The Rolling Girl
1.
「私は今日も転がります!」
少女は威勢よくそう叫ぶと、駆け出して勢いをつけて前転していた。
緑茂る丘の上から、彼女は泥だらけになることも怪我をすることもいとわずに、お世辞にも美しいとは言えないみっともなさで不器用に坂を転がっていく。長い緑色のツインテールが風になびき、ゆらゆらと揺れながらそのあとを追いかけていった。
なんだアレ。
なんだココ。
周囲を見渡そうとして――見渡すまでもなく“わかった”。
針葉樹林と丘陵に二分された大地が、遥か遠くまで続いている。
大地の果てでは氷雪を頂く雄大な山脈が、空との境界でその尾根を波打たせている。その銀嶺の手前には、その氷雪の王冠に匹敵するほどの、純白の大理石に築かれた城壁が見える。中央には、天を貫く剣と称される、ひときわ高い白亜の尖塔が日光を反射して煌めいている。あの塔には、冥王を討伐したとされる伝説の白銀の聖剣が納められているそうだ。
あそこが、黒壇の王都や水晶の学院に並び称される三大都市の一つ、白磁の聖都の威容だった。
僕と少女がいるのは、白磁の聖都をはるか遠くから望むだけで精一杯の片田舎だ。ぼくら二人とも、あの大都市での暮らしを夢見る田舎者に過ぎない。
「――ぐへぇっ」
下の方からそんなうめき声が聞こえて、転がっていった少女がどこにいったのかを探す。
といっても、必死に探す必要なんてない。丘の下の大木にぶつかってぐるぐると目を回す少女の姿はいつものことで、もはや見慣れているとさえ言える。
「なあ、――。いつまでそんなことやってんの」
「決まってます。この先が見えるまでです」
なんだか格好いいことを言ってるようにも感じるが、目を回したまま言ってるもんだから、バカみたいなセリフに聞こえて仕方がない。
いや、バカみたいなセリフじゃないな。ちゃんとバカなセリフになっている。
「この先って……なんだよ」
「先って言ったら先ですよ。いま私がいるココよりも、もっと遠く……」
そう言いながら立ち上がろうとして転ぶ少女。せめて落ち着いてから言ってくれよ。
「いいから帰ろうぜ」
「いいからとはなんですか、いいからとは。私は――」
「――転がりたいのはわかったけど、もうお日様も中天を過ぎたよ。戻って畑作業を手伝わないと」
「むぅ」
ぷくっとほほを膨らませて、少女は不満を表す。ようやく目が回っていたのも落ち着いたみたいだった。
「つったって、村のばーさまたちにまたバレたらどーすんだよ。今度はどやされるくらいじゃ済まねーぞ」
「それは……あうう」
村のばーさまたちにこっぴどくしかられてこいつが半泣きになっていたのは、たった三日前のことだ。
「わかったなら、もう良いかい?」
「まだですよ。まだまだ先が見えないんですから――」
「――わかったわかった。いいから戻るぞ」
「ちょっと! 全然わかってません!」
「いやなら置いていくぞ。僕は先に帰るからな」
「そんな! 私を置いてくなんて見損ないました!」
「僕は巻き添えで怒られるなんていやだからな。置いてかれたくないなら早くこいよ」
こいつはとんでもなく方向音痴だ。僕がいなかったら、帰る途中で迷うのは目に見えている。
「仕方ありませんね。でも……本当に、まだまだ先は見えないので――」
はぁ、とため息をついて、未練がましそうに少女ははるか遠くに悠然とたたずむ白磁の聖都を眺める。
「だから、息を――」
◇◇◇◇
ガツン、と後頭部に痛みが走る。
「ぐぇっ」
一発で目が覚めた。
けれど、痛みにもだえるので精一杯で、顔をあげることもできそうにない。
周囲からは圧し殺したような笑い声。
「俺の授業で寝るとは、お前もいい度胸だな。え?」
そう深いバリトンの声を響かせた主は、僕が身もだえる頭の横に、ゴンッと音をたてて分厚い辞書を置く。
……それで殴ったのか。
体罰反対。
「……さて、続けるぞ。地球の気候は大きく分けて、熱帯、乾燥帯、温帯、冷帯、寒帯、高山気候になるわけだが――」
