何故、雨はわたしを避けて降るのでしょう。
何故、誰もわたしを見ようとはしないのでしょう。
何故、わたしは此処に居るのでしょう。
何故…何故…?
わたしは、死ねないのでしょう――――?
* * *
立ち尽くす少女は、雨に濡れない。
其れがどれ程不思議な現象であっても、人々は振り返らない。
自己の世界に浸ったまま、俯き加減に早歩きで去っていく。
不思議な事象を望んでいても、所詮人々は平穏だけを好む。
それ故に、誰も不思議を纏う少女を見ようとはしない…。
『―――死にたいの?』
不意に、少女は此の世界では無い何処かに居た。
長い黒髪を揺らして顔を上げた少女は、其処に在る何かを見た。
赤黒く煌めく大鎌を肩に預けた、幼い容貌。
不釣り合いな深紅の唇を開き、紡いだ。
『貴女、名前は?』
「……リカ」
少女はそう答えた。
自分が唯一持っていた、ただ一つの自分の証を。
大鎌の少女は僅かに群青の目を細めた。
『私は――“胡蝶を射る者”――死神型マリオネットよ』
「…それが、名前なの?」
『いいえ、これはただの製造番号。私達にそんなモノは不必要だもの』
「…そう。だったら、わたしはあなたを“胡蝶”と呼ぶ」
『どうぞお好きに』
そして胡蝶は自身の三倍の長さは有るだろうという大鎌を構え直した。
―――刹那、リカの周辺の空気が切り裂かれる。
『「死にたい」――その願いは、本当なのね』
「………」
リカの喉元に、ぴたりと大鎌の刃が添えられていた。
それでも、リカは微塵も動かない。
ただ、黙って胡蝶の群青色を見つめているだけ。
恐怖さえ感じていない証拠に、桜色の唇ははっきりと動く。
「わたしは……死ぬ事が出来無い」
『そうね。貴女は特殊だもの』
胡蝶はリカに向けていた大鎌を、再び自分の肩に預けた。
死にたいと願いながらも、自分は死ねない存在と理解している。
胡蝶は少しだけ、リカを哀れんだ。
『例え地獄の業火で焼かれても、貴女は生き永らえているでしょうね』
それが宿命だから―――そう胡蝶は付け加えた。
リカは黙って、まるで悲しむ様に目を伏せた。
『でも、それはちゃんと理由が在っての事』
「―――?」
リカは僅かに首を傾げた。
理由など思い当たらない。
思うとすれば、此れは“呪い”という事。
前世で自分は罪を犯した、だからその報いを受けている。
それがリカの今までの人生の中で生まれた解釈。
彼女の中ではそれが真実だった。
『貴女は、次の“イヴ”』
イヴ―――リカは微かな驚きを表わしながら、小さく繰り返した。
胡蝶はただ淡々と、リカがずっと辿りつけないでいた自分の正体を明かす。
『世界が終わった其の時、貴女が新たな生命を育むのよ』
「其の為に、わたしは此処に居る…?」
そう、と胡蝶は頷き、此れは紛れも無い真実だと告げる様に真っ直ぐリカを見つめる。
揺れ動く心情を押し殺しているかの様に、リカの表情は動かないまま。
けれどその心には確かに、喜びが宿っていた。
* * *
わたしは、死ねない。
やるべき使命を全うする其の時まで、わたしは生き永らえる。
神様がわたしに与えてくれた素敵な役割。
わたしは新たな生命を育み、慈しむ者。
『この世界に、イラナイ者など無いわ』
不思議ね。死を呼ぶ筈の死神が、わたしに遠回しに『生きよ』と告げている。
雨が上がった。わたしは歩いて行ける。美しい此の世界を。
わたしは、まだ、死にたくない―――
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