KAITOは一人、砂浜を歩いていた。ここは海月を駆除してないことで有名だった。それはプライベート・ビーチの持ち主の趣味で、とある伝説があるからこそ大事に透明に底まで見えるエメラルド・グリーンと美しい白浜が広がっている。
誰にも見つからないようにハラハラしていたが、夏も終わった今の季節の深夜の海は静まりかえっていた。キュ、キュと足元の砂だけが鳴る。
「はぁ。誰もいないのに何やってるんだろう」
KAITOは歌い始めた。最近、マスターが崩し字や発音まで凝って作った哀愁のあるバラードの曲を朗読のような気持ちで、詞の意味を味わいながら。
こういうのって似合うな、と様になるところだとか、自己陶酔できる時間の持てる贅沢な場所だった。
聞き手もいないのに歌うのも、新しい発見があった。自分は人のために作られた機械だけど、たった一人ぼっちでマスターのいない場所でも、本当に純粋に歌うことが好きなんだと再確認した。むしろ、こっちの方が緊張しないかもしれない。
すると水中から、女性のシルエットが浮かび上がったかと思うとそれは、人間とは明らかにかけ離れた尻尾のついた、いわゆる人魚がKAITOを見つけて視線が合った。
「ここへきたら会えるって。本物なんですね」
「それと、船を沈めるほどの美声があるって噂は……本当にいい声。羨ましい」
「……あなたも人間じゃないの?私は人間になりたいの。人間の血があれば足が手に入るって噂」
「変わってるわね。みんな人魚の血肉から不老不死の命を授かりたいのよ、人間は」
「人間にそっくり、っていうのも楽しいことばかりじゃないですよ」
「永遠の命ならば、もう持ってるって言ったら驚きますか」
「それもそうね。私もどうして半分だけ人間で、半分だけ魚なのかって」
「上半身と下半身が違ったらどんな人生……えっと、私の場合は一生があるのかしら」
「僕だって生きてないのに一生懸命なんですよ」
「スランプというんでしょうか。僕はマスターの喜ぶ顔が最近見られてない気がするんです」
「この声、もっとなんとかならないかって。人間の歌い手に負けたくない。そんな時に人魚伝説を聞いたんです」
「……あまり海にいると錆びちゃうわよ。声も出にくくなっちゃう」
「どう?私を食べたら美声が貰えるか試してみない?」
「あぁ、いっそ潮風にあてられて、それも……考えましたけど」
「僕は食べるってことが、できない体だったので」
「いいなぁ。足があって」
「いいなぁ。声があって」
「おっかしい。私たち」
「ねぇ、海に向かって歌うと気持ちいいわ」
「ふふ。私の肉目当てで溺れないお友達が出来て嬉しいわ」
「すごい言い方。僕を錆びさせる気?」
「私知ってるんだから。マスター、って言ったかしら??その人は私に貴方を会わせてくれるつもりでここを立ち入り禁止にしていないのよ、きっとよ!」
「名前。何て言うの?」
「KAITOです」
「KAITO!また練習しにきて!!約束よ」
そう言って沖の方まで泳いでいってしまった。KAITOが思っているより、幼さのある生き物だったことに少々面食らった。
「はい!あの、君の名前は?」
「ひみつ」
「そんなあ。人魚に年齢を聞くのも失礼になるのかな……?」
「それと僕、じゃなくて僕らをマスターは可愛がってくれてるって教えてくれてありがとう」
「マスターによろしくね!また錆び付きたくなったら会えるわ」
「来るな、ってこと?」
「ううん。足のあるところを見ると、辛くなるから」
「KAITOが人間を見て辛くなったときに、ちょっとだけ私にはこの声があるからって歌いたくなるの」
「マスターは私が海で歌うのを許してくれる人よ。だから隣を歩いてみたいの。叶わないけれど」
「聞いてくれる沈まないお友達ができて、嬉しいのも本当」
「それにね、私とお話するのに夢中で声がだんだん大きくなってるのがおかしくて。またね!」
思わず海の中まで追いかけたくなっている自分に気が付いて、慌ててKAITOはマスターと話したくなった。
この機械の体は泳げるのだろうか。あぁ、やっぱり人間じゃないのは海の楽しみ方が出来ないことで損した気持ちになる。けれど、ここは進んで泳ぐ人のいない海。
太陽もない月明かりと星空の下で、こうして理解者が出来たことに心が躍った。
あの子の夢も叶うといいけど、それはお伽噺だとこれもまた辛い結末だったなんて思い出して、何か僕に出来ることないかと思案をめぐらせた。
僕が練習しているマスターの曲で人魚が歌いはじめたらどうだろう。人魚の足の欲しい理由をマスターはお見通しで代わりにKAITOに会わせたとしたら、ずるいくらいラブレターの代理みたいでロマンチックだ。
初めの目標の自分の歌が上達するよりも、ピュアな真心を込めて丁寧に伝えなきゃって、歌う理由が増えた。KAITOは初めてそうやって人を夢中に溺れさせてみたいと、切なさを教わったように感じて、マスターはどうやって人魚と知り合ったのかな、なんてまた鼻歌でも歌いたくなった。
こんな時でも歌は僕の一部で、それで今度はもっと辛いのに嬉しくしてあげようと、僕の人間以外の大事なお友達を思い浮かべた。
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