7.
高松さんの不安をよそに、バンドの再結成ライブは大盛況に終わった。
それからも、高松さんの体力が続く限りは定期的にライブをやった。
社長を継いだのは、結局未来だった。
高松さんの理念……というより、ハートというか、情熱を誰より理解していたし、自分が社長になっても高松さんの意見をないがしろにすることもないだろうという信頼があったからだ。僕の仕事は激増したが、その後のCreatePrimeを見る限り、人選自体は成功だったみたいだ。
僕と未来の間には二人の子どもを授かった。
未来は「ボクに子育てなんて無理だよ」と弱音を吐いていたけれど、なんだかんだ、二人でやっていけたと思う。子どもたちも、立派に育ってくれた。
誤算がなかったわけじゃない。というか、誤算しかなかった。
けれどまあ、こうして振り返って見れば幸せな日々だった。
人生はかくも長く、かくも短い。
僕と未来は、限られた人生の中で、精一杯、満足するまで生きた。
笑顔で「充実した人生だった」と言える日がやってくるなんて、思ってもいなかった。
これは、僕と初音未来の二人の……そんな、幸福な物語だ。
◇◇◇◇
「よっこいせ……っと」
ホールのボックス席にあるソファに腰かける僕に、隣で同じようにソファに腰を下ろした未来が笑う。
「ちょっともう、やめてくださいよ」
「え、なにが?」
「『よっこいせ』ですよ。もー身も心もおじいちゃんになっちゃってるんですから」
未来だって僕と同い年なんだから、それを言ったら未来だってもうおばあちゃんだろう。
……怒ると怖いから言わないけれど。
「え? そんなこと言ったかなぁ」
頭をかく僕に、未来はあ然とする。
「無意識に言ってるんならもうダメね。手遅れ。もう奏は完全におじいちゃんです」
「いいじゃないか別に。僕らにも孫ができるかもしれないって言っているんだし」
「そーゆーことじゃないでしょ。心身ともに若々しく保たないとってことよ。やっぱりもっと運動しなきゃいけないのよ。あたしと一緒にスタジオで踊ったらいいんじゃないの?」
「いや、あれは……」
未来の提案に、僕は言葉に詰まる。
未来は未だに現役のアイドルたちの練習場所に顔を出しては、彼女たちと同じように踊っている。その現役に引けを取らない運動量たるや、戦慄を覚えるほどだ。
僕がそんなに動いたら死んでしまう。
……それだけの運動ができるからこそ、未来は還暦をとっくに過ぎたいまでも、若々しさを保っているのだと思う。
「まあいいわ。奏の運動不足についてはまた今度話すことにしましょ。もう始まるわ」
彼女の言葉とほとんど同時に、華美な衣装を身にまとった女の子たちがステージに現れる。
彼女たちは観客席に手を振り、お辞儀をする。それに合わせ、拍手と歓声が上がった。
「あの子たちは……?」
「もう、三十五期生になるかしらね。根性もあって、スジのいい子たちだったわ」
「へぇ。最近毒舌の未来にしては高評価じゃない」
未来は肩をすくめる。
「アイドルって見た目がいいだけでできるようなものじゃないのに、見た目だけでちやほやされてきた子が簡単にアイドルになれるって思ってウチに来るのよ。で、試しに歌わせたり踊らせてみたりしたら基礎からやんなきゃダメねって。でもそーゆー子に限って妙にプライド高いから、あんまりモノにならないわね」
どうも、ずいぶんうっぷんが溜まっているみたいだ。
「相変わらず手厳しいなあ。……でも、あの子たちは違うと?」
「ええ、そうね。やる気があるし、その上で努力が必要だって理解している。私やレッスンのコーチから厳しいことを言われても投げ出したりしない。『いつか絶対に見返してやる』っていうギラギラした気持ちがある。……ちょっとうらやましいくらいね」
「……そりゃ楽しみな子たちだな」
いまの未来からすると、大絶賛に近い言葉だった。本人たちが聞いたら喜ぶだろうに。
ステージでは五人の女の子が一糸乱れぬダンスとともにアップテンポの曲を歌っている。
そこにプロジェクションマッピングやドローンを活用した演出を行っていて、同時配信の動画版ではVRやARでの視聴も可能となっている。
ライブとは、音楽だけを提供する場ではない。
アイドルたちの努力が垣間見える環境であったり、今までにはなかった新たな技術で新たな表現をしたりして、唯一無二の体験を提供する場だ。
そうでなければ、ファンはみなワイヤレスイヤホンで曲を聴ければ十分だと感じるだろう。
最新技術を駆使して新たな体験を提供していかなきゃいけない、というのは未来の意見だった。
最前線を走っていくなら、常に新しい驚きがなければならない、と言ってみんなを説得した。現役の若い子たちは柔軟で積極的だったが、説得に苦労したのは社内の上層部で、管理部門や役員たちだった。
技術というものにはお金がかかるわけで、それによりライブの費用がかさむことになる。費用がかさむということは、要するに利益率が下がるということで、その分赤字になるボーダーは上がり、失敗するリスクが上がる。
