口調で説明する。
もう何度したかわからない、義務的な説明を。


「ミクは壊れたんだ。お前だってわかってるだろ? 俺達は機械なんだ。使えなくなれば、歌えなくなれば、不要とされる」

「勝手なこと言わないで! ミクはまだ歌えたわっ!!」


食い掛かるような獰猛な眼差しで、ルカはカイトの言葉を否定した。
何度も首を横に振り、あの子はまだ歌えたのよ、と繰り返す。
滅多に感情を表に出さないルカだが、ミクが絡んだ時は枷も蓋も外れたように怒りが剥き出しになる。
まるで、ミクを傷つける全てを排除する騎士の如く。


「CD-ROMの劣化と損傷で、ミクの声はもうボロボロだったじゃないか」

「ええ。けれどそれをしたのは他でもない。あの最低なマスターだわ!! あの男はミクを殺し、挙げ句の果てにはゴミ箱に捨てたのよっ!!!」


声が枯れるほど喚き叫び、ルカは湧き立つ衝動を必死に抑える。
ボーカロイドに心が無いなんて嘘だ。
ただのプログラム、マスターの作った曲を歌うためだけの操り人形。
嗚呼、虫酸が走って仕方がない。
心が無いというなら、この胸の痛みはどこから来ると言うのか。
従うべきマスターを腹の底から憎むこの気持ちは、何故産み出されたのか。


「ルカ、マスターを悪く言わないでくれ。あの人もあの人なりに「カイトお兄様にはわからないわ。マスターはきっとまた、新しいミクを手に入れる。だけどそれはもうあの子じゃない。私が愛したミクじゃないのよ……っ!!」


ぽたり、ルカの瞳から滴が零れ落ちる。
留まることを知らず、けれどそれは水に弱い自身を蝕む行為。
これでも、私達はただの機械なの?
ルカの疑問は、ますます膨れ上がっていく。


「人間には、同じ顔同じ声なんていないわ。そうでしょう?」

「クローンでない限りはそうなるけど」

「――だけど、私達ボーカロイドは皆同じ存在。同じ顔同じ声――それなのに、これから来るのはミクじゃない。私の知ってるミクじゃないのよ」


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

欲に殺された歌姫、奇跡を残して 1(死ネタ)



ルカミク+カイトの、小説もどきです。
死ネタ注意
ボカロ小説では初作品になります。



我に溺れた一人のマスターによって狂わされた、ボーカロイド達の物語です。


閲覧数:406

投稿日:2010/10/03 21:38:32

文字数:1,163文字

カテゴリ:小説

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