──朝、目が覚めたら何をする?
「アイスを食べる!」
†
僕の朝の日課は、歯磨きとか着替えなんかの身支度のあと、愛しのアイスを食べること。
爽やかな早朝の時刻に、冷たいアイスの甘味を堪能する。僕にとっての、至福の時間のひとつなんだ。
え? 他にどんな時に至福を感じるのかって?
食後にアイスを食べる時、三時のおやつ時のアイス、お風呂上がりにアイスを食べてる時も幸せだね。
本当は、アイスクリームに飛び込めたらいいなーって思ってるんだ。きっと泣いちゃうね。幸せすぎてさ。
え、ちょっと、泣きたいなら泣かせてあげるよ!? 待って! その笑顔なんか怖いよ! 何だか身の危険を感じるよ!
……何もしないよって台詞がいまいち説得力に欠けるけど、今は信じてみるよ! 話はまだ続いているしね。
……で、何だっけ?
あ、そっか! 至福のアイスの話だったね、ありがとう。
え、違う? 至福の時の話、って言ったって? でもアイスが最高だってことは間違ってないよ!
……アイス語りはもういい? 話を進めろ? ……。
はいっ、分かりました! だからそんな顔しないで怖いからぁ!
えーとじゃあ、僕の素晴らしきア……、朝の習慣について分かってもらった所で、あの日起こったことを話そう。
あの日も僕は、朝の日差しの心地よさを感じながら、アイスを食べようとしていたんだ。
冷凍庫に並んだマイスイートハニーたちの中から、その日選んだのはガリガリ君。ガリガリ君は言わば永遠の少年だよね。長らく人々に愛され、愛好家の年齢層も幅広く……。
分かった、分かった、やめるからぁっ。
え、と、だから、ガリガリ君を選んだんだよ、その日は。それで、パッケージを剥いで、口にしたんだよっ。
そしたらその時、鋭い痛みが走ったんだ! 左上の奥歯に!
すごく痛くて、叫んじゃって、家族みんなを起こしちゃったんだ……。
うん、そこは素直に反省してる。
一番に駆けつけたのはめーちゃんだった。
愛を感じたねー。二日酔い状態で、ひどく機嫌が悪かったけど。
「あたしは今、頭が痛いのよ! 大声出すな!」
なんて言いながら自分が大声出して、更に頭痛を酷くしてて……。あれは可愛かったな。
……でもね、僕の歯の痛みも酷かったんだ。
「めーちゃーーーん! 歯がぁぁぁぁぁ」
だから泣き言言っちゃった☆
「だから黙れぇぇぇ! どうせ甘いもの=アイスの食べすぎでしょうが!」
「僕からアイスを取ったら何が残るのさー(泣)(取り柄的な意味で)」
「カイ兄にはまだマフラーがあるじゃない」
その時、リンちゃんがやって来てそう言った。
ナイスフォロー。GJ、リンちゃん! って思ったんだけど……。
「いつかお腹を壊すだろうとは思っていたけど、まさか歯が先にやられてしまうとは……想定外だった!」
「でも虫歯ってネタとしてはベタじゃねーか? さすがカイ兄wって感じじゃん」
更に辛辣な言葉をくれたのは、リンちゃんのあとから部屋に入ってきたレン君。
「そう言えばそうかー(笑)」
さすが姉弟。思いやりが欠けている。
「一体どうしたんですか?」
そこへやって来たのはルカだった。
この台詞! この口調! 僕を心配してくれる唯一の天使!
「カイトが虫歯だって」
いつの間にかソファーに腰かけていためーちゃんが答える。
鏡音姉弟も、それぞれ一人用のソファーに思い思いの姿勢で座りだす。
ちなみに現在地はダイニングキッチン。僕はキッチン側に、みんなはダイニング側にいる。
扉の近くの壁に居場所を定めたらしいルカが曰わく。
「虫歯……。なんて陳腐な……いえ、大丈夫なんですか?」
なんか聞こえた? ちんp……ううん! 聞こえたのは僕を心配する唯一の女神の声だけ!
