悪食娘コンチータ 第三章 暴食の末路(パート4)
翌朝十月十三日の早朝五時、オルスはほんのりとした寝不足を感じながらも夢うつつから覚めて、はっきりとその瞳を見開いた。グリスと約束した時刻は六時だったか。三十分ほどすれば出立しなければならないな、とオルスは考えてベッドから降り、昨晩の内に用意しておいた旅装に着替えはじめた。剣が必要だとかグリスが言っていたから、一応帯刀はしてゆく予定だったが、甲冑までは必要だろうか。オルスは昨晩未解決のままにうやむやにしていたその問題に対して軽い思考の末に、必要がないな、という結論を出した。別に戦争に赴くわけではない。目的地が何処であるのかも聞いてはいないが、旅の護衛というならば重装備は必要ないだろう。
それにしても、とオルスは考える。リンダーバル男爵の言葉ではないが、フレアも旅の護衛ならば別の衛兵程度、すぐに用意できるものではないだろうか。そもそもフレアの父親は内務卿であられるマーガレット伯爵であるというのに。
ぼんやりと、朝食代わりに固いパンをかじりながらオルスはそう考えたが、別に自分があれこれと考えたからといって何かが分かるわけでもないし、半ば強制的にとはいえ、オルスが赤騎士団に入隊して以来、初めて獲得した長期休暇を物見遊山で過ごせるのならばそれはそれで構わない。何より、あのフレアが道中同行しているというのだから。
そこまでオルスは考えて、ぶんぶんと大げさに首を横に振った。
落ち着けオルス、フレアは確かに絶世の美女だけど、その内面は相当に苛烈だ。彼女が求める男性像がどんなものなのか、どうにも良く分からなかったが、少なくともフレアがオルスをまともに男扱いしているとは思えない。きっと今も弱い男だと思われているに違いない。いや、何を言っているオルス。俺は別にフレアのことが好きでも何でもないぞ、うん。
「あんた、なんでここにいるの?」
そらみろオルス、やっぱり邪険に思われているじゃないか。
六時よりも少し早く南大門に到達したオルスは、簡素な旅装を着込んだフレアに一言目にそう言われて、早くもぐうの音を失うような事態に陥っていた。グリスは見たところ、まだ来ていないらしい。
「グリスに護衛を頼まれた。」
「あんたが?ちぇ、折角グリス先生と二人旅だと思ったのに。」
その言い方は酷い。グリスだって男だ。というか色恋沙汰には目が無いグリスだぞ。フレアのグリス評は世間一般からしてなんだかずれているような気がする。
「他に護衛はいないのか?」
「別に必要ないでしょ。」
「郊外は危険だから。」
「いやよ。守られているだけのか弱い女なんて、私の姿じゃないわ。」
フレアの威勢の良いその言葉を耳にして、オルスはほとほと困り果てたという様子で軽く髪の毛をかいた。とはいえ、フレアはマーガレット伯爵の愛娘だ、どんな文句を言われようと一度護衛を引き受けた以上彼女を守りつくす義務がある。オルスは自身を納得させるように、そして無理やりに鼓舞するようにそう考えると、話題を代える為にフレアに向かってこう言った。
「それで、フレアは何処に行くんだ。」
「あんた、そんなことも知らないで護衛を受けたの?」
「グリスが今日教えると言っていたから。」
オルスがそう答えると、フレアはあからさまに肩を竦めながら、大げさな溜息をついた。
「コンチータ地方よ。」
「コンチータ地方というと、もしかしてバニカ夫人の所に?」
「そうよ。お見舞いに行くの。何か文句ある?」
「いいえ。」
オルスは寧ろ得心したように、と言うよりもこれ以上の被害を避けるように即座にそう答えた。フレアが唐突に何処に向かうのかと思ったが、確かにバニカ夫人がコンチータ領へと帰郷して以来、フレアがコンチータ地方へと見舞いに向かったと耳にした事はない。それはオルスも同様で、相変わらず時間を見つけてはコンチータ男爵の墓参りに赴いてはいたが、久方ぶりにバニカ夫人の見舞いに行くのも悪いことではないだろう。それにしてはなぜ、グリスは目的地をオルスに伝えなかったのだろうか。昨日のグリスの様子は改めて考えみれば、少しどころか相当おかしかった。まるで何かに焦らされているような。バニカ夫人の見舞いなら、素直にそう言えばいいのに。いや、待てよ。グリスはどうして今回ばかりは同行しようというのだろうか。王都にいる間でさえ、バニカ夫人の見舞いにはコンチータ男爵の葬式以来行ってはいないはず。オルスのように、コンチータ男爵との特別な関係が無い以上、その態度は至極当然というべきであったが、ではどうして今更、わざわざ長旅までをして?
