UV-WARS
第二部「初音ミク」
第一章「ハジメテのオト」
その8「踊る初音ミク」
画面は真っ暗だったが、突然スポットライトが一人の影を浮かび上がらせた。
そのシルエットだけで、それが誰なのかすぐに判った。
〔ミク?〕
よく聞くダンスナンバーのイントロが流れて、画面の中のミクが動き出した。
その動きは、動画サイトでは見慣れたダンスモーションだった。しかし、画面の中のミクには違和感を覚えた。
〔MMDじゃないな。メタセコイヤか?〕
画面の中のミクはCGにしては質感がリアルだった。
顔やスタイルはあざとい式のモデルに近かった。
〔何なんだ、これ? シェーダーでも、MMEでもないのに、リアル過ぎる〕
ミクの衣装はデフォルトに近かった。
ネクタイや髪の揺れを見ているうちにテッドは確信した。
〔実写か… ん? 実写、だ、と?〕
動きはややぎこちなかったが、ダンスの動きは音楽に合っていた。
しかし、あざといほど可愛らしい顔はよくできた仮面のようで、踊っている間は無表情だった。
音楽が止まると、ミクの動きもぴたりと止まった。
そのまま数十秒間、ミクは全く動かなかった。人形のように。
〔本当に、人形! いや、やっぱり、CGか…。ん?〕
そのテッドの反応を待っていたかのように、画面手前から桃の後頭部が映った。
桃は止まったミクにつうっと歩みより、服を前から捲った。
少しへこんだ臍らしき物が見えたが、桃はそこに人差し指を突き刺した。そして、人差し指にくっつくように、まるでDVDドライブが開くようにボディの一部が突き出てきた。
桃はボディにできた隙間に右手を差し込んだ。一拍を置いて、隙間の上の部分、あばら骨の下が観音開きに手前に開いた。
その中にリチウム電池が隠れていた。
見た目には灰色の蒲鉾が横に並んでいた。
桃はリチウム電池をすべて外し、全て抱え込むと、画面手前に消えた。
残されたミクは、腹部の隙間を露にしたまま、ポーズを崩さなかった。
今度はテッドが目を丸くする番だった。
「つまり…」
テッドは声が震えないように絞り出した。
「つまり、?」
テトは涼しげに聞き返した。
「テト姉たちは、『初音ミク』を造ったのか」
桃が頷いた。
テッドは、自分でも顔がニヤニヤしているのが判った。
「でも、今ので十分だろ? あとは、動作を増やせば、介護にも、調理にも、見せ物にもなるし、某自動車メーカーが見たら、腰を抜かすぜ」
桃が目を伏せた。
テトは懐かしそうにテレビに視線を送ると、ふっと微笑んだ。
「さっきも言ったろ? これは、博士の夢なんだ」
「ミクを造ることが、か?」
桃が小さく首を横に振った。
「いいえ。本当は、おじいさまは、もう一度、おばあさまに会いたいだけなんです」
〔おじいさまにおばあさまとか、お嬢様なんだなあ。食後にハーブティーを飲んでいるのかなあ〕
テッドの妄想を振り払うように、テトの言葉が斬り込んできた。
「さっきも言ってたけど、踊るだけ、介護専用なら、プログラムを作るのは難しくない」
テトは残っていたアイスコーヒーを飲み干した。
「そこに人間がいるかと思えるくらいの、ね、自由に話して動くプログラムがほしいのさ」
「だからといって、初音ミクの形をしてなくても…」
ふふっと意味深な笑みを浮かべて、テトはテッドの言葉を遮った。
「前にも言ったろ。プログラムを作ってほしいと」
その時のテトの視線は何かを企んでいる様を孕んでいた。
「君んちのミクちゃんを移植できないかなあ、と思ってね」
その刹那、テッドの頭の中でたくさんの出来事が、一瞬で繋がった。
それこそ、テトに初めて会った十年前から、テトにパソコンを教えてもらったことや、さまざまなテトと過ごしたイベントがフラッシュバックで頭の中に浮かんで消えた。
そして、悪寒がテッドの足元から背中を通って脳髄で停止した。
テッドは、悪寒を振り払うように首を左右に振った。
「どしたの、テッド君?」
「いや、ちょっと寒気が、…」
「夏風邪か?」
「いや、多分、大丈夫」
だが、悪寒の正体をある種の予感と覚えたテッドは、それの想像が止まらなかった。
「で、どうなの?」
「え?」
テッドは想像を止め、現実に戻った。
「できそうかい?」
暫く考えて、テッドは二回頷いた。
「多分ね。まあ、窓系のOSをインストールして、通常通りにユーティリティをインストールして、どうなるか、試して、…」
そこでテッドははっと気づいた。
「ここで開発するのか?」
「まあ、そうなるだろうね。テッドのミクちゃんをここから動かせるとは思えないからね」
またしてもテトは綺麗にウィンクをして見せた。
そこに新たな情動が湧かなかったのが、テッドには自分事ながら不思議だった。
「わかった」
テッドは自分に言い聞かせるように二度首を縦に振った。
「面白そうだ。やってみるよ」
穏やかな口調に、テトは首をひねった。
「おや? 反応が薄いねえ、きみ」
「いや」
テッドは作り笑いを浮かべてその場を誤魔化した。
「何て言うか、実感が湧かないんだ」
「それは、どうして?」
身を乗り出して、桃が聞いてきた。
「実感、て、言葉が悪かったかな。明日から自分がどうなるのか、想像できないんだ」
うん、わかるよ、とでも言いたげに、テトは頷いた。
「とりあえず、今日は、ここまで」
そう言って、テトは立ち上がった。
そして、テッドの肩をポンと叩くと、テレビの前に立ってメモリーカードを抜いて、テッドの目の前に置いた。
振り向いたテトは、少し疲れた感じに俯くテッドとそれを心配そうに見ている桃を見て、なぜか安心したような、子供を見守る母親のような視線を送った。
テトは無言で桃を促した。
桃は何か言いたげに口を動かしかけた。
テトの人差し指がそっと桃の唇に触れた。
桃は名残惜しそうに視線を泳がせると、席を離れた。
桃は、茫然と海を見ているテッドを見て少し胸の奥に棘が刺さった感じがした。
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