注意書き
 これは、拙作『ロミオとシンデレラ』の外伝です。
 クオ視点で、本編七十八話【クオの想い】アナザー七十話【ミクの願い】より、数ヵ月後のクオとミクを書いたものです。
 よって、本編とアナザーをそこまで読んでから、読むことを推奨します。


 【君に捧げるガラスの靴】


 レンと巡音さんがアメリカに行ってしまって、数ヶ月が経過した。俺とミクは相変わらず、大学に通い、サークル活動をし、他にも色々と興味のあることをやっていた。
 ミクはしばらくは淋しそうにしていたものの、二、三ヵ月でふっきれたのか、以前のミクに戻った。巡音さんとはメールでやりとりしているとかで、「そのうちに遊びに行く! そしてリンちゃんにニューヨーク案内してもらう!」とか、盛り上がっている。……やれやれ。
 とはいえ、賑やかにしてくれている方が、俺としても安心だ。ミクがしょんぼりしていると、俺の方もペースが狂ってくるしな。


 そんなこんなで過ぎていったある日。暇だった俺はミクを誘って何かしようかと思い、ミクの部屋を訪ねた。
「ミク、今、暇か?」
「忙しい」
 それが、ミクの返事だった。見ると、ミクは部屋のテーブルの上に、盛大に光り物を並べている。
「何やってんだ?」
「アクセサリーの整理。たまに整理しないと、どこに何しまったか忘れちゃうのよ」
 ふーん。というか、ミクはこんなにこの手のものを持っていたのか。俺はテーブルに近寄ると、その上でずらっと並んでいる光り物を眺めた。これだけあると盛大な感じがする。
「それ、高いのか?」
「ほとんどはわたしのお小遣いで買ったものだから、そうでもないわよ」
 いやでも、お前のもらってる小遣い、普通の家とは桁が違うぞ。グミにでも一度、その辺を訊いてみろよ。
「これなんかはかなりするわ。お父さんが、わたしの二十歳のお誕生日に買ってくれたのよ」
 そう言って、ミクはネックレスを手にとって見せてくれた。淡い黄緑の石がいくつも散りばめられている。伯父さんからのプレゼントね。そりゃ高いだろうなあ。値段を訊くのは、怖いのでやめることにする。
 こんな作業中ってことは、ミクには俺の相手をしてくれる暇はなさそうだ。出直すことにしよう。そう思って、向きを変える、その時。
 俺のシャツの裾が、テーブルをかすめた。同時に、何か小さいものが落ちる。問題は、それに気づかず、俺が足を踏み出してしまったことで……。
 足の下で、何かが砕ける音がした。スリッパを履いているとはいえ――室内じゃスリッパ履けと、伯母さんがうるさいんだ――踏んでしまったことはわかる。って、俺、何を踏んだんだ?
 俺は、こわごわと足を上げてみた。金色のチェーンと、砕けた透明なかけらが見える。ペンダントのようだが、壊れているので元の形はわからない。まずい。ミクのアクセサリーを壊しちまった。
「クオ、今の……」
 ミクが椅子から立ち上がると、カーペットに膝をついた。そして、落ちているかけらとチェーンを拾い上げる。
「そ、そんな……」
 ミクの顔は真っ青だった。そのまま、黙って手の中のチェーンとかけらを眺めている。うげ……どうしよう。
「あ……えーと、ミク……」
「クオのバカあっ!」
 ミクは壊れたペンダントをテーブルの上に置くと、いきなり俺を力任せにひっぱたいた。
「痛えっ! 何しやがるこら!」
「うるさいうるさいうるさいっ!」
 もう一度平手打ちが飛んできた。すんでのところでそれをかわす。
「クオのバカ! 最低っ! ひとでなしっ!」
 ちょっと待て。幾らなんでもそこまで言われる憶えはないぞ。お前のアクセサリーを壊したのは悪かったが。
「こらミク、落ち着けっ!」
 ミクは手を振り回すのはやめてくれたが、こっちをすごい目で睨んでいる。
「大事な……大事なものだったのに……」
「いや、それは悪かったと……」
「じゃあ返してよっ!」
 ミクはテーブルの上から壊れたペンダントを取り上げると、俺の手に押し付けた。
「これ、元に戻してっ!」
「できるかそんなのっ!」
 どうやったら壊れたペンダントが元に戻るんだよ。ミク、お前、頭沸いてないか?
「クオなんか大っ嫌いっ! もう顔も見たくないわっ! 今すぐ出て行って!」
 ……俺はミクの部屋を追い出されてしまった。地味に傷ついたぞ、今の言葉。俺、そこまで言われるようなことをやったか?
 落ち込んだまま、俺は自分の部屋に戻った。あ、ミクに渡されたペンダント、そのまま持ってきてしまった。手の中のそれを、もう一度じっくり眺める。金色のチェーンと、透明なガラスのかけら。ガラスでできてるから、簡単に壊れたんだろう。細かく砕けすぎて、もとの形がどんなだったのかはよくわからない。
 あれ? 良く見るとこのペンダント、そんな高そうなものじゃないぞ。このチェーンだって軽いし、引っ張ったら簡単に切れそうな感じだ。申し訳ないが、子供の玩具にしか見えない。もう二十一にもなるミクが、後生大事にするようなものには見えないんだが……。
 俺は手ごろな空き箱を探し出して、その中にチェーンとかけらを入れた。今じゃどう見てもゴミだが、勝手に捨てるわけにもいかない。
 まあいい。今は直後だからミクもかっかしてるだろうが、しばらくすれば頭も冷えて落ち着くだろう。そうしたら謝ろう。ミクのアクセサリーを壊してしまったのは、俺が悪いんだから。
 それで多分、けりがつくはずだ。


