俺、カイトの朝は、彼女の歌声から始まる
「おはよう! 今日もいい天気、お洗濯日和ね!」
周りには誰もいない、彼女の声かける先には小鳥やそよ風に揺れる木々
鼻歌より始まったそれに俺は木の枝に身を横たえる
ボロボロのスカート、元の色さえ分からないほど褪せ
白いはずのエプロンは黒く汚れている
彼女の名前はルカ、しかし周りの人は彼女を『シンデレラ』と嗤う
幸か不幸か、美しく生まれてしまった容姿は先に生まれた姉たちより美しく
嫉妬の矛先として虐げられるのはいつものことだ
頭脳ばかり秀でている姉たちは母親のお気に入りで、容姿ばかりのルカは
悲しくも母親の目には映らなかった
その証拠、細く白い腕には痛々しい痣が転々と散 りばめられている
「この服、とても素敵……」
そうぽつりとつぶやいたことも、その横顔が少し切なげだったのも俺は見ていた
しかしぱっと花が咲くような笑顔になるとそれを自らの服に合わせ
濡れることさえ気にせず、ふらりふらりと踊りはじめた
来るはずもない、夢の舞台に胸を膨らませて
「ルカ、いつまで洗濯をしている気!?」
あっという間に壊された夢の舞台、ルカが振り向く先には母親を筆頭に姉二人
驚いたルカは洗ったばかりの服を手放してしまった
行く先は地面
乾いた音がした、思わず目を背けてしまいそうになる
白い肌は赤く染まる、垂れ下がる髪がルカの表情を隠す
「あー! あたしの洋服!」
「なにしてるのよ!」
「……ごめん なさい、すぐ洗いなおしますね」
「まったく、本当にダメな子」
きつく睨まれても彼女の穏やかな表情は変わらない
にこりと笑うとその服を持ち、再び洗い場である川辺に戻っていく
彼女のいなくなった、その場では嫉妬に狂った醜い女の言い争いが始まっていた
俺が彼女を知ったのも、その川辺だった
特に何をしているわけでもなくぶらぶらと旅をしていた俺が
この川辺で昼寝をしていた、もちろん木の太く伸びた枝に身を横たえた
そんなとき、楽しそうな歌声が聞こえた
突然の睡眠妨害にその犯人を見てやろうとしたそんな時に彼女を見つけた
もし、あの色あせた服が鮮やかな服だったら、白い肌に傷なんてなかったら
無造作に伸びた髪を彩りよい髪飾りを刺したのなら 、彼女はどれほど美しいだろうか
彼女をよく見たいがあまり体を前のめりにしたが最後、体は重力に引かれ地面とご対面した
『きゃっ!』
『いったぁ……』
幸い、彼女が持ってきたであろう洗濯物のおかげで地面とキスすることはなかった
彼女はそっと俺を覗き込んで着るのが変わり、飛び起きた
『大丈夫?』
『え、あ、あぁ、うん』
『よかった! 突然現れたからびっくりしたわ』
『ま、まぁ、そこの木で……』
『まるで魔法使いね! ぱーって現れたんだもの!』
夢を見ているように語る彼女に、俺は綺麗だけれど少し変わった女、としか思わなかった
けれどそれから彼女を見ていくごとにいつの間にか切なさに代わる
「そうか、そうか、う ん、俺は……魔法使いになればいいんだ」
安易な考え、川辺で虐げている姉の服を汚れ一つ残さないように
洗うルカの背中、聞こえてくるのは夢を語った歌
その夢、叶えてあげられるのなら
街は俺の心とは裏腹に、明るくにぎやかに彩っている
理由はごく簡単、明日国内での盛大な舞踏会が開かれるからだ
その舞踏会では国に王子も参加し、貧富関係なしに参加が可能であった
舞踏会の目的は、国民との触れ合いであった
しかし、その裏では王子の隣の座、妃の席を奪おうと女の醜い争いが渦巻いていた
(醜い、よどんだ心で人の心がつかめると思っているのか)
すれ違う女たちは自らの美を披露し、仲間内ではほめあうが
内心では、罵倒しているように見えた
さて、俺の目 的はただ一つ、魔法使いになるための準備が必要だった
彼女を美しくするためのドレスが必要だった、ほかにも
馬車、馬、靴、集めるものはたくさんあったが全てを集める金はない、と思った
十分に持っているとすれば、旅で身に着けた知識だ
「はぁ……」
目の前の恰幅のいい店主は不審な顔で俺を見る
「なぁ? 頼むよ、これと店先の靴と交換してくれ」
入ったのは宝石屋、店先で見つけた綺麗な靴に惚れた
不審な顔で俺の手に持つ、大きめの宝石
もちろんここの店にあるやつよりも小さいものばかりだったが
宝石の採掘所のもぐりこみ、いくつか拝借してきたものばかりだ
もちろんその採掘所には、お礼として甘い果実をいくつかおいてきたから問題ない……はず
「んー」
「頼むって! あの靴が必要なんだ」
「明日の舞踏会であれを買う客は来ると思ってんだ、オレはよ
もちろん、金もちの目にとまりゃ、これより儲かるって話だ」
ゴトゴトとテーブルの上で俺の戦利品は音を立てる
はぁ、っとため息をつく俺の腕を店主がぐっとつかむ
「たーだーし、そのまだまだありそうな袋ごとならかまわねーがな」
目を付けたのは、他の宝石もコインも入った袋、いわゆる俺の全財産
ぐっと、店主のにやけた顔をにらみつけ、革袋に目を向ける
薄汚れた他の宝石、しかしそこに浮かぶ彼女がこれをはいて踊る姿が目に浮かび
ふっと深呼吸をすると、それをつかみテーブルに叩き付ける
「いいぜ、くれてやるよ」
あの子の笑顔が 見れるなら、安いかな?
早速、手持ちを失くした俺だった
しかしここでくじけては意味がない、集めるものはまだある
差し込む夕日、きらめく綺麗な靴、にやける顔が止まらない
残り少なくなった時間、集めるものはまだまだ
ここでくじけてられない
「がんばるぞ! 俺!」
馬車は、腹を空かせた一家に盗んだ大量のかぼちゃと引き換えにもらった
馬は、いつの日だったがマジシャンに教えてもらい鳩に変身できる
ねずみ、マジックを見せネズミと交換した、いつ気づくか不安だが
髪飾りは捨てられていたアクセサリーをかき集め新たに作り上げた
「ド、ドレスが……」
財産ゼロ、持ち物なし、作るにも材料もなし買えない、集められない
最後の最後で躓いた、 がっくしとうなだれる
すでに街は明日に備え静まり返っている
どこも閉まっている、俺の使えるだけの能力を持ってもさすがに
これはどうにもならない
「魔法使いってのは大変だ」
後ろで馬が鼻で笑った気がした
振り返り、キッと睨めつけた俺の目は奪われた
「あれだあああっ!!」
ばっと口を押え、あたりを見渡す
よし、気づかれてはいない、しかしあれをどうやって手に入れるか
唸りをあげる俺は夜が明けるのも忘れ、考え抜いた
そして……
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