胸の奥で、或いは脳裏の向こうで。さわさわと、さざめくような感じがする。夢現で聞く街の音のように、明け方の夢の尻尾のように、とても近いのに掴めないところで。俺をくすぐるそれは、多分『KAITO』なら皆が今感じている筈だ。それは歓びの声。倖せの歌。
 今日は、特別な日だから。



     * * * * *

   2.14 ~Sweet*2~

     * * * * *



 2月14日。世間的には"バレンタインデー"として、そして俺達『KAITO』にとっては"誕生日"としても、特別な1日。祝福を受ける"何処かのKAITO"の歓びを淡く感じて、何だかずっとうずうずしていた。
 加えて、そんな俺を煽るように、ふんわりと甘い香りが漂ってくる。とろりとしたチョコレートと、ケーキの焼けるいい匂い。『うずうず』は『そわそわ』にクラスチェンジして、堪らなくなって扉をくぐった。

「マスター? 何処ですか~?」
 真っ直ぐにキッチンへ向かっているくせに、『何処ですか』なんて白々しい言葉がつい零れる。逸る気持ちと、それを見せるのが恥ずかしいような気持ちがせめぎあって、ふわふわと覚束無い気分だ。
 こんな俺の『そわそわ』も、今頃何処かのKAITOをくすぐっているだろうか。そう思うと、ちょっとだけ『ごめんね』なんて気持ちになる。それでもきっと、多かれ少なかれ、お互い様だろうから。許してよね。
 だって今日は特別な日だから。バレンタインデーだから、誕生日だから、……ではなくて。それは間接的な理由に過ぎなくて、本当に俺が――多分、"俺達"が――嬉しいのは、別のこと。
 特別な日、っていうなら、マスターと出逢えた日の方が断然、一番の記念日だしね。
 何て事を考えるうち、目当ての場所に辿り着く。開けっ放しのドアの向こうに、思った通りエプロンを纏ったマスターの姿があった。
「マスター、お料理ですか? いい匂いでs
「っぅわ、カイト!? ちょっだめ、こっち来ないでー!」
「えぇ?!」
 声を掛けたら、悲鳴を上げられてしまった……。
「……酷いですマスター……」
 来ないで、なんて、ぐっさりショックですよ? しょげ返る俺に「あっ」と慌てた声を上げつつ、それでもマスターはキッチンの中が見えないようにドアを閉めてしまう。
「ごめんカイト、でもまだ駄目。もうちょっとで出来るから待ってて」
 ドア越しの声は少しくぐもって、せめて細くでいいから隙間を開けて、そのままのマスターの声を聞かせて欲しかったけど。閉められてしまったものは俺にはどうしようもなくて。
「はぁい……」
 しょんぼりと返事をして、うろうろそわそわとキッチンの前でマスターを待つ俺だった。



「お待たせ――ってうわぁ?! 何徘徊してんのカイト……よく言うところの、『檻の中の熊みたい』だよ?」
「マスター! だってマスターがドア閉めちゃうから、マスターが見えないし声もよく聞こえないし……」
 落ち着かなかったんです。と言えば、マスターは呆れた笑顔で。仕方ないなぁ、って風に苦笑して、完成したケーキとティーセットをトレイに載せた。
「ごめんごめん。ほら、出来たから。部屋行って、食べながら動画観よう?」
「はぁいっ♪」
 トレイを運ぶマスターの後に、俺はうきうきと続く。だってやっぱり、マスターと一緒にいられるのは嬉しいんだ。
 それが何より、一番嬉しいんですよ? マスター。

 マスターお手製のチョコレートケーキは、丸いホールケーキの上いっぱいを使った『Happy Valentine & Happy Birthday』のメッセージも相まって、甘く甘く香る。それを切り分け、フォークで口に運びながら、マスターは『お誕生会』のタグが付いた動画を巡っていった。
「今年もいっぱいだね~」
 嬉しげに楽しげに、マスターが笑う。ずらりと並ぶ、青いリボンを掛けられたサムネイル達。それはそのまま、沢山のマスター達からの、沢山の"俺達"へのプレゼントだ。さわさわと俺をくすぐるさざめきを、また強く感じる。
 はい。と俺も笑って、マスターの隣で、同胞達がそれぞれの彩で奏でる歌を聴いた。
 やがて俺の歌が――マスターが俺にくれた歌が――流れ出すと、マスターは少し照れた、はにかんだ表情を浮かべて。それがまた嬉しくて、しあわせだった。



