ミクは机に頬杖をついて、唇と鼻の間に緑の鉛筆を挟みながら、カレンダーを眺めていた。
「暇だ~」
ボーカロイドには、受験も学校もない。だからといって、夜の倉庫で運動会をやるわけではない。マスターが指示してくれるまで、なにもすることが無い。この頃ゲームの仕事場も増えてきたから、だいぶ暇な日が無くなってきたのであるが、今日に限ってはスケジュールが空いていた。
「ひーまー」
このままじゃルカ姉ちゃんに怒られるな、と、思いながら、カレンダーをじっと眺める。
その時、ある日付を見た時、ミクの背筋に悪寒が走った。
「たんじょう、び……?」
血の気が一気に引いていく。
すっかり忘れていた!
顔から鉛筆が転がり落ち、パニックがミクを襲ってくる。
「あわわわわ」
勢い余って、椅子が倒れてしまった。
しかし、それに気を取られている余裕が今のミクには無い。
日々の浪費が、走馬灯のように、頭を通りすぎていく。
コン、コン。
その時、ドアを叩く音がした。
「どうしたの、ミク?」
ドアを開けたのは、ルカだった。
ルカは心配そうにこちらを見ている。
「な、なんでもないよ! それよりルカお姉ちゃんこそどうしたの?」
「え? ミクの部屋から大きな音がしたから」
ミクは慌てて椅子をもとの位置に戻して、ルカから距離を置いた。
ルカはそれを訝しく思ったが、なにも言ってこなかった。
「じゃあ、私、明日の準備してくるから」
そう言って、ルカはドアを閉める。しばらくすると、階段を下りる音が遠ざかっていた。
ミクはそれを確認して、ホッと胸を撫で下ろす。
「まずは、同士を確認しないと!」
ミクはリンとレンの部屋へと向かう。
レンあたりは忘れているはずだ。
明日がルカの誕生日。
それは事実である。

「もう買ってあるぜ。中身は教えないけどな」
「あたしもー」
――なんですとー!
ミクは心の中で大いに叫んだ。
あのレンまで買ってあって、ミクは買ってない。
これじゃあ、私だけがルカを悲しませてしまう。
当然、カイトは買っているだろうし、メイコさんも同様であろう。
またも、走馬灯のように、浪費の日々がよみがえっていく。
その様子を見たレンが、嘲笑うかのように言ってきた。
「あれ~、もしかして、人気No.1のミクお姉ちゃんが、まさかルカお姉ちゃんの誕生日プレゼント、忘れてたわけではないよね~」
いじらしいレンの笑みに、ミクは少し青筋をたてながら言った。
「既に買ってあるわよ。いい、レン? 私が選んだのはすっごい良いものなんだから!」
目が泳ぐのを意思の力で必死に押さえながら、ミクは腰に手を当てて胸を張って見せた。
「いいなぁ。私ももう少しおこづかいがあればなぁ」
リンはそれに気付いてない様子で、肩をしょんぼりさせた。
「リン、大事なのは、気持ちなのよ、気持ち」
ミクはそう言って、リンの頭を撫でた。
ミクはその横でニマニマしているレンを殴りたい衝動を必死に押さえながら、リンを励ました。
「ミクお姉ちゃん、ありがとう」
元気を取り戻したリンを見て、ミクは若干、罪悪感で体が重くなっていく。
これ以上ここにいたら、レンを殴りそうだ。
ミクはレン見ないようにして、すぐさまリンとレンの部屋を出た。
「頑張れ、ミクお姉ちゃん」
「なにが頑張れ、よ……」
そうは言っても、すでに後の祭りである。時間は戻ってこず、誕生日は明日。
なんとかしないと!
ここからカイトの部屋が見えているが、もう聞くのはやめにした。
どうせ、カイト兄さんだ。彼は勘が良い。悟られる前に、急いでまず家を出よう。
ミクは秘蔵の貯金箱を思い出して、自室のドアを開けた。
――キャー!
という言葉を飲み込み、すぐさま後ろ手でドアを閉める。
「兄さん……」
ミクはどす黒い声を出しながら、目の前で仁王立ちポーズをきめているカイトをじっと見た。
「ミクちゃん、……ルカちゃんの誕生日プレゼント、忘れていたようだね!」
あんたは今、服を着るのを忘れてるでしょ!
カイトは海パンにマフラーを翻し、ミクを見下ろしていた。
だが、そこにツッコミを入れている状況では無かった。
「俺たちボーカロイドにとって、誕生日は、家族を確認するものだ。それが、ルカちゃんにどんな悲しい思いをさせるか分かってるよね」
「……分かってる」
「なら、これからどうするか分かってるはずだ」
「当たり前よ」
ミクは素早く秘蔵の貯金箱を取り出した。
「ミクちゃん、大切なのは気持ちだよ」
「知ってるわよ」
このままここに居ても、意味は無い。それに、説教モードのカイトと一緒にいたくない。
「行ってくる」
「あ、待って」
ミクはすぐさま部屋を出て、玄関に向かった。
「あ、ミク、どこいくの?」
エプロン姿のルカが顔を出した。
「ちょっと買い物」
「気を付けてね」
「はーい」
ミクはルカお姉ちゃんの心配顔にいたたまれなくなり、家を飛び出した。

つづく

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

赤い水晶を探して その1

ミクちゃんが冒険する話です。ちょっとファンタジーが混じってます。
その6かその7までつづくかも。

閲覧数:107

投稿日:2016/04/10 18:29:30

文字数:2,132文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました