「もういいこいつは埋める!」
「あ、手伝うわ」
「レン、落ち着けっ! 蜜音も煽るんじゃない!」
クオが俺の制服をつかんだ。なんで止めるんだよ。こいつは埋めた方が世の中のためだぞ。
「あのなあコウ、好きでもない男に抱きつかれて喜ぶ女の子なんかいないんだよ。グミがああ言うのは、グミが俺のことを好きだからだ。お前どうしてそこら辺が理解できないんだ?」
グミヤは深いため息をついて、処置なしと言いたげにコウを見た。だから埋めようぜ。
「コウ……反省の色が無いようなら、今から先生がたのところにお前を連れて行って、全部話すぞ。女子生徒に抱きついたなんて知れたら、お前、下手したら停学かもな」
コウは青ざめた。ようやく状況が多少は理解できたらしい。これで理解できたというのが謎なんだが。
「ああああの、僕はどうすれば……」
グミヤはぐるっとその場にいる全員を見回した後、こう言った。
「レンと蜜音は埋めちまえって言うが、それはさすがに犯罪だから却下。……そうだな、部室の掃除を一ヶ月で勘弁してやるよ」
「僕一人でですかあ!?」
「その程度で済んだんだぞ。感謝しろ、バカ!」
クオがコウの後頭部をはたいた。コウがまた涙目でクオを見る。
「それと巡音さんであれ、他の女子であれ、今度また同じことをやったら、その場で退部だからな」
グミヤが付け加える。もう退部でいいと思うけどな。俺はコウの襟首を引っつかんだ。
「コウ、お前は二度と巡音さんに近づくな」
「えっ……? ただ話をするだけでも?」
「いいから近づくなって言ってんだよ!」
こいつを近づけるのは、巡音さんの精神衛生上よろしくない。しっかり釘を刺しておかないと。
「鏡音先輩がどうしてそんなことを言うんです?」
コウはむっとした表情になった。どこまでこいつはバカなんだ。
「お前、巡音さんにトラウマ級のショックを与えたってこと、理解してないの?」
「鏡音先輩、巡音先輩とつきあってるわけでもなんでもないじゃないですか。なのになんでそんなこと言われなくちゃならないんです」
あ、そう。そういうこと言うわけね、お前は。……ふざけるな。
「じゃあ訊くけど、お前、巡音さんのどこを気に入ったわけ?」
「え……綺麗な人ですよね」
「……それだけ?」
冷たい口調で訊くと、コウは気色ばんだ。
「それだけって……あ、後、なんというか、大人しそうで上品な感じがしますよね」
大人しそうだから迫っても張り倒されないと思ったのか、こいつは。どれだけ俺を怒らせたら気が済むんだ?
「あんな人とつきあえたらいいなあと思って……」
「お前は結局、巡音さんのこと何も知らないし、わかってないじゃないか。そんな浮ついた気持ちで告白したのか?」
あんな子は他にいないんだよ。お前が思ってるより、巡音さんはずっと真面目で繊細なんだ。それを理解できそうにない奴を近づけられるか。
「浮ついてなんかいませんよっ!」
「ちょっと可愛い子を見れば『わあ、あの子可愛い、好きになっちゃった』って、ふらふらふらふらしてるお前に言われても説得力ないよ。お前がそんなふうにひたすらふらついてんのは、中身ってものがないぺらっぺらな人間だからなんだろ」
「僕にだって中身ぐらい……」
「俺が見たところ、お前には中身もなければ主体性もない。でなきゃ一週間単位で違う女の子にときめけるもんか。蜜音に張り倒された一週間後に、涼音先輩に迫ったのどこのどいつだよ。お前の気持ちなんて、吹けば消えるロウソクみたいに儚いんだ」
「そんなことないですよっ! 僕は真剣ですっ!」
「じゃあどうして向こうを思いやってやれないんだよ!? 巡音さんの気持ち、一度だって考えてみたのか!? そんな軽い気持ちでろくに知らない奴から告白されて、あげくにつきあってくれって言われて、巡音さんが承諾するわけないってことになんで気づかないんだよ!? それだけならまだしも、巡音さんが断ったら抱きつきやがって。全然知らない奴からいきなりそんなことされて、向こうがどれだけ怖い思いをしたと思ってるんだ!? ずっと真っ青な顔で震えていたじゃないか。賭けてもいい、向こうは二度とお前の顔なんて見たくないって思ってるよ。その辺りわかってんのか!?」
