私たちが高校を卒業した年の冬と春の間のまだ肌寒い季節。
海斗が京都の大学に受かったので、この春から京都に一人暮らしを始める事になった。
今日はそのお見送りなんだけど、駅まで来たのは私だけだった。
友達は今日来れない人もいるから前日にお別れパーティをして、それでおしまいにしようって話になってたし、家族は家の前で別れて、私だけ付いていくように言われたから私だけが駅まで来ていた。



泣かないと決めていたのに泣いてしまった私の唇と重なる暖かな唇。見計らったように電車のベルは出発の合図を鳴らす。私の初恋はまるでドラマのような恋だった。





思い出すは今冬の出来事。



私は海斗とクリスマスプレゼントを買いに、２人で街まで出掛けていた。

「ねぇねぇ！　このくまのぬいぐるみ可愛いよ！」

私はガラス越しに見えるテディベアを指さして海斗に言った。

「それが欲しいのはお前だろ。今日はおばさんとおじさんにプレゼント買うからって来たんじゃないのか？」

海斗はすぐに目移りする私を呆れた顔で見ていた。
それでもどこか優しく感じるのは幼馴染だからなのかもしれない。

「だってぇ…。可愛いんだもん。」

そう言って頬を膨らまし拗ねている私の頭に海斗が手を乗せた。

「拗ねんなよ。あとで俺が買ってやるから、今は目的のプレゼントを探そうぜ。」

「買ってくれるのなら」って思ってしまった私はきっと甘いのだろう。
それでも"海斗からのプレゼント"が嬉しかった。

それから私たちはアクセサリー、洋服、雑貨などいろんなお店を見ていた。
だけど、これといって買いたい物も見つからず、とっくに日は沈み夜が来ていた。

「いいのないね…。」

歩き疲れた足でとぼとぼと歩きながらそう言った。

「未来は自分が欲いものばっか見てたからな。」

海斗は呆れたように言ったが、結局こうなる事を予想していたようにも思えた。

「可愛いものがいっぱいあったから、つい。」

私はえへへと笑ってごまかした。
街頭とお店と月の明かりだけの暗い街はとても寒く感じ、手袋を忘れた私は手に白い息を吐いて、両手をこすった。

「あ、未来、顔上げてみろ。」

急に止まった海斗にぶつかりそうになりながらも、顔を上げて海斗の視線の先を見た。
すると街の時計台の針は６時ちょうどを示しており、どこか懐かしいメロディが流れ始めた。
それと同時に、一斉に街路樹のライトが付き、魔法にかかったかのようなイルミネーションが目の前に現れた。
駅までの道の街路樹がイルミネーションのトンネルを作ってくれてるようだった。
暗かった街は一気に明るくなり夜を教えてくれた。

「うわぁ…。」

余りにも綺麗で声が思うように出なかった。
クリスマスにはまだ数日あるにも関わらず、街はカップルだらけだった。
だけどそんな事がどうでもよくなった。

「海…斗、これ…知ってた、の…？」

私は思うように出てくれない声を頑張って出し、海斗に聞いてみた。

「あぁ。ここの事は有名だしな。近くまで来たしついでにと思って。」

ここが有名なのはイルミネーションが綺麗ってだけじゃなく、クリスマスの日に点灯した瞬間を一緒に見た男女が、永遠に結ばれるというジンクスがあるから。
そんなジンクスを信じてるわけじゃないけど、信じてみたい気持ちもあった。
「好き」って言葉を言うのは簡単なはずなのに、どうして言えないんだろう。

「ん？　未来、どうかした？」

そう言われて顔を上げると海斗が心配そうにして顔を覗き込んできた。

「え、何でもないよ！」

急に声をかけられて少しびっくりした。
海斗に声をかけられた事によって「好き」って気持ちを押さえつけてしまった。
まだ時間あるし、言わなくてもいいよね？

「何泣きそうな顔してんだよ。」

「してないもん！　　まだぬいぐるみ買ってもらってないし、行こ！」

私は涙を堪えて話を逸らし、海斗の返事を聞く前にぬいぐるみが置いてあったお店へ向かおうと歩みを進めた。
この関係が崩れるくらいなら言わなくてもいい。
だからもう泣いたりしないよ。

「未来、はぐれるから待てって！」

人ごみの中、歩みを止めなかった私の腕を海斗が掴んだ。
その瞬間、私たちの目の前には雪がふわりと舞い降りてきた。

「「雪…？」」

私と海斗は珍しく声が重なった。
雪を触ろうとして海斗に掴まれてない方の手を出した。
雪は手に触れたら儚く溶けて消えてしまった。

雪が降ってきた事で、寒さが増した気がした。
海斗は掴んでいた手を離して、自分のコートに手を入れた。
掴まれていた部分が寂しさを増させるかのように温もりが冷たさに変わっていく。

「何ぼーっとしてんだ？　置いてくぞ。」

先に歩いていた海斗が止まっていた私に気付いて、後ろを振り向きそう言った。

「あ、うん、待って。」

海斗に言われて我に返った私は小走りで海斗に寄り、街路樹のトンネルを駅とは反対方向に歩いていった。

私達と同じくらいの歳のカップルが寄り添って、楽しそうにしてお店から出てきた。

「見て見て！　ほら初雪！」

外に出てすぐに彼女がそう言った。
私はずっと願っていた。海斗とあんな風になりたいと。
羨ましそうな目で見ていると、肩にポンッと手を置かれた。
その手は感じ慣れている海斗の暖かい手だった。
手の置かれた方、つまり私の右側に振り返ってみると、海斗がどこか悲しそうな目で私を見ていた。

