「ハッピーバレンタインデー!KAITO!」
僕よりも先に起きているマスターを久しぶりに見て驚いた。今朝からマスターはエプロン姿だ。部屋にはいくつものボウルが並べられていて甘い香りが漂っていた。けれど、チョコレートだけじゃなくて苦みのあるコーヒーの香りが広がり、アーモンドプードルまで置いてある。
「オペラ、っていうフランスのケーキなんだって」
茶色の四角くて長いケーキの中に、異なる色合いの何層も重ねられたペーストが入っているようだ。ただのチョコレートケーキじゃなくて、この層を作るためにボウルがたくさんあるのにマスターの頑張りを感じた。
「本当は観に行けたらいいんだけど」
「音楽の教科書で出てきた私でも知ってる名作、予約もとれなくてOLには高すぎてびっくりしちゃった。でも、いつか絶対に一緒に観に行こうね!」
「ねぇ、今日はバレンタインだけじゃなくて主役はKAITOだよ。今日はお誕生日でしょう。おめでとう!」
そして、カシャという小気味良い音がしてオペラケーキの横にこんもりと丸くアイスが添えられた。ディッシャーという1ヶ月の中で日替わり分のアイスの揃う専門店でよく見かける器具がある。どうやら購入したようだ。
「このご時世におうちカフェやってみたくて。アイスも手作りしてみたの。卵の味が強いかな?」
冷凍庫からバットを取り出して、盛り付けられたアイスは卵と牛乳のシンプルなもので優しくて懐かしい味がした。高級感をたたえた大人の味わいのオペラはどっしりとしながら濃厚さと繊細さを兼ねていて、よく合って美味しかった。パティシェの作ったケーキ屋さんで買ったみたいだ、と思ってマスターの隠れた器用さに驚きを隠せなかった。
「まだまだ曲もうまく作れない私といてKAITOはいいのかな、と思ったんだけど今日くらいはお料理でクリエイター魂を発揮してみました。どう?」
「歌劇の名前のお菓子なんですね!うれしいです」
「それにアイスと誕生日、覚えててくれてたんですね」
製菓材料に囲まれたマスターは得意気になっている。
「当たり前でしょ。ディッシャーにはこれからも活躍してもらうからね。ファミリーサイズもこれでお店みたいに盛れるから、プレゼント」
「コンビニで売ってたチョコバームクーヘン、オレンジジャムとラム酒が入ってて美味しかったからそれも合うかなあ」
「あっ。店内BGMのようにフランスの音楽をかけてみたらもっと雰囲気がでるのかな。ジャズ喫茶やレコードバーみたいな」
「オペラのコンサートホールが行ける距離にあるのなんて、KAITOがいなかったら知らなかったよ」
僕だってオペラは詳しくない。マスターがいうには、上司がチケットを貰って観賞したのが素晴らしかったそうで、憧れのうちに入ったという。勤勉な努力家で尊敬できるのだとか、今までは興味のなかった話が僕が喜びそうだとかで花が咲いたらしい。
マスターが職場の人に恵まれた環境にいるのが自分のことのようにうれしい。
マスターの読んだ音楽の教科書とやらを読んでみたい気もした。ネットだけじゃなくて、図書館や本屋にもオペラの戯曲の事前情報はあるだろうか。敷居が高そうな音楽が目の前のケーキで身近に感じられるのが不思議だ。
「つまらなかった私の世界を広げてくれてありがとう、KAITO。おかげで家に帰って顔をみるのが楽しみなの」
「今まで触れなかった分野の音楽も聴くよになったし」
「そうなんですか?」
「あとアイスを買うのが増えちゃったけど、いつも喜んでくれるから」
「マスターもアイス好きかと思ってました」
「ディッシャーは私が使いたかったんだけど、KAITOに染まってるのかKAITOが私に合わせてるか分からないね」
「KAITOがオペラを演じたらどうなるんだろうね?案外、似合うかも!」
僕はそういってくすくす笑うマスターの期待に応えたくなった。きっとまた恐ろしく勉強しなくちゃいけないだろうけど、手の込んだ用意をしてくれるマスターと僕ならやっていけると信じられた。
「頑張ります!」
「洗い物は僕がしますね」
「お誕生日だからいいのに」
ボウルを洗いながら、軽く鼻歌を歌う。そんな漫画キャラクターを探せば何人か出てくるだろう。今の僕は絵になっているだろうか。幸せな日だな、と小春日和の陽光の射すキッチンでしみじみ思う。
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