 ……俺の予想は外れた。
 一体何がまずかったのかわからないが、ミクはずっと不機嫌なまま。俺と顔を合わせても、むすっとした表情で、一言も喋ろうとしない。ミクと生活するようになってもう五年以上経つが、こんなのは初めてだ。
 ミクがそんな調子だからか、家の中の空気までぎすぎすしてきやがった。伯父さん伯母さんも、対処に困って俺たちを見比べてるし。
「なあミク、もう何度も謝ってるだろ。お前のアクセサリーを壊してしまったのは、俺が悪かったって」
 冷戦に疲れ果てた俺は、ある日、ミクを捕まえてそう言った。
「……それだけ?」
 冷たい口調で、そう訊くミク。いや、「それだけ?」って……お前、俺に他に何を言えと? 弁償しろってことか? あんな玩具みたいなペンダントをわざわざ……。というか、どこで売ってんだよ。
「えーと……それはつまり、新しいのを買えってことか? お前、あんな安物がもう一度ほしいの?」
「全っ然わかってない!」
 ミクはキレた。おい、今の、キレるような返答か!? 違うだろ!?
「だったら、何をしてほしいのか言ってくれよ!」
「だから言ってるでしょ! あのペンダント元に戻してって!」
「いくらなんでもそれはできねえに決まってるだろ!」
 ミクはぷんすか怒ったまま、部屋にこもってしまった。一体俺の返事のどこが気に入らないんだ、あいつは。
「クオ君、ちょっといい?」
 廊下に突っ立ったままミクの部屋のドアを眺めてみると、伯母さんが声をかけてきた。
「あ、うん」
「ミクのことだけど……クオ君、ミクはね、クオ君に何かに気づいて欲しいんだと思うの」
 俺に気づいて欲しい? 何をだ?
「何を?」
「それは伯母さんにもわからないわ。ただ、それはミクにとって、とても大切なことだと思うのよ」
 大切なことと言われても……俺には心当たりが全くないぞ。
「だったらそんな回りくどいことしないで、直接俺に『こうしてほしい』って、言えばいいのに」
 どうしてもぼやき口調になってしまう。だってさ……わかりづらいんだよ、ミクの考えていることってのは。
 ぼやく俺を見て、伯母さんは笑い出した。
「伯母さん?」
「あ、ごめんごめん、笑ったりして。でもね、女って、そういうものなのよ。回りくどくても、察してほしいの。伯母さんも若い頃は、伯父さんと色々あったから。クオ君のお父さんとお母さんも、同じだと思うわ」
 色々あったと言われても……。
「とにかく、ミクの言葉をもう一度考えてみて」


