ねえリン。
生まれ変わりって、あると思う?
もしも生まれ変わりがあるとして、だよ。
どんな生を受けようと、僕は君を守ると思う。
だから、もしもまた兄弟として、いやそうじゃなくてもいい。
もしもなにかの縁でまた近しい二人として生を受けることがあったら―――その時はまた一緒に遊んでね。
君の笑顔が大好きだから。
<王国の薔薇.16>
「時間よ」
静かなメイコさんの声が時を告げた。
檻が開き、鎧に身を包んだ兵が両腕を掴んだ。
流石にもう抵抗する元気はない。意外と冷える牢獄に一晩放置された結果として、僕は体力の大半を失っていた。
ただ、嘲笑と溜息は忘れない。
「城の衛兵の鎧に身を包みながら王女に盾突くとは、堕ちたものね」
「今はお前が主ではないからな」
「誰にでも尾を振るの?とんだ駄犬だわ」
「何を・・・っ!」
「やめなさい!」
メイコさんの喝が飛ぶ。
内心感心した。これだけ感情に流されやすい民衆の中で常に冷静さを忘れずにいるとは、やはりなかなかの器だと言うべきだろう。
「今口論するべきではないわ。どうせ王女はすぐに償いをすることになるのだから」
その言葉に、気が立っていた彼等は即座に恭しく口を噤む。成る程、人望もあるようだ。
表には出さないけれど、本当に、彼女なら安心して革命の主導者と言えるだろう。自分に出来ることや出来ないことも分かっていて、人の才能を見る力もありそうだし、理想的な人だろう。
牢から出てから階段を延々と上らされる。
ドレスの身としては割と辛い。その上、先に述べたように体力も底を付いている。
・・・もう少しゆっくり歩いて欲しい。
そんな弱音を吐きそうになった時、先頭を歩いていたメイコさんが手で後続の僕達を制した。
―――何だろう。
疲れた首を持ち上げ、次の踊り場を見上げる。
そこには桜色の髪をした無表情な女性と、紫色の髪をして息を飲んだ表情の男性が立っていた。
「リン王女、あの男性は誰だか覚えている?」
「・・・誰かしら。記憶に無いわ」
「そう。・・・貴女の為に戦ってくれた数少ない人のうちの一人よ。感謝なさい」
「感謝?必要あるとは思えないけれど」
「・・・そういう姿勢だから、誰も付いてこなくなるのよ。今の自分があるのは誰のおかげか、よく考えることね―――と言ってももう遅いのかしら」
「下らないわね」
軽口に近い会話をしながら踊り場に立つ二人の側を過ぎようとした時、男性が僕に声をかけた。
「リン殿!」
思わずそちらを見てしまうほど、真摯な声だった。
目が合った―――瞬間、何かが通じた。
――――ああ、気付かれたかな。
暢気にそんなことを思う。
暢気でいられたのは、彼が僕の味方だと感じたから。多分気付かれても口外はされないだろうという自信があった。
だから敢えて足を止めずに無視をする。
近づいてくるざわめき。
階段の終わりももう近いようだ。
空は抜けるほどの青空だった。
もうすぐ三時。
僕の命が終わる時間がやってくる。
見たところ広場は人で埋まっているみたいだ。正直、結構な高さがあるこの位置からでは人の頭がよく見えて顔の判別は出来ない。
もしかしたら知っている誰かがいたとしても全然おかしくない。
でもわざわざ探す気にもなれなくて、視線だけで辺りを見回した。
人々の犇めく広場とは対象的に、さえぎるものも殆ど無く広がる空。
ふと、一際高い塔に目が留まった。
時計塔とも教会塔とも言われるそれ。三時には鐘を鳴らす塔だ。
鐘の音と共に処刑、か。
そういえば、僕らが生まれたときにも鐘が鳴り響いていたんだっけ。
『お二人はね、皆が待ち望んだお子様だったんですよ。お生まれになったときには、お祝いに国中の鐘を鳴らしてねえ』
―――教会の鐘に祝福されながら産まれ、
―――同じく鐘に祝福されながら―――
リン。
この鐘の音が、新しい君の誕生を告げる鐘の音となりますように。
どうか、どうか、「王女」ではない「リン」として―――生きて。
そしていつか幸せを掴めればいい。
なんでも手に入ってなんでも望みが叶う、それが幸せだということではないんだと知ってくれればいい。
いや。
この空の下の何処かで君が笑う未来があってくれさえすれば、それで僕は、もう。
足を進めて断頭台の側に立つ。
メイコさんや群集が何か叫んでいたけれど、意識もせずにそれを聞き流した。
なんとなく視線をさ迷わせていると不意にカイトさんと目が合う。
顔を強張らせる彼に、少しだけ微笑む。
僕自身の思いが彼に伝わることはないだろう。そして王女の召使だったレンという存在はさりげなく歴史から姿を消す。
沸き立つ群集。
メイコさんが僕の腕を掴んだ人に合図をした。
断頭台に首を押し込まれ、怒号に身を曝す。それでもひとつひとつの言葉が聞こえる訳ではないから、良くわからない熱狂が溢れているような感じしかしなかった。
長針が十二を指す。
先に行っているけど、君は出来るだけゆっくりおいで。
目を閉じた僕の耳に、鐘の音が聞こえた。
さよなら。
「あら、おやつのじかんだわ」
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ご意見・ご感想
錫果
ご意見・ご感想
一話ごとに感想は沢山、沢山あったのですが…
まとまりそうもないので、この回の一言だけで失礼します。
改行の使い方に、最後の1行とそこまでの流れに、泣きました。
改めまして、レンサイドお疲れ様でした。
リンサイドも追いかけさせて頂きます!
2010/01/11 16:42:05
翔破
長くなりましたが、最後までありがとうございました!
レンサイドが終わり、次はリンサイドということですが、こっちは処刑後まで話が続くのでもうちょっと長くなる予定です。
レンサイドとリンサイド、それぞれ同じ場面でも視点が違えば全然考えていることが違ったりします。時間があれば(そしてそれに値するだけの文章であれば)照らし合わせて楽しんで頂けると幸いです。
2010/01/14 04:36:44
れーら
ご意見・ご感想
うわ・・・うわああああん!(やめなさい
やっぱり悲しいです・・・。
何度も聞いているのにこの結末は泣けます。
予想はしてたんですけど、レンのリンに対する想い(?)ってやっぱりすごいですよね。
彼女が生きているならそれでいいっていう。
本当に良いお話でした!勝手ながらあなた様をブクマさせて頂きました!
では、リンサイドを読んでいきますねー☆
2010/01/11 14:08:19
翔破
長くなりましたが、最後までありがとうございました!
レンサイドが終わり、次はリンサイドということですが、こっちは処刑後まで話が続くのでもうちょっと長くなる予定です。
レンサイドとリンサイド、それぞれ同じ場面でも視点が違えば全然考えていることが違ったりします。時間があれば(そしてそれに値するだけの文章であれば)照らし合わせて楽しんで頂けると幸いです。
2010/01/14 04:36:44