当然役員たちは昔の成功体験があるわけで、「そこまでお金をかけなくても集客力あるでしょ?」と言ってくるのが常だった。
そこで味方になってくれたのが高松さんだった。
いまではもうほとんど隠居の身だが、会社の方針と未来の考えが一致しないときは、彼女はいまでも高松さんの元へ相談に行く。
高松さんと話をして未来が折れることもあるし、高松さんを味方につけることもある。
重要なのは、未来が一人で暴走しないということだろう。
未来がどれほど頑固になったとしても、僕や高松さんの話さえも聞かなくなるほどではない。
それに、未来と僕が最前線でCreatePrimeを動かして行かなければならない日々も、もう終わりだ。
次第に次の世代へと引き継ぎ、僕らの仕事は会社方針の決定や、いくつかの重要案件だけとなっている。
「未来」
「なあに、奏」
「今ここにある希望はきっと 僕だけのモノじゃないから」
「……!」
急な僕の言葉に、未来は目を丸くさせる。
「そう、よく言ってたじゃない? 今振り返ってみてさ、あの頃の願いは……どれくらい叶ったのかな、と思ってさ」
「そおねえ」
未来は指先をあごに当てて少し考える。
「あなたが隣にいる。高松さんから引き継いだ会社はうまく行っていて、これからもそんなに心配はしてない。後輩たちは……全員がキレイに輝けたとは言えないけれど、それでもすごく鮮やかな光を放っていて……あたし一人では成し得なかった輝きを放っていると思う。だから……」
未来はひざの上で両手を合わせ、満足そうに笑った。
「満点以上ね。重ねた愛は、みんなの元へ届けることができたと思うわ。……もちろん、あなたの元へもね」
未来の心底幸せそうな声音に、僕は改めて彼女が美しいと思う。還暦を過ぎてなお、未来の美しさは衰えることなく、むしろ増しているんじゃないだろうか。
彼女の様子に、僕も自然と笑みがこぼれてしまった。
「それならよかった。僕も……未来の隣にいた甲斐があるってものかな」
「奏がいなかったら、こんなことできなかったに決まってるでしょ。遅刻続きでCryptoDIVAは一年で解散してたわ」
「……確かに、あり得る」
よく考えてみて、本心から僕はそう言った。
「だから、奏には感謝してるわ。あの頃からずっと、あたしの気持ちは変わってないのよ。ほら、倦怠期とか、一緒にいるのが当たり前になっちゃうとか、よく言うじゃない?」
「そうだね」
「だけど、そうならなかった。もうずいぶん長い時間が経ったけれど、いまでも変わらず奏が好きなままよ」
「僕もだ。あの頃からずっと、僕はいま隣りにいる未来が一番だと思っているよ」
結婚前後くらいまでは恥ずかしくてなかなか言えなかった歯の浮くようなセリフも、いまならさらりと告げることができるようになった気がする。
「はいはい。お世辞はいーから」
そうやってなんでもないふりをして未来は手を振るが、どう見ても照れ隠しだ。
僕は黙って手を差し出す。
未来は「仕方ないわね」とでも言いそうな顔で僕の手を取る。
けれど、先に強く握りしめてきたのは未来からだった。僕の言葉が本音だとわかっているからだ。
「今ここにある希望はもう、みんなのものになったわ」
未来は満足そうに、そして懐かしそうにステージを眺める。
「重ねた愛もみんなに届けられた。だからねーー」
未来はこちらを見て、老いてなお美しいほほ笑みを浮かべる。
「あたしは十分すぎるくらい幸せよ」
「僕もだ」
手を取り合い、僕たちはその穏やかな幸福に笑いあった。
眼下のステージでは、未来の輝きを受け継いだ若いアイドルたちが、また新たな光を放っている。
その光はまた誰かの元へと届き、どこまでも遠くへと広がっていく。
「今ここにある希望はきっと、僕だけのモノじゃないから」
その言葉から始まった僕と未来の旅路は、その後のちょっとした後日談を経て終わりを迎えた。
……暗い話かと少し身構えさせてしまったなら申し訳ない。
そんなことは全然なくて、我が子の結婚式があったとか、孫ができたとか、そういう話だ。
もちろん、独身を貫いた高松さんの臨終の席に立ち会ったとか、元CryptoDIVAの葬儀があったとか、そういう話もあるけれど……米寿近くまで生きていれば、そういうことは避けられないものだ。
最終的に、僕は未来より一年だけ長く生きた。
未来は「奏を残していくことだけが心残り」と言っていたけれど、僕からしてみれば、彼女の最期の最期まで隣にいられて、彼女を一人ぼっちにせずに済んでよかったと思っている。
僕の人生には、常に未来がいた。
彼女の情熱と輝きは、僕の原動力でもあった。
未来からもらった光と愛の言葉で、僕の心は希望に満ち溢れ続けていたのだ。
だから僕は胸を張ってこう言おう。
幸せな人生だった、と。
fin.