 伯母さんによくわからないアドバイスをされた後、俺は自分の部屋に戻った。ベッドに寝転んで、ミクのことを考える。ミクはあーだこーだとうるさいし気分もころころ変わるが、普段は大体いつも上機嫌で、何か楽しいことがあれば、不快なことは忘れてしまう。こんな風になったのは初めてのこと。だから俺は、対処がわからなくて頭を抱えている。
 事の発端が、俺がミクのペンダントを壊してしまったことだっていうのは、間違いないんだが……。ミクは高そうなアクセサリーをたくさん持っている。あんな安物のペンダント一つで、なんであそこまで不機嫌になるんだ?
 誰か、もっと別の奴に相談してみようか。けど、今交流のある奴で、ミクのことを知っている奴ってのは、そういない。別々の大学に進学しちまったもんな。俺の知り合いで、ミクのことを知っていて、今も交流のある奴は……。
 俺は携帯を取ってくると、登録してある番号にかけた。コール音が鳴り響く。……出ないな。携帯をどこかに起きっぱなしにしてるんだろうか。そう思った、その時。
「Len speaking. Who is calling? Do you think what time it is now?」
 おい、なんでいきなり英語なんだよ。自慢じゃないが、なんて言ってるのかさっぱりわからないぞ。
「俺だよ、クオだ」
 しばらく空白があって、聞きなれた声が今度は日本語で喋りだした。
「……クオだったのか。ところでお前、今何時だと思ってるんだ?」
 レンの奴、ずいぶん怒ってる。今、そんな変な時間か? 俺は壁の時計を見た。四時を指している。
「四時だろ、午後の」
「あのな……こっちは午前三時なんだよっ! かけるんなら時差を計算してからにしろっ!」
 げ……時差のことをすっかり忘れてた。午前三時ってことは……寝てたのか、こいつ。
「わ、悪い……寝てたんだな。かけ直すよ」
「いや、いい。お前怒鳴って目が冴えた。何か用があるんなら、話せ」
「実はミクのことなんだが……」
「初音さん? ……あ、起こした? ごめん、声大きかったな。まだ寝てていいよ。クオが非常識にもこんな時間にかけてきて……」
 そこで急に保留音が鳴り出した。誰と話してたんだよ、お前は。って、決まってるよなあ。
 やがて保留の音が止まり、レンの声がまた聞こえてきた。
「クオ、話って初音さんのことか?」
「そうだ」
「リンも話を聞きたいって言ってる。だからスピーカーに切り替えていいか?」
「どうぞ」
 やっぱり巡音さんだったのか。つまり、一緒に寝てるんだな。変な想像をしそうになり、俺は慌ててそれを頭から追い払った。そんなことを想像するのは、礼儀に反する。
「もしもし、ミクオ君? ミクちゃん、どうかしたの?」
 巡音さんの声も聞こえて来た。俺はふーっと息を吸い込むと、ミクとのトラブルを話した。
「とまあ、そういうわけで、ミクはずーっと怒りっぱなしで、口もきいてくれやしねえ。家の中の空気は悪いし、謝っても全然許してくれないしで、俺もほとほと困ってて……」
「あの……ミクオ君。そのペンダントって、どんなの?」
 巡音さんが訊いてきた。俺は説明しようとして、やめた。一度断って電話を切り、壊れたペンダントを写真に撮って、向こうに送る。この方がわかりやすいだろう。それから、もう一度電話をかけた。
「画像届いたか?」
「ああ。今、リンの携帯に転送して、そっちで確認してる。でも、これだけ壊れてると、元の形がさっぱりわからないな」
「きっと安物なんだろ。だから簡単に粉々になったんだよ。安物のペンダント一つで、なんであんなに大騒ぎするんだか」
 さっきも思ったことだけど、ミクは高いアクセサリーいっぱい持ってるってのに。こんなのに執着しなくても。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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ロミオとシンデレラ 外伝その三十五【君に捧げるガラスの靴】前編

閲覧数:840

投稿日:2012/07/17 18:58:53

文字数:4,861文字

カテゴリ:小説

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