Exile66.6 ~early days~


【1】


 北の王国は誇り高き騎士の国。

 古えの騎士王より受け継いだ御旗のもと、永きにわたり平和と繁栄を享受しておりました。

 ある年の暮れ、暦もあと数日で終わろうかという年の瀬のことです。聖夜祭の余韻も冷めやらぬ城下町に、この年、もうひとつの吉報が民の心を沸かせておりました。
 国王陛下に第二王女のご生誕! 人々は街や家を飾り、菓子を焼いて、それぞれに祝意を表します。長く厳しいこの国の冬、娯楽が少ない中の、聖夜祭から新年祭の数日間は誰もが心躍らせるひと時。そこに届いたご誕生の報せは、国中をあげて、一足飛びに春をいざなうかのようでありました。
 そんな喧噪もひと時の眠りに落ちた夜半、人気のない裏路地で、偶然の、あるいは運命の出逢いがありました。
人目につかぬようにか、あるいは誰かに見つけてもらうことを願ってか、ぽつりと置かれた籠の中に、赤子がひとり悲しげな声を上げて泣いているではありませんか。
「おお、なんということだ」
 人気のない石畳に、たまたま通りがかった人物がおります。ランプを掲げ、赤子の籠を照らし出したのは白髪の騎士でした。
「なぜこのような場所に赤子が……」
 寒風の中、このまま置き去りにすることなどできるはずもなく、騎士は自らの外套に赤子をくるみ、自宅へと連れ帰ることにしました。元気な泣き声からは、置き去りにされてからそう時間は経っていない様子です。
 自邸まではそう遠い距離ではありません。
 足早に帰宅し、妻や使用人とともに屋敷に迎え入れ、湯を浴みミルクを与えると、赤子はすやすやと寝息を立てはじめました。まだ生まれたばかりの、男の子の赤子です。
「さて、どうしたものか……」
 老騎士は思案に暮れました。夫婦は子に恵まれずにおり、成り行きとはいえ、赤子を預かることなど、青天の霹靂にも等しいことに感じます。幸いにも、使用人たちには子育てに慣れた者もあり、また住まう家にも不自由はありません。若くから王宮に仕え、地道に日々の研鑽を積み重ね拝命した騎士団長の職も早や幾年。近々後進に道を譲ることを決めたこの老騎士に、降ってわいた難問でした。
 ひと月ほどの間、老騎士は医者や助産所、役所や教会を尋ね歩き、生まれたばかりのみなし児の、親探しに明け暮れました。しかし、どこに訊いても首を縦に振るものはありません。
 やがて意を決した老騎士夫妻は、その子を養子として迎え入れることにしたのです。国王に許しを得、制式の手続きを経て男の子は騎士団長夫妻の養子となりました。孫ほど年の離れた息子の誕生ですが、周りの者はおおむね快く迎えてくれました。特に国王はいたく喜び、
「娘と同い年か、良いだろう、いつでも連れてくるのだぞ。遊び相手になってやってくれ」
 と、騎士団長を辞したばかりの老人に、今度は子守か教育係かとも取れる、冗談めかした歓迎を向けたのでした。

 それから数年の間は老騎士夫婦と男の子の平穏な日常が続きます。養父からは剣術と学問を、養母からは惜しみない愛情と、騎士の子としての矜持を学びました。また、幼いうちから時折、父子で登城しては国王のすすめ通りに第二王女のお相手を仰せつかり、交友を結んでゆくようになりました。どちらかというと物静かな彼が、活発な王女様に振り回されて騒動を巻き起こす、そんな場面が幾度となく繰り返されていました。

