「ごめんね、待った?」

「いや、俺もさっき来たばかりだから・・・大丈夫だ、問題ない。」

「そう? なら良かったわ。」

 そう言ってふわりと笑う瑠華。じいっとこちらを見上げる瑠華の笑顔は、今の時期に似合うような眩しさだった。

  ***

 初めまして・・・と言った方がいいのだろうか。とりあえず、俺は私立音宮学園高等部に通う、神崎岳という名前の高校二年生だ。

 俺と言っていることからも分かるとは思うが、性別は男。四人家族の長男で、家族の内訳は父と母と妹。今の学校には中等部の頃からいて、その頃から軽音部に所属している。そう考えると・・・入部してもう五年目か。案外早かったな。

 毎年同じように春が来て、進級して。去年は高等部に上がったという事で少しは新鮮な気分だったが、つるんでいるメンバーは変わらないから・・・結局、何の変わり映えのない日常が高校生になった俺を待っていた。

 別に、それが不満だったとか苦痛だったというわけではない。ありふれた日常の中にも新しい事やちょっとした刺激はあるから、それらを見つけていくのは楽しかった。

 だから、今年進級した時も・・・そんな平凡で、でも幸せな生活がいつも通り始まるのだろうと思って、淡々と構えていた。


 そしたら、今年は・・・今まで生きてきた中では起こり得なかった、まさに人生を変える出会いが俺を待っていた。


  ***

『初めまして、音宮学園の高等部に入学した廻音瑠華です。いきなりの見学を快く受け入れて下さって、ありがとうございます。』

 妹のグミが連れてきた見学希望者は、そう挨拶すると綺麗な所作でお辞儀をした。その時点で既に好感度は高かった、のだが。

『今日はよろしくお願いします。』

 そう言って目の前の俺に笑いかけた瑠華の笑顔が、何かを貫いたような気がした。そして、笑顔が可愛い奴だと思った。

 それ以来、何となく目で追うようになって、話すようになって。もっと瑠華の事が知りたい、もっと話したり一緒にいたいと思うようになって、それで・・・はっきり『瑠華が好きだ』と自覚して。

 まぁ・・・自覚したと言っても、アプローチなんぞ未知の領域だったから色々とまごついたりもしたが。


 瑠華は無事、俺の彼女になった。


  ***

 瑠華が俺の彼女となって二カ月弱たった今日、俺は十七歳の誕生日を迎えた。当日の三十一日は一日空いているから、二人で出掛けたいと話を持ちかけた所・・・『私も岳と二人で出掛けたいって思ってたの』、なんて可愛い事を言いながら瑠華は了承してくれた。そして、夏なので涼しげな所に行こうかという話になったので、普段住んでいる所からは少し遠い水族館に行く事になった。

  ***

 断言できる。今までの人生の中で一番楽しい誕生日だった。帰りに立ち寄った公園のブランコを、きゃーっと声をあげながら漕いでいる恋人を見ていると、とても幸せな気持ちになる。

「ブランコなんて久しぶり! やっぱり楽しいわね!」

 瑠華はそう言いながら、足を上手く使って漕いでいった。

「――っ!」

 すると、風にあおられ、瑠華の着ているサマードレスのすそがひらりとめくれて・・・白い太ももがちらりと見えた。

「・・・そ、そりゃ良かったな。」

 鼓動がはやるのを感じながら返答する。慌てて目をそらしたが、さっきの光景は既に目に焼き付いてしまっていた。

 芽衣子曰く、俺は日常感に欠けるらしい。自分ではそんなつもりは全くないのだが、俺は黙っていると・・・いつぞやの武士なり兵士なりを思い出させるのだとか。だから『あんた全然俗っぽい感じしないわよね。この時代の人間じゃないみたい。』と、面と向かって言われた事もある。

 でも、俺はこの時代に生きる立派な男子高校生で、それは紛れもない事実である。おまけに、とびきり可愛い最愛の彼女まで出来た。だから、下心と言うのか何と言うか・・・ともかく、それなりの俗っぽい欲もきちんと持ち合わせていた。

「岳は乗らない? 隣空いてるわよ?」

 こちらの気も知らんと、無邪気な笑顔で話しかけてくる瑠華。お前は知るよしもないだろうな、自分の目の前にいる男が何を考えているかなど。俺が・・・お前をどうしたいと思っているのかなど。口付けた事は既に何回かあるが、それ以上の事に関しては・・・話題にした事も、そんな雰囲気になった事もないのだから。

「俺は遠慮しておく。そのブランコは俺には小さそうだしな。」

「・・・そう。」

 瑠華は少し頬を膨らませながら返答した。でも、流石に・・・子供用のブランコに乗るには大きくなりすぎたからな。壊してもいけないし。

「それより・・・もうじき九時になる。親御さんが心配するだろうし、もうそろそろ帰った方がいいだろう。ほら、送っていくから。」

 そう言って瑠華の手を引いてブランコから下ろす。俺に手を引かれるまま素直に下りた瑠華は、そのまま・・・俺の手をぎゅっと両手で握り返した。

「・・・?」

 夏だと言うのに、瑠華の手はやけに冷たかった。心なしか、握る力も強い気がする。

「どうしたんだ?」

 そう問いかけるが、瑠華の返答はなかった。ただただ、俺の手をぎゅっときつく握り締めてくるだけだ。

 そういや、以前・・・緊張している時は手が冷えやすくて、夏でも氷みたいになってしまうなんて言っていた。そして、何かを強く握りしめる癖もあるのだとか。まさに今の状況はその時の言葉通りだが・・・でも、それならなぜ緊張しているのだろうか。