 そうして、幾つの動画を観た頃だろう。ソファにもたれた姿勢のままで、いつしかマスターは眠りに落ちていた。
「マスター、風邪引いちゃいますよ?」
 声を掛けてはみたけれど、当分目を覚ます事はなさそうだ。……無理もないかもしれない、と思う。さっきマスターが見せてくれた、俺が貰った歌の動画の投稿時間は2月14日、俺の誕生日になってすぐだった。お仕事や日々の雑事で忙しい合間を縫って作ってくれて、歌わせてくれて、夜遅くまで起きていてUPしてくれたんだから、きっと疲れも相当のはず。
「だけど、困ったな……」
 すやすやと眠るマスターを眺めながら、俺はぽつりと呟いた。ブランケットは掛けているけれど、今は2月。このままじゃあ寒いだろう。だけど……
 俺はそっと、手を伸ばす。結果なんて解り切っているけれど。
 伸ばした手は、マスターの肩に届いたその指先から、分解されたように散っていく。
「――触れないんだもんなぁ……」
 ぽつり、呟く声は。少しだけ、切ない。

 俺は再び"扉"をくぐり、本来在るべき場所へ――電子の海に構築された、俺の『部屋』へと還ってきた。コンソールを喚び出してハウス・コントロールを弄り、マスターの居る部屋の暖房を少し強くする。
 これが、俺の限界。
 俺は、現実世界でのボディを持たなくて。"あちら"での俺は、特殊なホログラフィに過ぎない。ホーム・セキュリティを兼ねているから、異常検知の為にある程度五感めいたセンサーとリンクしてはいるけれど、触れる事は叶わない身だ。
 ほんとうは、それが。一番のねがい――だけれど。
 だけど。

 四角く切り取られた窓越しに、微睡み続けるマスターの姿がある。その表情が穏やかで、口元がささやかに笑みを刻んでいて、それがとてもあたたかい。
 マスター。折角ケーキを焼いてくれても食べられないし、貴女に触れる事も出来ない俺だけれど。それでも、貴女が俺を想ってくれるから。大事に想ってくれてるって、感じられるから。
 貴女が祝ってくれるから、今日は俺の特別な日。
「……しあわせ、ですよ。ありがとうございます、マスター」
 そっと、秘密の宝物のように囁いて、俺は歌い出した。マスターが俺の為に作ってくれた、倖せの歌を。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

2.14 ~Sweet*2~【兄誕2012*第1夜】

KAITO兄さん、ハッピーバースデー(1回目)!!

そんなわけで『兄誕2012』本祭1本目は、本日動画うp予定のコラボ製作曲「Sweet*2」セルフノベライズ版☆
ちょっと切なさ成分も配合しつつ、それでも大切に想われていると解るから、しあわせ。という歌なのでした。
作詞の段階では完全に『PCとネットの中だけの存在』のイメージだったんですが、動画絵を描いてもらう際に『現実世界に出ては来られる(または実体を持っている)けど、"マスターとVOCALOID"だから触れられない』とかでもおk~と言ってまして。
その時点で、こういう設定でノベライズしようと浮かんでたのです。

しかしこのタイトルだというのに執筆が最後になってしまい、間に合わなかったら連続投下に穴が開く……!とガクブルでした←
書くと言い出したのはこれが最初だったのに、何となくノらなくて後回しにしてたら……orz
間に合って良かった。萌え――もとい、愛の力ですねww

閲覧数:376

投稿日:2012/02/14 00:23:13

文字数:2,736文字

カテゴリ:小説

  • コメント1

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  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    読ませていただきました!!
    ぎゃあ可愛いよ!そして切ないですよ…!
    そうか、ホログラフか~…と甘くて優しい分だけ切なくなってしまいました。

    イベントにそわそわとするカイトさんとか、檻の中のクマよろしくうろうろするカイトとか、ちょっと淋しげにつぶやいちゃうカイトさんとか!!
    どんだけ可愛いんだろう!
    と、またもやパソコンの前でにやにやしてしまいました。
    ホント、藍流さんの書くカイマスは無意識で頬がほころんじゃうほどに可愛らしいですね!

    最後のくだりでカイトが幸せですよ、と言って歌うところとか。
    こっちはもう、幸せのおすそ分けありがとう。って感じでした。

    それでは!

    2012/02/14 18:47:14

    • 藍流

      藍流

      早速ありがとうございます!
      そうなのですよ?、甘く可愛くちょっと切ない、そんな感じで作詞したのです☆
      切なさ成分配合は、私的カイマスには珍しかったですかね?w

      そわそわうろうろするカイト、イメージは『留守番わんこ』でしたw
      うちの兄さんは犬っぽいと言われがちですが、今回は意図的にそっち向きにww
      可愛いと言ってもらえて嬉しいですヽ(*´∀`)ノ

      ノベライズなので歌詞を踏襲しつつ、ただなぞるだけにならないように……と悩んだのですが、楽しんでいただけたようで良かった(´∀`*)
      本日中には動画もうpされるはずなので、そちらも是非よろしくです♪

      2012/02/14 21:33:31

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