今度こそ、レンもイルとセシリアと共に、顔を引き攣らせた。反応する間も無く青の王子は情報を付け加えていく。
「青の国では近年漁獲高が落ち込み、第二の食料生産である牧畜に頼って消費と国益を得ている事は、ご存知だと思います。しかし、家畜の飼料の原料となる穀物は、黄の国からの輸入に頼り切っているのが現状です。
失礼ながら、再建されて五年と経たず、更に余りにも若い陛下を君主とする黄の国の情勢を、不安に思う者達は王宮にも少なからず居ります。加えて我が国現国王はあまりにも凡庸で、恥ずかしながら十人からなる王妃とその取り巻きによって、国政が左右されている状況です」
赤の国の話に乗って黄の国との開戦を望む強硬派。これが今回の事件の首謀者であり、彼らの目的は青の国王家から輩出されたセシリアを黄の国から取り除く、もしくは彼女を黄の国の敵と仕立て上げ、更にはその罪をカイルに擦り付けることだったらしい。
「話は大体分かりました。ですが貴方がそれをこちらに知らせたと言う事は、もちろん」
ようやく衝撃事実から回復し、頭が回り始めた。
「はい。私は黄の国との関係を良好に保つことで、穀物の確保を確実にしたいと考える者です」
それに対するは黄の国との関係を保とうとする穏健派。つまりは今目の前に居る、カイル=ミットフォード第五王子殿下なのだろう。
「その為に、第一王位継承者になったのか?」
それはイルも同じだったらしい。
「おっしゃる通りでございます。つきましては話が真実である証拠として、こちらに強硬派の名前と役職を書いたものをご用意いたしました。どうぞ、お納めください」
差し出された紙束。イルの代わりにそれを受け取りながら、彼に対する評価を著しく改めた。素直な人間とは元から思っていなかったが、これほどまでに大胆でしたたかとはもっと思っていなかった。
カイルがくれた情報もこのリストも、黄の国にとって利益になるものであることは間違いない。しかしこの情報を彼から得るということは、同時に彼の後ろ盾として動く必要があるとも言える。
三国から攻められるよりましであることは疑わないが、他国の政争に巻き込まれるのも面倒な話だ。が、親友がここまでの覚悟を持って来た王子を、利用するだけ利用してお払い箱にするなど許すわけがない。
「情報をくれたこと、心から礼を言う。レン、マリルはまだ生きてるな?」
レンの中では彼女がアズリを謀った罪は消えていないのだが、もちろんそんな下らない不満を出せるわけもない。それに、もっと罰するべき人間がこの王宮にはいるのだ。
レンはリストの下の方にある、ある外交官の名前を見て仮面の裏で嗤った。
「はい、多少心身共に弱ってはおりますが」
一度自殺しようとはしたものの、その後十分に気をつけながら猿轡を外しても、また舌を噛もうとはしなかった。今は兵士に二十四時間見張られながらも、地下牢で食事も与えられている。
今から考えれば、マリルが仕込んだ毒が見つけてくれと言わんばかりだった事も、彼女なりのセシリアやカイルに対する忠誠の証だったのかもしれない。
「彼女は、まだ生きているのですか?」
青の王子が驚きの声を上げた。
「はい、彼女とダヴィード護衛官の関係に気がついたので、彼ら二人共に尋問することが望ましいと考えておりました。ダヴィード護衛官は、彼が誰の命令で動いていたのか知りたかったので、拘束すらしていません。もちろん、見張りをつけてはいますが」
カイルの顔に広がるは、本心からの安堵に見えた。
「その侍女に唆されて、三人の王国軍兵士が宰相暗殺を実行するために一人の女の子を拉致して、結果兵士全員死んだ。俺が殺したけどな」
若き紅髪の王の声はいつになく冷ややかだ。あんな愚か者どもでも、優しき君主にとっては尊重すべき仲間だったのだから。
「彼らは私の優秀な部下であるとともに、大切な友人でもありました。この度の事件も、先程も言った通り彼らの意志ではございません」
青の王子は再び跪き、それに留まらず更に手をついて頭を床につけんばかりに下げた。
「どうか、どうか寛大なご処置をお願い申し上げます」
イルの口がへの字に曲がる。理屈は分かるが、どうにも感情的に納得できないのだろう。やり場の無い怒りが瞳で燃え、レンにその目が向けられるが肩を軽くすくめて見せた。そして口の動きだけで言い放つ。
だから関わらない方がいいって言ってるだろ?
イルの性格は重々承知している。この情に厚い親友が、ここまで事情を明かされた上に懇願されて、無視して彼らを処刑などできるわけがない。本人もそれを知っているから、尚更不愉快なのだ。
「そこまで言われたら、殺す事は出来ねえよ。ま、処分はそっちの話の裏を取ってから考えるさ」
たっぷり三十秒考えてから、イルは不貞腐れたように言った。
「あ、ありがとうございます!」
カイルがようやく顔を上げる。王族の出で、友人のためとはいえ土下座までできる人間は珍しい。
「それにつきまして、僕から一つ宜しいでしょうか?」
仮面にはあくまで有能宰相としての柔和な笑みを、しかし親友にだけは仮面の裏の毒蛇の舌舐めずりが見えた事だろう。嫌そうな顔をしつつ、イルは顎をしゃくって促した。
「このリストの中の外交官のお一人は、今現在黄の国王宮に御滞在中です。彼には僕への暗殺未遂の疑いも掛っておりますので、彼を尋問室に送り王子殿下のお話の証明をして頂きましょう」
どういう意図があろうと、結果としてアズリに毒を食らわせたなら、冷血鬼裁判において拷問の上処刑が確定である。青の国の状況が見えた今は遠慮する必要は無い上、カイルの話をそのまま信じるにはどうしても客観的な証拠が欲しい。
イルが若干遠い目をするも、私怨だけで提案しているわけではない事は分かっているらしく、わざとらしくため息をつきつつも頷いた。
「許す。カイル王子の話を証明するまで、どのくらいかかる?」
「二時間。と言いたいところですが、事は急を要します故、一時間で仕上げて見せます」
もっと長時間かけて心を完全にへし折ってやりたいのは山々だが、事が事実なら一刻も早く対策を立てなければならない。遊んでいる時間は無かった。
「……とっとと行け」
付き合いの長い親友は、レンの内心も正確に酌み取ったらしく、手を振って追い払った。
「仰せのままに、陛下」
恭しく一度跪いてから、足取り軽く謁見の間を後にした。
アズリに苦痛を与えたものには、その数億倍に相当する地獄の中、知っている事実全てを曝け出させてやる。
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