防寒具をきっちりと着込んで尚も、思わず身震いするほどに凍てつく夜明けの荒野では、まるで時の流れが止まっているような錯覚を覚えるほどの静寂に包まれている。
 昼間はだだっ広い砂漠のほぼ真ん中にある物資保管用の建造物へと引っ切り無しに輸送艇が着離陸を繰り返しているものの、物資が搬入されない夜間では地表を滑るように吹く辻風を除いて大きな音を生む要因はない。
 だが、今夜は違った。施設のすぐ近辺で激しい爆発が起こったのを皮切りに、壮絶な撃ち合いが始まった。
 警備のために配置されていた自律防衛ロボットがレーダー上で捕捉した敵目掛けてぞくぞくと集まってくる。まるで人の上半身だけを切り取って宙に浮かせたような形状のそれは、両腕にSB(ソリッドブレイカー)社製のサブマシンガンを携行しており、潜む影に向かって容赦なく発砲を続けている。
 ところが、影は巧妙に高密な弾幕をやり過ごしながら、着実に堅実に反撃を繰り出してきていた。
 中世の甲冑を彷彿するような人型の機体が風によって隆起した砂上を滑るように移動しながら、大ぶりの実弾式対物≪アンチマテリアル≫ライフルを取回す。そして、一際大きな銃声が響いた数だけ自律兵器が鉄くずへと変貌してゆく。一機……また一機と勢力がどんどん縮小していく。にも関わらず、フルバーストによる猛烈なばらまき中で、流れ弾一つすらもらうこともなく、華麗なまでにひらひらと舞っている。
 圧倒的な力がだけがそこにあった。
 なすすべもなく自分たちを守るべき兵器が蹴散らされていく様を、高感度の光学カメラを介して目の当たりにした防衛部隊の司令を担う初老の男は、この一方的な展開によって既に精彩を欠いていた。
「おのれ、アームズは何をやっている!」
 皺の目立つ顔を紅潮させて怒鳴り散らす。
「現在約半数から反応が途絶しています。それから……」
「これ以上なんだと言うのだ!!」
「て、敵はジェネラル一機ですが、あの『イーグル』と思われます」
 熟したリンゴのように赤かった顔が一変、今にも息絶えそうなくらい蒼白になっている。
 そして、かすれた声で新たな指示を出す。
「あ、あれだ。ハルバードをぶち込んでやれ」
「あれは対巨大兵器砲ですよ!? 少しでも照準を誤ったら、本施設への直撃は免れません!」
 無茶苦茶な要求に比較的冷静だった部下の一人までが声を荒げ始めている。
 無理もない。空戦艦や大型兵器に対抗することを目的として作られたレールキャノンを、あろうことか、豆粒ほどの対象に向けて発射しようとしているのだから、トリガーを引く身である彼はたまったものではない。中型の戦艦を一撃で沈めるだけの火力に対して、強度ではるかに劣る施設が耐えられるはずがない。さらに、小さなものを狙うための兵器ではないが故に、自動照準はかなり大雑把と言える。つまるところ、確率論で語れば、敵機一体より大きな面積を誇るこちらに大損害が出る可能性のほうがずば抜けて高いのである。
 ところが、管制室の中央で青くなっていた男はふらふらとした足取りでコントロールシートへと迫っていった。そして、あろうことか自分の部下を椅子から引きずりおろすと、砲台へ新たなる標的の情報を送信を始めている。
「やめてください、司令。この基地ごと吹き飛ばす気ですか!」
 床にしりもちを付いたまま三十歳ほどの男が上官に対して声を荒げる。
 依然として手を止めない上司は、汗を滴らせながらこう言い放った。
「奴が……奴が来たなら、どうせ、皆やられるんだ。なら、いっそ道連れにしてやる」
 今にも枯れそうな声が喉から絞り出されるのと同時に『送信』の指示を光学キーボードから出し終わるや否や、自動照準型長距離砲台『ハルバード』からの情報が次々に送られてくる。そして、砲台の照準と単機で暴れまわる敵の機体が重なった。
 目標を破壊のためだけに作られたそれを、もう誰も止めることはできない。
 自動砲台にロックされた『鷲』は中量機とは思えない軽快な機動をまるで見せつけているようだ。
 自分が積み上げてきたものがすべて瓦解してゆく絶望のさなか……、国の重要施設を防衛する部隊の司令官まで上り詰めたほどの男はその姿を「美しい」と感じた。今まで見たどんなものよりも幻想的な光景であった。そして、それが人生でもっとも美しいものと確定したのは、ほどなくしてのことである。

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Machine Heart<序・1>

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投稿日:2011/11/26 14:42:15

文字数:1,812文字

カテゴリ:小説

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