「すすむー! こっちに投げてみろよ」
「はいよー」
俺の名前は箕田すすむ。高校生だ。
今は放課後。友達と帰り道、暇つぶしにキャッチボールをしていた。
今日の肩は調子が良い。
どれ、ちょっと本気出すか。
「本気出すぜ」
「あ、おい!」
俺は肩を勢いよく振って見せた。
ブンと風を切る音が耳に響き渡る。
そして、ミットに心地よい音が、
「あ」
避けやがった。
そのボールは勢いよく飛んで、林の奥へ行ってしまった。
――バリン、バリバリ
嫌な音がこちらにも響き渡った。
「あ、俺知らねえからな」
「あ、待ってくれ」
友達だろ。俺を置いていくなよ。
仕方ない。俺はボールを拾い、音の正体を確かめるために、林の奥へ進んだ。
小さな低木を掻き分けて進むと、そこには小さな祠があった。
その祠は、見事な惨状だった。中央の鏡とお賽銭箱が少し壊れている。
「あちゃー」
俺はボールを拾って、しばらく祠の前で立ちすくむ。
脳裏に浮かぶ、これから起こるであろう説教の数々。
「よし、見なかったことにしようか」
俺は踵を返して、帰ろうとしたころ、
「うわわわ、うわあああ」
そのままこけた。
「ばっかもーん!」
その怒声に俺はびくっと身体を震わして、祠に振り返った。
そこには、さっきまで誰も居なかったはずなのに、口ひげを長く生やした小人のようなおじいさんが浮いていた。
「ちゃんと反省せんかー!」
「あ、いや、あの」
これがいわば神様なんじゃないのか。
おじいさんは目の前をふわふわと飛び、俺に指を突きつけた。
「若造よ、よくも。はるばるここまでやってきたのに、よもやこんな仕打ちとは揺るせん。天罰じゃ。……若造よ、お主に呪いをかけた」
「ま、待ってくれ」
「言い訳はきかん。呪いは、お主が恋した相手を金の彫像にする呪いじゃ。しかと反省せよ!」
「あ」
おじいさん(神?)はそういうと、パッと消えてしまった。
俺はあたりを慌ててみるが、もう誰もいない。
なんだったんだ、今のは。
呪いってなんだよ。
恋した相手? そんなもんいねーよ。
おじいさん、俺の勝ちだな。
俺はこの方、恋したこともなければ、恋されたこともない。
独身貴族、最高だぜ。……最高だよね?
そんなしょぼい呪い、俺には関係ないことだ。
「おーい、おじいさあああん」
声を出して、さっきのおじいさんを呼び出そうとするが、さきほどのおじいさんは出てこない。
どうやらさっきの呪いで満足してしまったらしい。
それ以上求めるモノが無いのなら、俺はなにもする必要ないだろう。
俺は制服の埃を叩き落として、帰ることにした。
そのまま家へ帰ればよかったのだが、魔がさして、CDショップへ向かった。初音ミクやボカロCDを探しに、商店街を歩いていたときだ。
その時聞こえた歌声に、俺は衝撃が走った。
か、かわいい。
俺はその声の主を探すと、俺と同じくらいの年頃の女の子、ていうか、うちの高校の制服を着た女の子だ。その女の子は黄緑色の髪のショートで、あれ、たしかうちのクラスの子だった。
その女の子は誰も聞いてないのに、熱唱していて……。
俺はその歌声に聞き入り、しばらくボーっとしていた。
「あ」
その子は俺に気づいて、顔を真っ赤にした。
「本郷グミちゃんだっけ、素敵な歌だったよ」
俺は今なにを言っているんだ!?
口から口から、賞賛の言葉が出る出る。
「……地元でやるんじゃなかった。すすむ君、ちょっと付いてきて」
俺はグミちゃんに言われるままに、公園まで付いてきた。
あの、いつもは気にも留めてなかったあの子の変身を見て、ときめいている自分に俺は気づいていた。
やばい。可愛い。
俺たちは少し距離を開けて、ベンチに座った。
「歌、どうだった?」
俺は、今まで吐いたことすらない褒め言葉がすらすらと出て行く変化に驚いていた。
「ありがとう。すすむ君」
優しい沈黙に、俺たちは心臓をドキドキさせていた。
「あのね、すすむ君。ばれた勢いで言うのは変だけど」
「変じゃない俺からも言わせて欲しい」
「「好き」だ」
これが恋に落ちた瞬間だというのか。
ちくしょう、もっと早く知っておけばよかった。
でも、今こうしてグミちゃんに会えたのも、その恋を知らなかったおかげだ。
感謝しようぜ、神様に。
俺たちは息を呑んで、そして手を伸ばして握り合おうとして……。
――彼女は金の彫像と化した。
「は?」
俺が間の抜けた声を出しても、グミちゃんは何も反応を示さない。
それは金の彫像になっているからだ。
「はあああああああああ?」
って、これってもしかして!?