もしやグリスの目的は最初からフレアだとか。
そう考えてオルスは思わずその表情をしかめた。何故だろう、妙な嫌悪感をオルスは覚えたのである。
「何よ、変な顔をして。」
「いや、なんでもない、大丈夫だ。」
「変な奴。」
毛嫌いするように、フレアもまたその美しい眉を不審そうにしかめた。本当にそうだ、別に俺は何も、そう、グリスがフレアに惚れていたからといって別に嫌悪感を抱く必要はない。グリスの恋愛遍歴はそれはそれは、それだけで一冊の本が書けてしまうほどの分量になるが、グリスがどの女に手を出そうとも、そんな感情はこれまで一度も抱かなかったではないか。
「待たせたな。」
やがてグリスが到達した時に、しかしオルスは思わずその表情をしかめたままでグリスを見た。なんとなく、先ほどからの嫌悪感を抱いたままでいたのである。
「どうしたオルス、寝癖でも立っているか、俺?」
「・・なんでもない。」
むっとした表情で答えたオルスに向かって、グリスはからかうように何かを言いかけたが、それよりも早く口を開いたのはフレアであった。まるで恋する乙女のように、期待を込めた口調でグリスに向かってこう言った。
「お待ちしておりましたわ、グリス先生。」
いや待て、本当に恋しているのかフレアは。いや、うん、別にそれはそれでいいじゃないか。そう、静かに、俺は普通に護衛だけを勤めていれば。って何を焦っているオルス。
「おはよう、フレア嬢。さてはて、凄い荷物を用意したね。」
「全て教科書ですわ、先生。」
フレアはそう言いながら、身体を少し傾けて、肩に背負ったリュックサックをグリスに向かって見せた。先ほどから気にはなっていたが、全て教科書とはこれはいかに。旅装にしては妙に重たそうな鞄だとは思っていたが、まさか教科書で詰められているとは。オルスならそれを読むだけで数年はかかってしまいそうな冊数に見えるのだが、フレアはこの旅の間だけであの分量を消化するつもりなのだろうか。それよりもリュックサックを見せる為に身体を傾けた動作がなんだか可愛らしい。
「それでは行こうか、二人とも。」
やがて気合を込めたようなグリスの声に、三人は力強く、そして颯爽と歩き出した。全員貴族だというにも関わらず徒歩での旅というのも妙なものだが、国家業務ではない私的な行動である以上豪華な馬車は勿論、馬を借りるだけでもそれなりの資金が必要になる。三人とも頭角を現しつつあるとはいえ未だに家督を引き継いではいない、いわば安月給の公務員という立場である以上、これも止むを得ないとオルスは考えたが、それよりもフレアが文句を言うどころか、寧ろ楽しそうにその一歩を踏み出したことにオルスは驚きながらも、妙な好感を覚えたのである。
小説版 悪食娘コンチータ 第三章(パート4)
みのり「ということで第三章パート4です!」
満「フレアとオルスは書きやすいようで。」
みのり「レイジさんツンデレ好きだからね。なんだかオルス可愛いなぁ。ねぇ満?」
満「クラスに一人くらい、ああいう奴いるよな。」
みのり「甘酸っぱい青春っていいよね・・。」
満「・・まだ回想するには早いんじゃないか。」
みのり「そうだよね。レイジさんみたいに三十歳になると回想という名の妄想をしたくなるみたいだけど。ということで次回も宜しくね☆」
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