まだ吹き付ける風に温度があったある日、君がいなくなって、二ヶ月が経った。失意の中の僕に、一件のメッセージが届く。『また、会わない?』の文字。
行き馴れた渋谷の小さな喫茶店。きらびやかな街の裏腹の中、僕らはブラックコーヒーを頼んだ、もっとも、君はそのあと一口飲んで、「苦いや」と卓上の角砂糖を三つほど入れていたけれども。
「髪、切ったんだ」
僕の髪の短さを君が気にする。付き合って以来「長いほうがいいよ」と言った君の言葉を正直に守っていた。もう、そんなこともいらない。僕は髪を切った。
「そんなこと、言うために来たんじゃないでしょ」
気づけば口に出していたその言葉に、君が
「そういうやつだったね。君は。うん、そうなんだ。実は──」
と続ける。
その先に続く言葉を、もう僕は知っている。言われなくてもわかっていたから。
「僕と別れてほしい」
言った後どこかに暗い感情を放り投げたかのように君は明るくなった。
「思えば、懐かしいね。君が行こうって言ったんだよ。このちょっと暗めな喫茶店。飲めないブラックコーヒーなんて頼んでさ。君が飲めなかったから、僕が飲んだ。懐かしいね」
そのあとも、変わらない口調で、淡々と思い出を話す。遊園地でデートしたこと。歯磨きを取り違えて笑ったこと。夢に出たこと。全部全部。君にとって「終わったことの話」
──ああ、なんで。なんで。そんな顔で笑うんだ。
苦しそうな顔で、髪なんて切って、済んだような顔で、この恋は終わりましたと、全部終わったことを愛でるように思い出を語るんだ。
──出て行ったのは、僕なのに。
「終わらせようよ」
「全部さ」
まるでマッシュドポテトのように、ぐちゃぐちゃになった感情を、君が受け止めたような笑顔で。笑う。受け止められてないくせに、目の潤みを、僕は見逃さなかった。
「そうだね、僕も、終わらせるね。じゃあね」
僕は笑顔で返した。
ではここで問題、これはよくある男女の話、甘いほうのブラックコーヒーを飲んだのは、どっち?
短篇小説「倒錯」
倒錯の作品性を表した短篇小説です。
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Naoya1995
<配信リリース曲のアートワーク担当>
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