「うん、痛かったのは一瞬だけで、今は良くなってる」
「そうですか」
「お兄ちゃーーーん!」
唐突に、ドアを勢いよく開ける音と共に僕の名前が呼ばれた。
やって来たのはミク。走ってきたのか、少し息が乱れている。これで、家族全員が僕を心配して来てくれたことになる。
……違う? 何が? 誰も心配なんてしていなかったって?
まさか! だってみんな来てくれたもん!
さっさと話戻して、って何なんだよぉ! うぅ、続けるよ。
一番最後に来てくれたのはミクだった、って所からだよね。
「ミク! 僕を心配してくr……え?」
ミクが走ってまで来てくれたことは、純粋に嬉しかったんだよ。
でもね、その場にいた全員がね、気づいたんだ。
ミクの可愛さに。
……いや、兄バカとかじゃなくて。
当時の時刻は6時半くらい。まだ早朝って言える時間帯で、みんな今起きました、って感じだった。実際みんな僕の叫び声で起きたって言っていたしね。
で、みんな寝間着姿だったんだよ。
ミクを除いて。
……うん、僕の叫び声で目が覚めたのはミクも同じ。
でもミクはちゃんと顔も洗ってメイクもして、クリプトン公式の、言わば正装をしていたんだ……。
「どうしたの? お兄ちゃん? さっき叫んだのは何だったの?」
「ぃや、あの、歯が、ね」
しどろもどろで舌が回らない僕の代わりに、レン君が答えた。
「虫歯だってさー」
「虫歯!? 大丈夫なの?」
「うん、今は、大丈夫。……だけど、」
どう言葉を続ければいいのか分からずにいた僕の代わりに、リンちゃんがミクに問う。
「ねえ、ミク姉、なんでその格好なの?」
「え? なんでって……。『初音ミク』は、この格好をしているものでしょう? それとも何か変?」
「いや、ただ、朝早いのにメイクばっちりなのは……なんでかなって。……今日何か予定あったっけ?」
「ううん、今日は一日中フリーだよ。でもでも、電子の歌姫は常に、完璧に可愛くなきゃ!」
それは確かに正論だった。
ミクは可愛くあるべきだ……!
だけどみんなは、何故だか納得していないような、何か言いたげな顔をしながらも、黙ってミクを見つめていた。
「そういえばお兄ちゃん、さっき何か言いかけなかった?」
言いたかったことは、リンちゃんが代弁してくれた。
代わりの言葉を探していたら、この目が見つけてしまった。
「コレ、溶けちゃったorz」
棒ごと地面に落ちているガリガリ君を見下ろすと、泣きそうな気持ちになった。
そんな僕を見て、ミクは冷蔵庫の元へ小走りしていき、新たなガリガリ君を取り出して僕に差し出した。
「はい、お兄ちゃん。ガリガリ君はまだ30個くらいはあるから! また新しいの食べればいいんだよ」
満面の笑みを向けられ、僕は幸せいっぱいになった。
でも、僕が手を伸ばしてそれを受け取ろうとした時、制止の声がした。
「ストーーーップ! だめよ! また叫ばれちゃ堪らないわ」
「えー。お姉ちゃんはお兄ちゃんに厳しすぎるよー」
ミクが反論してくれたけど、めーちゃんは厳しかった。
「この男を甘やかしたら駄目なのよ。つけあがるだけなんだから。
虫歯が治るまで、当分カイトはアイス禁止!」
「そんなー、殺生な……! 僕本当に生きていけないよー(泣)」
「何言おうが、これは決定事項だから」
「うぅぅ、めーちゃんの鬼! スパルタ! グレてやるぅー! °・(ノД`)・°・」
「はいはい、勝手にしなさい」
手の中にあるガリガリ君を見下ろして、……え? ああ、受け取ってはいたんだよ。声だけの制止だったからね。
で、ガリガリ君を見下ろして、どうしようもなく食べたくなって……。
食べちゃった☆
ああ、うん。邪魔はされなかったよ。
包装なんてすぐに開けられるし、みんながあっ! とか言っている間には口にしていたし。
うん、また叫んじゃったけどね☆
「「「「「歯医者逝け!」」」」」
みんなの心が、その時ひとつになったんだよ。
僕のおかげだよね、ね。
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