「未来は彼氏、欲しいのか？」

海斗が急にそんな事を言ってきたので、動揺してしまった。

「な、なんでそんな事を聞くの？」

目を泳がせながらそう言うと

「あのカップルを羨ましそうに見てたから、なんとなく。」

とカップルを顎で指し、適当に答えられた。
海斗が指したカップルは私の見ていたカップルで、もう一度見ると彼女が彼氏にマフラーを巻いていた。
そこで、私は一生懸命作った手編みのマフラーの事を思い出した。
来年は一緒にクリスマスを過ごせないかもしれないから、今年は手作りのものを渡したくて、ベタだけどマフラーを作ってみた。
そのマフラーを鞄の中に入れてきたけど、海斗に渡す勇気が出なかった。

「もしも私が海斗に告白したらどうする？」

海斗の方を見てちょっと真剣に私は聞いてみた。
海斗は急な展開できょとんとしたみたいだけど、ふっと鼻で笑った。

「俺は未来とのこの関係が壊れて今までの事が思い出に変わるなら、付き合わないと思う。俺らはこのままでいいと思うんだ。」

海斗はそう言った。
私が海斗に告白しない理由と少し似ていた。

「この関係が壊れたらもう花火大会もクリスマスパーティもできなくなるだろ？　全部思い出になるならこのままで構わない。」

海斗はそう続けて言った。
それは私と海斗が付き合う事はない、だけどこの位置は絶対にある。
私もこの関係が壊れるならこのままで構わない。
ねぇ海斗、ねぇ未来(私)、それは本当なの？
じゃあこの胸の痛みは何なんだろう…。



家から駅まではずっと二人で思い出話をしていた。
幼稚園の時に私が男の子を泣かせた話や海斗が一番モテていた時の話。
転校していった子の話や先生の話など幼稚園から高校までの話を思い出せる全ての事を話した。

いつか離れる時が来る事をわかっていたのに、地元の大学に行かない事もわかってたのに、それなのにどうしてもうすぐ電車が来る事に苦しめられてるんだろう。

海斗と付き合いたい。繋がっていたい。
どれだけ願ったんだろう。
あの日、人ごみの中で私の手を掴んでいた手はなく、私のこの手は空っぽだった。
ねぇ海斗、サヨナラってこういう事なの？

「ありがとう。」

海斗が駅のホームでそう言った。

「うん？」

返事はしたものの、ありがとうの意味がわからなかったから、語尾が上がってしまった。

「今まで、ありがとう。」

海斗は笑顔でそう言った。
たぶん、一緒にいた期間すべてを今までって言ってるんだろうと思った。

「こちらこそ、ありがとう。」

私も海斗に負けないくらいの笑顔で言った。
何度辛い事や悲しい事を隠そうとして笑顔を作ったんだろう。

海斗が乗る電車が来た。
電車に乗った事によって海斗はいつもより少し背が高く見えた。
もう一度「ありがとう」と言って海斗は握手をするように手を出したので私はその手を取って握手をした。
それは海斗が遠くへ行く事を強く認識させた。
海斗はもう行かなくちゃいけない。
わかってる、わかってるけど辛いよ、苦しいよ…。
海斗が優しい事、知ってるから私から突き放さなきゃ突き放してくれない。
だから…

「……この手を離してよ。」

俯きながら小さくそう言った。

「何か言ったか？」

海斗は聞き取れなかったみたいで、聞き返してきた。

「海斗に出会えてよかった。」

涙を堪えながら満面の笑みを作ってそう言った。
この辛さ、悲しさ、寂しさがやっぱり私は海斗が好きなんだと思いしらされる。
あの日と一緒で、やっぱり意気地のない私は「好き」って一言が言えない。
だけどあの日はまだ時間があると思ってたから、先延ばしにしていただけ。
海斗はもうすぐ行ってしまうからこれを逃したらきっともう気持ちを伝える事なんてできない。
お願い、今だけでいいから私に勇気をください。

「あ、あのね――」

私がそう言いかけると、握手をしていた手を離し、その手を私の頬に添え海斗との距離はゼロになった。

最初は何をされたのかわからなかったけど、感じた事のない暖かなものが唇と重なりあってキスをされたのだとわかった。

今までずっと泣く事を我慢してきた。
今だけは泣いてもいいよね？
ねぇ海斗、もう言葉なんていらないよね？　好きだなんて言わないよ？
このまま時間が止まればいいのに…。
お願い、ぎゅっと抱きしめて、もう離れられないくらいに。

だけど時間は私のお願いを聞いてはくれなかった。
見計らったかのように発車のベルが鳴り、私たちを引き離した。

「あ、じゃあ行ってきます。」

離れた海斗は我に返っってそう言った。
私の唇はどこか寂しそうだった。

「いってらっしゃい。元気でね。」

私は涙をぬぐってそう言った。

「泣くなよ。着いたらメールする。」

私の涙をぬぐいながら海斗はそう言った。

「うん。ありがとう。」

私がそう言うとドアが閉まった。

「もうサヨナラなんて言わないよ。」

ドアが閉まってから聞こえないとわかっていたから私はそう言った。
首をかしげながら海斗が手を振ったので私は笑顔で手を振った。
電車は動き始め、私は見えなくなるまで手を振って海斗を見送った。



来年の今頃にはどんな私がいて、どんな海斗がいるのかな。
私たちは別に付き合ってるわけじゃなく、ただの幼馴染。
それは来年も続いているのかな。
私はこの一年を楽しめそうな気がした。
もちろん根拠なんてどこにもないけど。


ありがとう、またね。