その時、俺たちの間に、小さなおじいさんがもくもくと現れた。
「はーっはっはっは。どうじゃ、これが天罰じゃ」
「てめえ」
俺は殴りかかろうとして、
――ビリビリビリビリ
「ぎゃああああ」
電気ショックでベンチに倒れこむ。
「いててててて」
「解除じゃ」
また、おじいさんの向こうでも光がきらめいて、グミちゃんが目を白黒させていた。
「どうじゃ若造。これが天罰じゃ」
「ちょっと、すすむ君。どういうこと?」
グミちゃんはむすっとした顔で言った。
「てか、あなた誰?」
「わしは神様じゃ」
「ちょっと答えになってない」
「ええいうるさい。今からおぬしにも説明したる」
「あ、待ってくれ」
グミちゃんにアホなエピソードを知られてしまう。
しかし、さっきの電撃のせいで身体がうまく動かせず、
「すすむ君、サイテー」
「うう」
泣きたい。
「どうしたら許してくれるんだ?」
「そんなもん、知らんわい。……楽しませてもらうぞ」
おじいさん神はそういって、ドヤ顔。
「さよならじゃ」
「待ってくれ」
おじいさん神は手を俺たちに振ったあと、消えた。
「「…………」」
先ほどとは打って変わって、奇妙な沈黙が訪れる。
「なあ、もう一回、やってみようか」
「うん」
手を近づけて触れる。すると、
――ピキッ
一瞬でグミちゃんは金の彫像になってしまった。
数分後、苛立ちを隠せないグミちゃんの顔が近づいて……。
「もう知らない」
軽く頬を叩かれた。
「また明日ね」
グミちゃんはそう言って、振り返らずに公園の外へ駆けて行った。
「こんなのありかよ」
俺は愚痴るしかなかった。
俺とグミちゃんは数ヶ月、付かず離れずの遠距離恋愛を重ねていった。
その後は神様も現れず、この呪いの解決の糸口を掴めぬまま時が過ぎていった。
そしてついに文化祭の日がやってきた。
この遠距離恋愛はじょじょに距離が遠くなってきたのを感じている。
そろそろなんとかしなくては、と考えていたころだった。
時間は文化祭前日の夜だった。
俺は明日もグミちゃんと微妙な距離感で終わることに絶望していた時だ。
「ふぉっふぉっふぉ、若造よ。元気にしておったか」
「ああ、なんだおじいさんか」
「なんじゃ、元気が無いのぉ」
「当たり前だろ。健全なスキンシップさえ出来ないじゃねえか」
「こんなことになったのも、自業自得じゃ」
「それは、そうだけど」
あれから、神社へ一人で行って、祠を直したりしたのだが、それでも呪いは解けなかった。
「ああ、高天原に出張へ行っていたからのお。すまんのぉ」
「怒る気力がわかない」
俺は机につっぷした。
「うーむ」
おじいさんがうなる声が頭上から聞こえてくる。
「そうじゃ! 試練をやろう」
「試練?」
「そうじゃ、その試練を見事クリアしたら、この呪いを解いてやろう」
「ほんとか!?」
俺はすぐさま顔を上げて、おじいさんに近づいた。
「まったく、性欲を持て余しよって」
おじいさんはそう言って、目の前をくるくる回ってから止まった。
「そうじゃ! こんな試練ならどうじゃ?」
*本郷グミに文化祭中に、歌ってもらうこと。
「それは、いいのだろうか」
グミちゃんはいまだに、隣町や別の街に行っては街頭で歌っている。
グミちゃんは、歌を隠している。
グミちゃんは、歌を歌えることを秘密にしたい。
それを暴くようなことをしろと?