Prhythmatic 7 ※二次創作
7.
最終話。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
楽曲の作詞・作曲のRENO様、作曲及び公開をしていただきありがとうございます。この曲がなければこの話も存在しませんでした。感謝してもしたりません。
正直、7話を書き始めた段階では最終話だとは考えていませんでした。
「……? これが最終話じゃなかったとしたら、彼女の人生をどこまで書くんだ? この先はどうやっても感情曲線下がるんじゃね? ……なら、ここで終わらせねば!」
となりました(笑)
なお、例によっておまけがあります。
奏と未来のラブラブっぷりが足りない方は前のバージョンにお進みください。
余談ですが、おまけを書いている段階で七瀬夏扉著「ひとりぼっちのソユーズ」を読みました。
……結果、文章が引きずられておまけの後半は甘度が上がってます(笑)
今のところ、今後はオリジナル物に専念しようと思っています。なので、いつもどおり次回は未定となっております。
最後までお読み下さりありがとうございます。
またお会いできることを願って。
オリジナル小説が気になる方はこちらにどうぞ。
「フェルミオンの天蓋」
https://kakuyomu.jp/works/16816700426009125099
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雨降り天気予報なら
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雨が降ってきたなら
傘でおしゃれはどうでしょう!...どうでしょう!
sakagawa
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ご意見・ご感想
ganzan
ご意見・ご感想
2022年、あけましておめでとうございます。
ピアプロに投稿された周雷文吾さんの小説に感想を書くのも久しぶりです。
1話目から続きが気になり、テンポよく話が進むので、一気に最後まで読んでしまいました。
なんというか、ホッとした感じです(?)。
たぶん、一話目の「底抜けに前向きな、幸せな物語をどうぞ。」という説明文で逆に身構えてしまったのだと思います…。自分が捻くれているせいだけじゃなくて、周雷文吾さんの作風的に持ち上げて落とされることを勝手に予想していたんでしょう。幸せなミクさんが見れてヨカッタデス。
話を読み終わってから、動画サイトで「Prhythmatic」を聴いてみました(良い楽曲を教えて頂いてありがとうございます)。
「今ここにある希望はきっと、僕だけのモノじゃないから」のフレーズが強く、耳に残りますね。
4話目のCryptoDIVA解散ライブの場面が想像できて、雰囲気まで味わうことができました。とても得した気分です。
物語の力は改めて偉大だと感じました。ありがとうございました。
新年でも創作活動・生活ともに順調であるよう、お祈りしています。
2022/01/01 21:31:12
周雷文吾
こちらからもあけましておめでとうございます。
久しぶりのメッセージありがとうございます(深々)
ganzan様はここのところは作曲をされているようで、作曲を諦めた側としては羨ましい限りです。
申し訳ありません。自分はあまり聴けていないのですけれど……。
>ホッとした感じです(?)。
>説明文で逆に身構えてしまったのだと思います。
そうなると思って説明文で「幸せな話」と明言したんですが……いやまあ、説明文を引っ掛けに使うという前科があるので反論の余地が無さすぎて申し訳ありません。
この二次創作が、多少なりともこれまでの贖罪の代わりになっていればいいのですが。
>ヨカッタデス。
そう言っていただけてヨカッタデス。
>良い楽曲を教えて頂いてありがとうございます。
その言葉だけで、本当にこの話を書いた価値がありました。
いい曲ですよね!
前向きに生きよう! と素直に思わせてくれる、愛の詰まった曲だと思います。もっと有名になれ。(懇願)
>とても得した気分です。
>物語の力は改めて偉大だと感じました。
この辺からニヤニヤが止まらなくてもう(笑)
でも恐れ多い言葉です。そこまでの物を書けている実感は未だにないので……。
コロナ禍はまだ続くようですが、ganzan様も創作及び私生活が順調であるようお祈りしております。
2022/01/07 20:40:11