この物語は、カップリング要素が含まれます。
ぽルカ、ところによりカイメイです。
苦手な方はご注意ください。
大丈夫な方はどうぞ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハーブティ、淹れ直しましょうか。」
「いえ、丁度飲みやすい温度ですから。ありがとうございます。」
何時ものようにがくぽはカウンターの中、ルカはカウンター席へ戻った。
「二番目の頼みごと、お伝えしてよろしいですか?」
彼女が一口ハーブティを飲んでグラスをカウンターに置いたのを確認し、がくぽは切り出した。
「はい。」
「私は店のことを第一にやってきましたし、それはこれからも変わりません。他の人は、私が音楽をしていたことはごく一部……以前のマスターの頃からの客や音楽家の方しか知りません。音楽では私はブランクが空きすぎました。これからその分を少しずつ取り戻したい……でも他の人に知られるのは恥ずかしいので、貴女に手伝っていただけたらと思うんです。」
「私が……手伝う?」
「ええ、そうです。」
「……どんなふうにですか?」
「例えば、店が休みの時に、貴女に先生になってもらえないかと思うんですが。」
「そんな!」
「先生、というと大層な感じがしてしまうかもしれませんが、始めは簡単なトレーニングからでいいんです。その後は、できれば一緒に音楽をする仲間として。」
「仲間……?」
「そうです。一人でやっていくには、きっと辛くなる時が来ます。私の場合は恐らく以前のブランク前の自分と比べてしまいそうな気がするんです。誰か励ましてくれる人や客観的にアドバイスをしてくれる人が居るだけで、だいぶ違うと思うんです。……駄目でしょうか?」
「いいえ、そんなことは。」
「……良かった。」
がくぽはほっとしたように微笑んだ。
「休み毎、というと流石にお互い大変ですし、そこまで甘える訳にはいかない……自分でも出来ることはしたいですし。それで出来れば二週間に一度お時間を頂けると有り難いのですが……勿論無理なら月に一度でも構いません。ルカさんにもご自身の練習や活動、予定がおありでしょうし。」
「いえ、それほど忙しくもありませんし……二週間に一度なら大丈夫です。」
「では、それでお願いして良いですか?」
「はい。」
「ありがとうございます。本当に助かります。」
ここまでの訊き方は完全に意図的だ。訊き方だけではない。彼女に提案をし始めてから取った方法の何もかもが。
彼女は自分に恩を感じ、信頼をしている様子なのは分かった。理由はあの日彼女の望みを――歌うことをがくぽが強く支持したこと、店のマスターとして場の提供とささやかな支援を続けていることだ。後者については他のライブの出演者たちへしている事と何ら変わらない。前者は彼女の歌を初めて聴けば誰だってそうするだろう。たまたま彼女が気に入った店がここで、そのマスターががくぽだった、それだけでしかない。
だがそれが自分にとって有利に働くなら、利用せずにはいられなかった。
彼女が初めて自分にした提案を真似てみせたのもそれを思い出させるため。同じく音楽活動を志したいと話せば彼女は彼女自身と自分を重ねて共感し、恩を感じている者から頼まれれば恩を返したいと思うだろう。弱みを見せれば何か力になりたいと思うだろうし、初めに提案を大きく見せそれを抵抗感が少ない方へと変えれば相手は呑みやすくなる。……納得ずくでそれをしている自分を嫌悪したくなるが。
彼女に関係なく本気で音楽活動をしたければ、きちんとした先生を探してそこで学べばいいだけの話。音楽活動をしたい気持ちは真実だが、提案の動機は不純なものだ――本気で惚れた女性と二人だけで過ごす時間が欲しい。
彼女が魅力的になる程、彼女を狙って集まる男も増える。敵は増える一方だが、今のところ彼女にとってがくぽは行きつけ且つ活動先の店の少し頼れるマスターで、それ以上でもそれ以下でもない。
鼻持ちならない言い方をすればがくぽは自分の見てくれにはある程度自信があったし、店のマスターになる前にはそれなりに女性と付き合った経験もある。ただしここまで本気で惚れたことは無い。本気になればそれだけ臆病になることをがくぽは初めて思い知った。
このままの関係で居ることは不安だが、今の関係を超えようとして彼女が離れてしまうのはそれ以上に怖い。これが最近の彼女を見て感じていた焦りのもう一つの原因だった。
がくぽは一時悔やんだ。あの時、彼女に店で歌って欲しいと言わなければ良かったのだろうかと。
しかし彼女の歌声は埋もれさせてしまうには余りにも惜しく、あの時伝えた言葉には偽りは全く無かった。時を巻き戻せないなら他の手を考えるしかない。
思い付いた方法は彼女に自分の音楽活動を手伝ってもらう名目で一緒に過ごす時間を作ることだった。そこで彼女が自分をどう見ているか、自分に望みがあるかを確かめたい。そのために、どうか後ろ暗い意図を彼女が気付かないようにと願いながら必死で誠実そうな音楽青年を演じてる。……我ながらいじましいとがくぽは思う。でも一度始めたこと、彼女の想いの在りかが分かるまでは続けるだけだ。
がくぽは時計を見た。もう二時半を回っている。がくぽはそれをルカに告げ、驚いた彼女に詫びた。
「こんな時間までお付き合いいただいてすみません。」
「いいえ、マスターの歌を聴くことが出来て本当に良かったです。」
「ありがとうございます。……お車でお帰りですよね?」
「ええ……お茶、ご馳走様でした。残してしまってごめんなさい。」
彼女は済まなそうにグラスをカウンターの奥の方へ軽く動かし立ち上がった。
いいえと答え、がくぽはカウンターから出て、彼女が店を出る為扉の前に立つのに合わせ、その扉を開けて言った。
「今日は我侭を聞いてくださってありがとうございました。どうぞお気をつけて。」
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