午後。
「ミクさん」
リンちゃんの家を訪問すると、珍しくリンちゃんが出迎えてくれました。
「もう来てくれないかと思った」
なんだかしょんぼりしています。
「どうしたの?」
ミクさんが訪ねると、リンちゃんは頭を下げます。
「ごめんなさい。あたし、ミクさんに酷い事言っちゃった」
「酷い事?」
そんな事あったかな? と首をかしげるミクさん。
「だってミクさんは、初音ミクなんでしょ? なのに、あたし自分の事ばっかりで、何もわかってないみたいに」
「リンちゃん……」
自分が自分として許されて、当たり前に歌える場所があるというのは
すっごく奇跡的な事です。
評価の悩みはその更に上、担保にされていない先にあるものでした。
(だから、せっかくその立場があるリンちゃんには楽しさを知って欲しいと思って……でも、追いつめてしまったかもしれない)
「私こそ、変な事を言ってごめんなさい。リンちゃんは気にしなくていいんだよ」
「そ、そう? あのね。歌、あれから練習したんだ。やっぱり頑張ってみようって」
「リンちゃん……」
楽譜の入ったクリアファイルを持って、リンちゃんは明るく笑います。
「カラオケ行こう!」
それからと言うもの、リンちゃんはリハビリにも真面目に取り組んでくれるようになって、ミクさんはほっと胸をなでおろしました。
だんだん元気になっていくリンちゃんに、ミクさんも元気をもらっています。
「よしっ。私も、頑張らなきゃ」
仕事を終え、訪問先のドアを閉め歩道を歩いていると、レン君に出会いました。
「あ、お疲れ様です」
「レン君!」
二人で話をしながら歩きます。
「あのね、リンちゃん、今日も頑張ってたよ」
「そうなんですか。良かった。あのですね、実は――」
会社がどうなっていくのかは、まだ分かりません。
自分達がどうなっていくのか。
それでも、他の誰でも無い自分が居て……誰かに届く日を待っている。
「おい! 初音ミク!」
横断歩道の途中で、重音テトに出会いました。
「あ、テトさん! こんにちは!」
「聞いて驚け」
「えぇぇえええ!!!!」
「はえーよ」
ツッコんだ後、こほん、と咳払いしてテトさんは言います。
「実はだな」
ちょっと恥ずかしそうに、スマイルの描かれたシャツを着たテトさんは、微笑みを向けます。
「あれから、その。僕は僕として売っていく方がいいって事になって……その、君の真似じゃない、
重音テトとして」
ごそごそと、スカートのポケットを探り、やがて此方に付き出すようにしてと見せられたのは一枚の紙。
「☆4月1日――嘘から生まれた、真っ赤な歌姫。 重音テト(31)☆」
というあまりにも潔いポスターでした。
大写しになっているテトの童顔もあってかギャグのようにすら見える(31)がいい味を出しています。
「おぉーすごい!」
ミクさんとレン君が拍手していると、テトさんは誇らしげに頷きます。
「そうだろう、そうだろう。実は既に大きな話題になっている。今度ライブをする予定なんだ」
それから、少し頬を染めて言いました。
「その、いろいろ、すまなかった」
「テトさん……」
「っ、だからよかったら、4月1日。来てくれても、いいんだからね!」
颯爽と走っていく重音テトの背中を見つめ、ミクさんは微笑みます。
(良かった……)
「で、ミクさんはどうするんですか?」
レン君が改めて訊ねたので、ミクさんは頷きました。
「行こうかな」
「そっちじゃなくて」
信号が青になり、歩道を渡りながらレン君は言います。
「初音ミクさん」
目の前のビルのモニターに、初音ミクが映っています。
「決まってるでしょ」
ミクさんはレン君の手を繋ぎ満面の笑みを浮かべました。
「一緒に歌おう!」
(fin)
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