俺が一気にまくしたてると、コウは気押された表情で黙り込んでしまった。
「あ、あの……すいませんでした。僕もう行きます」
それだけをぼそぼそと言うと、コウは去っていった。さすがに少々言い過ぎただろうか。……いや、あれくらいはやっとくべきだ。これでもう巡音さんにちょっかいは出さないだろうし。
張本人が去っていったので、その場にいた皆もてんでんばらばらに去っていった。あ、そういや靴を履き替えてなかったぞ。俺は自分の下駄箱に向かった。
「なあ」
俺が下駄箱から上履きを取り出していると、クオが声をかけてきた。お前の下駄箱はもう少し向こうじゃなかったっけ。
「なんだよ」
「お前、さっきはなんであんなにムキになってたわけ?」
「何が訊きたいんだ?」
「コウに近づくなってすごんでただろ。なんであんなことしたんだ?」
なんでって……巡音さんに近づいてほしくなかったからに決まっている。
「あいつがまたちょっかい出したら、巡音さんがショックで倒れるかもしれないだろ」
綺麗だけど繊細で壊れやすい、ガラス細工みたいな心の持ち主だ。コウが謝罪にでも行って、巡音さんが「気にしなくていいから」なんて言って、感極まったあいつがまた抱きついたりしたら……それこそ本当に寝込みかねない。
「だからさ……どうしてお前がそんなことまで気にするんだよ。コウも言ってたけど、お前、あの子の彼氏でもなんでもないじゃん。俺からすると、お前の方がよくわかんねえよ」
はあ? クオの奴、急に何を言い出すんだ。
「……お前、これが初音さんだったらどうする? コウの奴が初音さんに抱きついたら?」
「その場で張り倒して、簀巻きにしてから川に放り込む」
クオの返事は素早かった。結局お前も同じようなもんじゃないか。
「そういうことだよ」
「答えになってねえよ! 俺とミクは従姉弟だし、俺は今ミクの家に厄介になってるから、ミクになんかあったら守ってやるのは俺の義務だ。でも、お前とあの子は違うだろ」
そりゃ、血の繋がった親族じゃないが……だからって庇っていけないって理由はない。
「うるさいな、別にいいだろ。それに、もとはと言えばお前があのバカに余計なこと言うから、こんなことになったんじゃないか」
わざわざバカをけしかけやがって。調子に乗せたバカってのはとにかく厄介なんだ。
「抱きつくなんて思ってなかったんだよっ!」
そう答えるクオ。ふーん……抱きつくとは思ってなかったねえ。それはまあ、そうだろう。でもなクオ、お前があのバカけしかけたのは別の理由があるだろ。
「でもお前、巡音さんが困ったらいいって思ってただろ? お前、巡音さんのこと嫌いだもんな」
俺がそう言うと、クオは呆然とした表情になった。……やっぱりそうかよ。
「なっ……?」
「それは別にいいよ。お前の好悪にまであれこれ言う程、俺も暇じゃないし。でも、だからってバカをけしかけるような真似はやめろ。さっきも言ったけど、巡音さんは心底怯えてたぞ。大体あいつがバカで昇降口でこんな真似したからこの程度で済んだけど、あいつが巡音さんを、人気のないところに呼び出してたらどうなってたと思う? 巡音さんの心には、一生消えない傷が残ったかもしれないんだぞ。それをちょっとでも考えてみたのか?」
……改めて考えてみると、つくづくあいつがバカで助かった。
「幾らなんでもそこまでは……」
「女の子をじかに抱きしめるのがどういうことなのか、お前全然わかってないだろ。想像するのよりずっと刺激的なんだぞ」
ミラーハウスの中で巡音さんを抱きしめた時、俺は巡音さんを離したくないと思った。……あれから時々、巡音さんをまた抱きしめたい気持ちに駆られる時がある。
「とにかく、もう二度とああいうことはやるな」
それだけ言うと、俺はクオに背を向けて、自分の教室へと向かった。