「・・・・・・あのね。」

 俯いていた瑠華は意を決したのか、がばっと顔をあげた。その大きな瞳は真っ直ぐこちらに向けられたが、不安げに揺れていた。

「あのね、あの・・・えっとね・・・。」

 かすれた声で言葉を紡ぐ。続かない言葉とは対照的に、頬はみるみると赤く染まる。耳まで真っ赤に染まった後で、息を少し弾ませながら・・・瑠華は告げた。

「今日はお父さんもお母さんも帰ってこないの。だから、帰っても私一人なのよ。」

「そうなのか。でも・・・あんまり遅いと、やっぱりあれだか・・・んっ!」

 言い終わらないうちに、口を柔らかいもので塞がれた。普段瑠華の方から口付けてくる事はほとんどないので・・・誕生日仕様なのだろうか、なんて考えがふっと頭をよぎった。

 しばらく触れ合わせた後、温もりがそっと離れていった。間近にある瑠華の瞳からは揺らぎが消え、熱を帯びたかのように潤みだした。

「だから・・・うちに来て。今夜は泊まっていって。」

「・・・え?」

「今夜はうちに来て。まだ岳と一緒にいたい。一晩中・・・一緒がいい。」

「・・・えっ!?」

 目の前の恋人は何を言っているのだろう。瑠華は、自分が今発した言葉の意味を、きちんと理解しているのだろうか。

 付き合っている男女が、一晩ひとつ屋根の下で二人きり。それで起こるかもしれない何かを・・・知らないわけではないだろう?

 本気で驚いて一言も話さずにいる俺の態度は、瑠華の不安をあおったようだ。再び瞳が揺れ始め、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ始めた。

「だって、今日は岳の誕生日じゃない。」

「ああ、まあ・・・そうだけどな。」

「誕生日だから、良いきっかけになると思ったの。」

「・・・そうか。」

「だって、もうじき・・・私達一年間離れ離れになるじゃない。今日一日くらい、昼も夜もずっと一緒にいたいわ。」

 はらはらと目尻から雫をこぼしながら、それでも視線は俺に向けて、瑠華は言った。

「そうだな。あと二週間もしたら・・・太平洋を隔てる事になるもんな。」

 付き合う前に告げられた事実。秋から一年間ロサンゼルスに語学留学するのだと、楽しみにしているのだと・・・目を輝かせながら話してくれた。そもそも、瑠華が音宮に高校編入したのもそれが理由だったらしい。

「そうよ。私が決めた事だけど・・・寂しいものは寂しいもの。決めた時は、こんな事になるなんて思ってなかったし・・・。」

 しゃくりあげながら、俺にしがみつきながら、瑠華は続けた。

「だから、今晩貴方のものになる。大好きな恋人に、私をあげる。」

 はっきりと、きっぱりと。瑠華は俺の目を見据えて言い切った。


「私を貴方のものにして下さい。貴方が好きなの、大好きだから・・・。」


 月明かりに照らされながら、そう告げた瑠華は・・・どんな絵画よりも、美しかった。





 おまけ


「あれからもう一年以上経ったのね。時の流れって早いわ。」

 ソファに腰掛けている俺を背もたれにしながら、瑠華がぽつりと呟いた。

「あの頃は・・・『私から色々迫るのは、はしたない事なのかしら』なんて考えていたけれど。」

 そういって一度言葉を切ると、体を起こして俺の方に向き直り・・・そのまま俺にのしかかってきた。特に抵抗する理由もないので、しなだれかかる瑠華を受け止める。

「留学して、あっちの文化に触れて分かったの。ハグやキスをねだるのは、そう迫るのは相手の事が大好きだから。両想いなんだもの、二人でいる時にそうしたくなるのは・・・自然な事だったわね。」

 目を細めてそう囁いた瑠華は、ためらうことなく自分の唇を俺のそれに押し当てた。甘い声を漏らしながら口付ける瑠華からは・・・以前のような覚悟めいた緊張は、もう感じなくなっていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

遠く離れる、その前に

一日遅れてしまいましたが、がっくんおめでとう!!!


・・・という事で書きあげたものです。拙作『三回目の幸福』の小話扱いですが、本文読んでなくても(本文は『サンドリヨン』ベースのお話です)問題ないと思われます。


誰か吉川にがくルカとカイミクとリンレンが全部楽しめる小説とか漫画とかイラストとか下さい(;ω;)

閲覧数:249

投稿日:2015/08/01 02:44:37

文字数:3,893文字

カテゴリ:小説

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