「出来ないんならそれまでのことじゃ。縁ごと切らせてもらう」
「……わかった」
まずはグミちゃんに聞いてみるしかない。
俺とグミちゃんは微妙な距離感を保ったまま、登校をしていた。
付かず離れず、ああじれったい。
「……なあグミちゃん、文化祭では歌わないのか?」
「う、歌わないよ。わたしの歌なんて」
歌うこと自体は否定してない。
「部活に入らなかったのも?」
「……わたしの歌じゃだめだから」
グミちゃんはそう言って、沈んだ顔をする。
「でも俺グミちゃんの歌大好きだよ」
「だって、すすむ君は特別だもん」
グミちゃんはにっこり笑った。
特別なその笑顔、嬉しいけれど、今回歌ってもらわないと困る。
「なあ」
「いや」
きっぱりと断られてしまった。
「それよりも」
文化祭、どこから周ろうか。出店を手当たりしだいに言われて、俺はそれに釣られて答えて言った。
話を変えられてしまった。
そうだ。ならば考えがある。
俺たちはさまざまな出店を巡っていく。
十分なタイミングを見計らって、俺は言ってみた。
「ちょっと寄りたいところがある」
「なに、メイド喫茶?」
え、なに怖い。グミちゃんの笑顔が怖い。
「ち、ちがうよ。付いてきて」
俺はグミちゃんをバッグの紐越しに引っ張っていく。
そこは、教室での演劇。
俺とグミちゃんは一番手前の席を座った。
ちょっと演劇は素人くさいけれど(実際素人だし)、間に挟むミュージカルが素敵だった。
俺は座長に目配せする。
座長は頷いた。
……買収には、グミちゃんに怒られた写真集を渡した。後悔なんかしてない。
「大変です。緊急事態です。ここに、歌を歌える方はいらっしゃいませんか?」
座長は数十人の観客を見回し、グミちゃんに目を留めた。
「え、わたし」
グミちゃんは俺を見る。
能面の表情だった。
その時間は一瞬だったはずなのに、濃密な時間のように感じられた。
座長に指名されたグミちゃんは歌う。
その歌声の素晴らしさに、劇団員も観客も拍手をする。
グミちゃんは顔を真っ赤にして挨拶して、劇が終わった。
(合格じゃ。あとは好きにせい)
俺はグミちゃんにあごで「外に出ろ」といわれて、大人しく出ていって、
――パンッ
小気味よい音が、廊下に響き渡る。
「すすむ君、大嫌い!」
「待ってくれ! これには訳が」
俺はその手を掴めなかった。
もう呪いのせいではない。
深く知ることを怖がっているだけだった。
「はは、呪いのおかげでグミちゃんと仲良くなれたのかよ」
俺はいったいどうすれば良い?
そんなこと決まっている。
俺自身をグミちゃんにも知ってもらう必要がある。
俺は少し遅れてグミちゃんを追いかけた。
どこだ?
今まで二人で巡ってきた教室を開けて、確かめていく。
ここにもいない。
どこにもいない。
そうだ、屋上だ。
俺は階段を一気に駆け上って、扉を勢いよく開けた。
屋上には、黄緑色のショートの女の子が背を向けて立っていた。
「遅い遅い遅い遅い遅い遅い」
「ごめんごめんごめんごめんごめん」
屋上には俺たち二人だけ。
そこには、充満したエネルギーの沈黙が横たわっていた。
「聞いてくれ」
「なに?」
「俺はトマトが嫌いだ。大嫌いだ」
「いつも、サラダからトマトを抜き出して、捨てているのは俺だ」
「グミちゃんから貰った弁当のトマトを捨てたのは俺だ」
「トマトが、トマトがどうしても駄目なんだ」
「それで?」
グミちゃんは振り返った。
「これからはちょっとずつ食べる。だから、許してくれ」
俺は直立不動から頭を下げた。
「キャハハ。なにそれ」
頭上から、泣き笑い、そんな感じの声が聞こえる。
ポスッと頭をグミちゃんから抱きしめられた。
「もうどうでもいいよ、そんなこと」
暖かい。
だから俺も、
「キャッ……あれ?」
「まったく、あのおじいさんには困っちまうぜ」
「すすむ。やったね」
「ああ」
俺とグミちゃんはにっこり笑いあう。
そしてそのまま
――キンコーンカンコーン
どうやらおじいさんの神様はスキンシップは許しても、より大きな神様はそれ以上の接触は許してくれないらしかった。
仕方ない。
「グミちゃん、さっきいろいろな教室を覗いて、面白そうなお店を見つけたんだ」
「どんなどんな?」
「えーとだな……」
俺とグミちゃんは腕を組む。
これはゴールじゃない。恋人の始まり。スタートだ。
他の人から見たら、「あほらしい」恋の障害になるけど、これが俺たちの大切な思い出となる。
始まる前からこんな数奇な困難に出会うなんておかしいけれど。
でも俺たちにとっては大切な時間。一生大事にしようと思う。 END
GUMI『その手で触らないでよ!』
ほんとはもっと書き込みたいところだけど、力が足りない書けない。
今のところ、4000~8000字あたりが安定するようだ。成長したい。
今回の物語は、ラブコメの原型的なものを目指して書いてみました。
もうちょっと掘り下げられれば良いのですが・・・。まあ仕方ない。話の展開がダイジェストに近いかも。
遅くなりましたが閲覧ありがとうございます。
グミちゃんの歌では、『はちみつハニー/蝶々P』『サンセットラブスーサイド/マチゲリータ』『メモリエラ/yuukiss』が特に好きになりました。あと、『リアル初音ミクの消失/cosMo@暴走P』も好きですね。
次回は雪ミクちゃんの予定です。さらにその次は初音ミクちゃんか弦巻マキちゃんか琴葉茜ちゃんか琴葉葵ちゃんの予定です。(そろそろニコニコ視聴も検討中)
春になる前に、雪ミクちゃんの活躍を書きたい!
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教えてくれよ
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鈴宮ももこ
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