自分の教室に入った俺は、巡音さんの席の方を見た。あれ……蜜音がいるぞ。巡音さんと初音さんと何か話している。蜜音はB組だから、多分様子を見に寄ったんだろう。
とにかくさっきのこと、話しとくか。俺は三人に近寄ると、声をかけた。
「巡音さん、もう平気?」
巡音さんがびっくりした表情でこっちを見る。俺をみとめると、恥ずかしそうに下を向いてしまった。昇降口にいた時と比べると、大分落ち着いたみたいだな。頬に血の気が戻ってる。
「え、ええ……さっきは本当にありがとう」
「あのバカには、二度とちょっかい出すなってきつく言っておいたから。だからもう近づいて来たりはしないと思う」
俺がそう言うと、巡音さんは安心した表情で大きく息を吐いた。初音さんが巡音さんに向かって「良かったね、リンちゃん」と言っている。
「きつくってレベルじゃなかったけどね」
なんだよ蜜音……何が言いたいんだ。
「あれぐらい言ったってバチは当たらないだろ」
「それは私も思うけどね。これであのバカも懲りて、ちょっとは成長してくれるといいんだけど。どうかしらね。バカは死ななきゃ治らないって、昔から言うし」
相変わらずきっついなあ……。蜜音って結構見た目と中身のギャップが凄いんだよな。後、あいつの場合は死んでも治らないような気がする。
「あいつの場合は死んでもじゃないか?」
「……そうかもね。ああ、私はもう自分の教室に戻るわ。それじゃあね、巡音さん、初音さん」
蜜音はそう言うと、教室を出て行った。
「じゃあ、俺も自分の席に戻ってるから」
そう言って自分の席に向かおうとすると、珍しく巡音さんが俺を引きとめた。
「あ……待って!」
「何?」
巡音さんは俯き気味に、視線をさ迷わせている。……せかさない方が良さそうだな。
「あの……その……あ、あの……放課後に戯曲の話の続き、できる? その、無理にとは言わないけど……」
戯曲の話ね。一応今日も部活なんだが……。いいや、引き受けよう。今度は押しかけてこないように、グミヤにしっかり念を押しておかないと。
「あ……戯曲ね。今日は……」
言いかけた時、携帯が鳴り出した。……誰だよこんな時に。
「ちょっと失礼」
俺は携帯を取り出して確認した。グミヤからだ。見ると「コウがあの状態なので、冷却期間を置くことにする。よって今日と明日の部活はお休み」と書かれている。そういうことにしたのか。「了解」と書いたメールを送信する。衣装の話は……次の部活の時でいいか。グミヤだけに話しても仕方ないしな。
「メール、誰から?」
巡音さんが訊いてきた。
「グミヤから。今日と明日は部活を休みにするって。……そういうわけで暇ができたから、戯曲の話をしようか」
休みになったってはっきり言っといた方が、巡音さんも安心するだろう。
「あの……休みになったって、さっきのことのせい?」
「そうだけど、悪いのはコウだから巡音さんが気にすることないよ」
俺はきっぱりとそう言い切った。あのバカのことで巡音さんが悩むことなんかない。
「あ……うん。そ、そうするね。じゃあ、放課後に」
巡音さんがそう言ったので、俺は今度こそ自分の席に戻った。自分の席に着いて後、巡音さんの方を見ると、初音さんと何か話をしている。初音さんはえらく嬉しそうだが……何かいいことでもあったんだろうか。
あまりそっちばかり見るのもあれなので、俺は真っ直ぐ前を向いた。……けど、気になるんだよな。色々と……。
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ご意見・ご感想
鳥類
ご意見・ご感想
最近ロミオとシンデレラの作品を知り、拝見していました。
今回のレンの'あんな子は他にいないんだよ。'に大変に心動かされ、このようにメッセージを送らせていただきました。
二人の心情が直接的な方法でなくそこはかとなく表現されていてすごいなと思いました。(単に自分の気持ちに気付いていないだけかもしれませんが笑)
良い作品を本当にありがとうございます。永く読み続けていきたいと思います。
2015/08/04 21:08:51