ずっと、別々のものだなんて思いもしなかった。
ホームルームが終わって、さあ帰ろうかと教科書をカバンに詰めた。今日はレンと買い物をして帰る約束をしている。
すぐ横の窓から外を眺めると、もうすっかり冬、って感じで、強い風が葉もついていない木々を揺らすのがみえた。外、寒そうだなあ。
「リン、」
忘れ物がないか確認して立ち上がり、カバンを肩にかけたところで呼び止められた。顔をあげるとクラスメイトがちょうど部活に行くところみたいだった。
「ん、これから部活?お疲れ」
「ああ、サンキュ。靴箱んとこで弟が待ってたぜ。あれお前を待ってんだろ?」
「うん、いつも一緒に帰るから」
「あのさあ、双子ってみんなお前らみたいな感じなの?」
「はあ?知らないよ、よその双子のことなんか」
意味がわからなくて問い返す。わざとらしく腕時計で時間を確認した。こうしてる間にもレンを待たせてる。意味のない立ち話はしたくない。けれど彼の言葉はわたしを立ち止まらせるには十分過ぎた。
「お前ら見てると、世界に他の人間なんていないって思ってるみたいだ。さっきも弟にすげー睨まれたしよ…」
「あー…うん、それは…」
「まーそれはいいけど、それじゃお前カレシもできねんじゃねーの」
「それは余計なお世話だよ」
でも、まあありがと。軽く挨拶をしてからそのまま逃げるように教室を出た。わかってた、いつか誰かに聞かれるってことは。たぶん、見てみぬ振りをしてただけなんだ。
わたしにはわたしの、レンにはレンの世界がある。それぞれの生活も、知り合いもいる。共通の知人はわたしたちを一セットとして扱うけど、これからずっとそうだとは限らない。
生まれたときから一緒だった。いつも一緒にいて、一緒に大きくなった。わたしにとってレンは、別の個人じゃない、自分の半身なんだ。たぶんレンにとってもそう。だけど他人から見たらわたしたちは別々のものなんだろう。今日言われたみたいに。
昇降口へと続く階段を降りる直前で足を止める。急に不安になった。
いつまで一緒にいられる?いつまでこうしてお互いを自分のことのように想い合えるんだろう。いったい、いつまで、
「リン!」
強い声に、はっと我に返った。声がした方、階段の下を見下ろすと、しびれをきらしたのかレンが立ってこっちを見上げてた。レンが名前を呼び捨てにするのはわたしだけだ。おなじように下校途中の同級生たちが驚いたようにその様子を見つめて通り過ぎた。
「あ…、ゴメン、遅くなって」
ぱたぱたと急ぎ足で階段を駆け下りる。あぶなっかしいものでも見るように、レンは階段下に小走りで移動してすぐにわたしの手を取った。
「急ぐと転ぶよ」
「だ、だーいじょーぶですっ!」
「どうかな…」
「な、なにその目!しつれいでしょ!」
意味ありげな視線を向けただけで、レンはすぐに先を歩いていってしまう。慌ててそれを追った。
そのときのわたしはもう、さっきまで悩んでいたことなんてとっくに忘れてしまってたんだ。
*
「はーー、買った買った!」
「買い物しすぎだよ…」
「いいのいいの!買い物でストレス発散してるんだもん!」
「ストレス?あるの?」
「うっ…、あ、あるよ!」
「例えば?」
「………数学のテストの点数がアレだとか…」
「ごめん。聞いた俺が馬鹿だった」
「ばか!謝らないでよ!かえってむなしくなるでしょ!」
ひとしきり買い物をすると、外はすっかり暗くなっていた。寒くなったから日が落ちるのも早い。
いつもは自転車の二人乗りで通学してるけど、今日は買い物にいくことが決まってたから帰りも徒歩だ。バスでもいいよ、というレンに、寒くて星がきれいだから歩こうといったら、寒いのに、とちょっと文句を言いながらも結局は承諾してくれた。
「…そういえばリン、なんか悩んでたんじゃないの」
「へ?」
少し歩いて人通りもなくなってきた頃、おもむろにレンが口をひらく。はあ、と白い息が空気に散った。
「数学のストレスじゃなくて。…なんか帰る時、いつもと違った」
生まれたときから一緒にいるわたしたちは、たぶん自分自身のことよりも、相手のことのほうに敏感に反応するようにできてる生き物なんじゃないかって気がする。レンがなにか考えているときはわたしが気づく。特にこの子は口数がすくないから、わたしが代わりにしゃべるくらいでバランスを取る。逆もそう。おしゃべりなわたしが口に出せないでいる、そういう絶妙のタイミングで。
「……あの、さ。わたしたちずっと、一緒じゃいられないのかな…」
わたしたちは双子で、誰よりも近くて、でも男と女で、ちがう生き物だ。わかってたのに、わかりたくなかった。大人になるにつれて顕著になっていくそれに蓋をして気づかないように目を逸らしていただけ。
ずっとこのままではいられない。それでもこのままでいたい。一秒でも長く。
泣き出しそうになって俯いたら、ふわっと耳元にあったかい感触が触れた。
「え…?」
「リン寒がりだから。俺は帽子似合うからずるいとか、いつも言うでしょ。だからそれ」
プレゼント、と、どうやらさっきわたしが買い物をしてる間に買ってくれたらしい耳あて。ふかふかであったかくて心地良くて、まるでレンみたいだった。
ばか、こんなふうにやさしくされたら、ますます立ち止まれない。
「あり…がと…」
「リンはさぁ、明るくてさっぱりしてるくせに、悩み始めたらとことん悩むから。だからある程度答えが出るまで、口出さないでいようと思った。けど、これに関しては俺も引く気はないんで」
「…は…?」
「なんで離れようとしてんの。そんなの悩むことじゃないよ。俺たちが一緒にいるのが『普通』。そうだろ」
はい、と差し出される左腕。わたしが寒い寒い言うと、レンはいつもそうやって腕を組ませてくれた。わたしたちにはおなじ血と体温がながれてる。だからきっとあったかいよって、小さいころわたしが寒がるといつもくっついてた。それと同じように。
ああ、なにもかわってなんかいない。わたしはレンと、いっしょにいていいんだ。
「……あったかい」
ぎゅう、と左腕に抱きつくと、レンはちょっと照れたみたいに顔を逸らした。そして、
「…おなじ血が流れてるからな」
吹きつける風は相変わらずどうしようもなく冷たくて、わたしはいつ冬をキライになってもおかしくなかった。でも、寒い寒いと文句を言いながらも、一番好きな季節をきかれて冬と答えるのは、たぶん、
こうしてレンとくっついていられるからなのかな。
安心する体温をすぐそばに感じながら、一瞬だけ目をとじた。
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