9.悲劇の地にて
「着いたよ。本当に大丈夫かい?」
すでに村のほとりまで来ていた車内でトラボルタは心配そうに尋ねた。
「はい、もう落ち着いてますから、大丈夫です」
健気にも少女はそう答えた。
もうあれから何日も経ったはずなのに、村の様子はあの時と何一つ変わってない。
壊れた建物、崩れた瓦礫、ただ火はもう消えてはいるが。
この光景を見たのは二度目だが、慣れるものではない。
シンデレラの心は言葉では言い表せない感情であふれていた。
「みなをとにかく墓に葬ってあげよう。ね いいね?」
トラボルタは少女の肩をポンッと優しくたたき、そう提案した。
「はい……そうですね」
村人はそう多くはいなかったが、二人では簡素ながら墓を掘るのは結構大変な作業であった。
日が暮れる頃、ようやくほとんどの村人が安らかな眠りについた。
しかし、無意識的にシンデレラはある場所を避けていた。
「後はこっちだけか……」
トラボルタが村の中で唯一行ってない所へと向かいだした。
「あっ う うん……」
シンデレラは少し離れてゆっくりと後をついて行った。
その場所には小さな家とその前には二人――
「これはひどいな。いったい何が?」
トラボルタがそう言いながら後ろを振り向く。
少女は下をうつむいている。
「どうし……」
言いかけてトラボルタは口をつぐむ。
シンデレラはゆっくりと女性の方へ近づいていく。
「お母さん……」
そっと、冷たくなった手をとり、少女は大粒の涙を落とす。
「ご ごめんね わたし ロミオを 助けられなかった。あの子の心を 救えなかった。
お母さん おかあさん……」
その後ろで、青年はただそれを見つめることしかできなかった。
全ての村人を丁重に葬ったあと、少女と青年はたくさんの墓の前で送り火を焚いていた。
「あの、いいかな?」
あれから無言であった二人の間に久しぶりにトラボルタの声が響いた。
「うん」
シンデレラは言葉すくなに答えた。
「君のお母さんのことなんだけど いいかな?」
再び念を押すように少女に聞き返した。
「……うん」
「これはまあ、医者として傷口を見て気付いたことなんだけど、
君のお母さんはどうやら正面から致命傷を受けたらしいんだ」
シンデレラはトラボルタの真意が理解できずにいる。
「つまりだ、普通は敵に襲われた時は背後からの致命傷になるはずなんだ。
相手と自分の力量差が明らかな場合はなおさらだ。慌てて後ろを向いて逃げるだろう?」
トラボルタは自分の両手を使って細やかに説明している。
「そもそも、君の話を聞いた時から少し疑問に思っていた。
――なぜこの兵士だけ一人でこの村に残っていたのか?
すでに君たちが駆けつけた時には敵国の集団は遥か先に行っていたというのに」
青年は名探偵ばりに名推理を展開していく。
「ここに来て、傷ついた異国の兵士を見てやっとわかったよ」
かたわらで少女は真剣に耳を傾けている。
「彼の致命傷は君の弟さんがつけたと思われる腹部の傷だ。
しかし、彼には他にも多くの傷があった。さらにそれにはすでに治療を施してあった」
シンデレラにはそれが意味することがいまだにわからなかった。
「これはあくまで私の予想でしかないが。君のお母さんは彼を介抱していたのではないかって。
つまり、君のお母さんは何かの理由で襲撃を免れたんだ。
君たちみたいにどこかに出かけてたのかもしれない。
そして、村の中で倒れているこの兵士を見つけた。
もちろん、彼女には彼がこの惨劇の原因の一端を担っていることはわかってただろうね。
でも、彼女は目の前の消えゆく命を救う道を選択した」
少女は言いたいことの真意をようやく理解した。
母親は優しい人だった。誰よりも。それは娘である彼女が一番良くわかっていた。
「しかし、不幸なことに治療中に彼は目を覚ましてしまった。
おそらく自分の状況が理解できずにパニックになったんだろう。
勘違いした彼は身を守ろうと、とっさに……」
そうである、そこに誰一人として悪人など存在していなかった。
敵国の兵士を介抱した母親はもちろんのこと。
その兵士もいわば自分の身を守るためにとった行動。
さらにいえば、襲撃も戦争の一部であり、彼らも命令に従っているにすぎなかった。
不安・疑心・憎しみは大きな渦となって、この国を包み込み、
戦争の火種、原動力となっていく。
終わらない螺旋……みんなは大切な誰かを守りたいだけなのに。
そこにあるのは純粋な思いだけ。
少女はこの果てなく続く螺旋を抜ける答えを母親から教えてもらったような気がした。
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