第四章 ガクポの反乱 パート2
用意された、自家製なのだろう、簡素な木製椅子への着席を進められながら、リリィは戸惑った表情を隠すことが出来ずにいた。窓の外から柔らかに降り注ぐ光の筋に照らされて、室内は思った以上に明るい。その中央にある接客用のテーブルに腰かけたガクポの姿をなんとなくぼんやりと眺めながら、リリィは用意していた言葉を一瞬、失った。
「ロックバード卿は、今、何を?」
一瞬の沈黙の間を突くように、ガクポはそのように口を開いた。ロックバード卿からの使いという名目で面会を許されたことを思い出しながら、リリィは緊張を隠すように、務めてゆったりとした口調でこう言った。
「私は直接お会いしてはいませんわ。」
そして、続ける。
「ただ、ルワールの街で準備を整えていらっしゃるはずです。」
「準備?」
ぴくり、と何かに反応するようにガクポはその眉をほんの少し上下させた。ロックバードの名を出したことはリリィにとっては一種の賭けに近い行為ではあったが、どうやら成功したらしい。
「革命の、準備ですわ。」
もったいぶるような口調でリリィはそう告げると、それまでにリリィが手に入れている情報を包み隠さず、ガクポに向けて語りだした。即ち、メイコとアレクが帝国に反旗を翻したこと。ルワールで帝国軍を打ち破ったこと。帝国軍がルーシア遠征に敗北したこと。ルワールで対帝国の準備が進められていること。そして。
リンが生きていること。
「リン・・様が?」
そこまで語った時、ガクポは驚愕した様子でその瞳を見開いた。そして、リリィに問う。
「それは、確かなのか?」
「ええ。間違いのない事実ですわ。」
「しかし、リン様は、あの時・・。」
処刑されたはず。そう言いかけたガクポに対してリリィは僅かに微笑みながら、こう答えた。
「どのようにリン様が災難を乗り越えられたのか、それは私には預かり知らぬことですわ。ただ、事実としてリン様は生きていらっしゃる。今私がお伝えできる真実は、その一点だけですわ。」
「そうか。」
そうであったか、と脱力したようにガクポは椅子の背もたれにもたれかかり、ふわふわと浮かぶような視線を空に彷徨わせた。だが、直後に何かに気付いたように口を開く。
「レン殿は?」
「レン・・殿・・ですか?」
その質問に、リリィは逆に戸惑いの色を見せた。レンという名は、リリィの脳裏には記憶されていない。予想外のその問いに息を飲むリリィの姿をガクポもまた寂寥の想いを込めながら見つめる。その視線に耐え切れなくなったリリィは、それまでとは様子を違え、消え入りそうな小声でこう答えた。
「・・申し訳ありません、レン殿という人物を、私は存じておりませんわ。」
「そう、でしたか。」
それほどの感銘を受けなかったように、ガクポは小さくそう答えた。そのまま、何事かを思考するように視線を落とす。
「それで、革命とは?」
暫くの沈黙の後に、ガクポは静かな声でリリィに向かってそう訊ねた。
「帝国の支配から、ミルドガルドを解放いたします。」
ぴくり、とガクポの眉が反応した。そのまま、リリィは言葉を続ける。
「ルーシア遠征に敗れて以来、帝国の権威は地に堕ちました。帝国はその損害を、民に押し付けようとしています。資金難を解決するために、帝国は増税を決定いたしましたわ。」
ふむ、とガクポは小さく頷いた。そして、端正に整った唇を開く。
「皇帝への仇討ちは本意とするところ、ではありますが。」
「では。」
リリィはそう応じながら、僅かに上体を前方へと傾けた。だが、それの期待を静止するようにガクポは答える。
「ご覧になったように、今の私は一介の傭兵ではなくなっております。」
そのまま、続ける。
「突然にこの場を離れれば、当然ながら混乱を生じさせることになる。」
ここまでの道を案内したダオスのような部下が他にも存在していることを、その言葉は示唆していた。
「ダオス殿はガクポ殿を指してお頭、とおっしゃっておりましたね。」
リリィのその言葉にガクポは一つ頷くと、こう答える。
「今の私には合計二千名の部下がおります。」
「二千名・・。」
その数の大きさに、リリィは驚愕した様子で口を開いた。二千名ともなれば、二個大隊に匹敵する規模の軍団になる。そうして絶句したリリィに向かって補足するように、ガクポは更に言葉を続けた。
「黄の国の滅亡後、私は一人傭兵業へと戻りました。その中で転戦を続けているうちに、徐々に規模が大きくなっていきました。ミルドガルド帝国の成立によって戦争が実質消滅し、行き場を失う傭兵が多数存在していたゆえに。ですが、治安状況は必ずしも良いとは言えない。そこで、傭兵業ではなく、用心棒として仕事を得ることを思いついたのです。」
「要人警備を?」
「他にも、隊商の警護や、街の自警団への協力も行っております。総合警備業、とでも言うべきでしょうか。」
ガクポは軽い調子でそう答えた。蛇足ながら付け加えるならば、ガクポが設立した警備会社はその後近代を迎えて会社法人となり、現代のミルドガルド共和国では最大規模を誇る警備会社としてその名を知らしめている。ともかく、その言葉に、リリィは満足を示すように頷いた。
「では、反乱の際には二千の部隊を動かせる、と・・?」
「理論的には。ですが、条件もあります。」
「条件、と言いますと?」
「大切な部下を無為に失うわけには行きません。もし決起をするというのなら、リン様やロックバード卿との綿密な打ち合わせが必要でしょう。少なくとも、私は軍略には疎い。」
「お言葉、ごもっともですわ。」
リリィは即座にそう答えると、一息を置いて更に言葉を続ける。
「私はこの後ルワールへと向かい、リン様とロックバード卿と面談を行う予定です。ガクポ殿の意思をお伝えすれば、必ずや良い返答が成されることでしょう。」
「期待しています。」
ガクポはそこで柔らかな笑顔を見せた。剣士らしくない、落ち着いた笑顔だった。
リリィを玄関口まで見送り、再び一人の時間を手に入れると、ガクポは物思いにふけるようにその唇に軽い力を込めた。そのままガクポが愛用している私室へと戻り、普段腰かけている愛用の椅子へと腰を落とす。
レン殿に、一体何が起こったのか。
一陣の風が窓を小さく叩いた。リン様が生きていると知れば、すぐにでも駆けつけるだろう、リン様随一の部下であり、有数の剣士であるレン。
或いは。ガクポはそう考えて、気だるい様な溜息を漏らした。
彼が生きているのなら、いずれ手合わせすることもあるだろう。
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あんなこと そんなこと煩悩妄執もハツラツと
聞きた...インビジブル_歌詞
kemu
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ご意見・ご感想
日枝学
ご意見・ご感想
話うめえええええ
この回からいきなり読ませてもらいましたけど、面白いですね
時間あるとき始めから読ましてもらいますよー!
2011/06/26 23:27:52
レイジ
コメント&お褒めのお言葉ありがとうございます!
少し長いですが、他の話も読んでいただければ幸いです♪
宜しくお願いします☆
2011/06/26 23:38:30