言えるわけもない文句を頭の中で並べていると、地理の稲葉先生は僕を殴ったことなどもう覚えてもいないみたいな態度で、何事もなかったみたいに授業を再開する。
話しながら教室の後ろに歩いていく稲葉先生の背中に恨みがましい視線を向けると、こっちを向いていた一人と目が合う。
けっこう整った顔立ちだとは思うが、背伸びした化粧と、明らかに地毛よりも明るい色でパサパサに傷んだ髪の毛が、なんか色々と台無しな女子だ。
まあ、僕もそんな人のことを偉そうに批評できるようなヤツでもないけど。
ともかくそいつ、同じクラスの美紅はムカつく笑みを浮かべたまま口パクで話しかけてくる。
(まーた怒られてやがんのー)
(……うるさい)
僕も口パクで返し、うんざりして机に突っ伏す。
だいたい、稲葉先生の深いバリトンに問題があるのだ。あの声をなんとなく聞き流していると、あまりにも耳に心地よすぎる。眠気を誘っているとしか思えない声音だ。
そんな声をしておいて寝ちゃいけないだなんて、もはや拷問と変わらない。
「……」
そんな、我ながら身勝手な言い訳――だという自覚くらいは、一応僕にもある――を一通り並べ終えてから、僕はさっきまで見ていた夢の光景を思い出そうとする。
やけに鮮明な夢だった。
あの空気感というかなんというか……うまく言葉にできないが、確かに自分がそこにいたかのような感覚がある。
森と草原、はるか遠くの山脈。そんな雄大な大自然の中に違和感なく存在する白磁の聖都。
その圧倒的なリアリティ……も、やはり夢だからか、登場人物の突拍子もない行動が台無しにさせていた。
「……なんだよ、転がりますって……」
よくわからないが、少女が丘を転がっていた。なにやら真剣だったが、同時にみっともなかった。
まあ、夢ってのは大概そういうものだ。夢を見ているまさにそのときは、それはやらなきゃいけないことで、やるのが当たり前だって思っているのに、こうして目が覚めてみると、なんの理屈もないハチャメチャなことをしていただけだって思い知らされる。
「……」
けれど、僕はアレを単なる夢だと斬って棄てることができなかった。
この夢、もう何度目かわからない。
同じ光景の夢を、もう何度も見ていたのだ。
似たような、僕と変な少女が遠くの白磁の聖都を眺めている夢を。
白紙のノートを広げ、再度その光景を思い返してみる。
開いたペンケースの中のペンが目につく。
「……」
この感覚を書き留めることが……描くことができるだろうか。
そんなことを思って、僕はペンを手にとった。
ローリンガール 1 ※二次創作
1
気がつけば前作から一年半以上も経っていました。
wowaka様の「ローリンガール」をお送りいたします。
周雷文吾初、異世界転生モノとなります。
全八話+αとなります。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
また、小説投稿サイト「カクヨム」にて、オリジナル小説の投稿を始めました。興味のある方は是非。
「フェルミオンの天蓋」
https://kakuyomu.jp/works/16816700426009125099
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悲しいから歌った。
生きたいから歌った。ただのエゴの塊だった。
こんな...君の神様になりたい。
kurogaki
おにゅうさん&ピノキオPと聞いて。
お2人のコラボ作品「神曲」をモチーフに、勝手ながら小説書かせて頂きました。
ガチですすいません。ネタ生かせなくてすいません。
今回は3ページと、比較的コンパクトにまとめることに成功しました。
素晴らしき作品に、敬意を表して。
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