 しかし、幸せな時間は儚くも過ぎ去ってしまうもの。少年が11歳のとき、相次いで両親が他界することとなります。老騎士夫婦は、彼を迎えたときからすでに、別れは早いものと意を固め、日々の生業を送っておりました。容姿はまだ幼い子供であっても、この時すでにどこか騎士の風格をのぞかせるような、しっかり者に成長しておりました。それでも、両親との別れの際には、声をあげて泣くことを憚らなかったといいます。
 その後少年は、父の甥(縁としては従兄弟にあたりますが、親子ほども年が離れていることもあり、おじ殿と呼んで慕っておりました)の後見を受けることとなります。おじ殿は、やはり父と同じく騎士として王宮に仕える者でした。剣の腕はもちろん、聡明で機知に富み、国王の信任も厚く、歴代最年少で副騎士団長に任ぜられた、ひとかどの人物。ちょっとだけ、お酒が高じると悪い癖がのぞくことがありましたが、少々の玉に疵は誰しもあるもの。頼りがいのある年長者として、少年の支えになってほしいと、それは世を去る父からの心からの願いだと、皆が感じていることでありました。少年はおじ殿のもとで、今まで以上に勉学に、剣術の稽古に励むようになります。

そしてさらに3年の月日が流れます。

 彼には、ひとつの目的がありました。
 この国では14の歳から騎士見習いとして仕官することができます。14歳の誕生日を迎え、年を越してすぐに、彼は迷わずに養父と同じ道を選びました。同じ年頃の少年たちの中でも、彼はどちらかというとちびでやせっぽちの方でした。しかしそれでも、幼い頃から剣の手ほどきを受けたのは当代一と謳われた達人の養父です。同期の者たちや、時にはふたつみっつ年上の者たちと手合わせをしても、遅れをとることは滅多にありませんでした。
 時には、元騎士団長の息子だと、やっかみの眼差しを向ける者もおりました。
 しかし、彼自身の出自は当人も世人にもつまびらかにしております。才覚は本人の努力あってこそ。剣の技量、真面目で誠実な人柄、それでいてどこか憎めない愛嬌も持ち合わせ。何よりも真摯で高潔な騎士たらんとするその振る舞いに、たちまち周囲の耳目を集める存在となってゆきます。

 騎士見習いとして半年ほど経ったのち、彼は副騎士団長から直々の呼び出しを受けました。
「久しいな。ずいぶんと逞しくなったじゃないか」
 確かに、多忙なおじ殿と見えるのは数カ月ぶりのことです。少年自身も、入団と同時に兵舎に入り、同期たちと寝起きを共にしていますからおじ殿の家に帰ることもありません。
 おじ殿も……と言いかけて、あわてて副団長殿、と言い直した少年に笑って彼は応え、しばらく談笑した後、にわかに真剣な面持ちに切り替わりました。
「実はだな……」
 切り出す機会を見計らっていたのか、副団長はおもむろに話はじめました。
 その話をかいつまんで言うならば、こういうことになります。

・この国にもう一人いる、騎士団の副団長が汚職に手を染めているらしい。
・騎士見習いの修養の一環に、従者としてその身辺に近づき、証拠を探れ。
・半月ほど、自分が公務で城下を離れている間に、秘密裏に実行せよ。

 内偵、密偵、といった言葉が少年の頭をよぎりました。何年か前に、少年少女向けに書かれた冒険小説でそうした内容のものを読んだ覚えがありますが、まさか今、自分がその当事者になろうとは、ゆめゆめ思いもしないことでした。
 副団長は、無言で、しかし確かな圧力を持って少年に語っておりました。これは上官命令である、頼んだぞ、と。
「了解いたしました」
 少年は、短剣を胸の前にかざし(見習いなので、まだ長剣を帯びる許しが得られていないのです)震えそうになる両膝をぐっと寄せて、直立不動、敬礼の構えを取りました。
「詳細は追って伝える。文書は適切に処分し、記録は残さぬこと」
 命を受け、副団長の執務室を後にすると、少年は大きく息を吐きこれから訪れるであろう何事かの予感に、畏れとも武者震いともつかない奇妙な感覚を覚えたのでした。

 数日後、その日がやってきました。従者として他方の副騎士団長のもとに仕え、よからぬ動きがあればそれを探る……自分に課せられた使命の重大さに、少年は否が応にも緊張の糸が張り詰めるのを感じていました。
 しかし、予想とは打って変わってそれから半月の間は平穏な日々が続きました。些細なことにも注意を払い、耳をそばだて、何か異変はないかと腐心しておりました。それでも、告げられていたような醜聞の兆しは何ら見当たらず、こちらの副団長もまた気さくな人柄であり、騎士の鑑といった人物であり、ならばこそ従者の務めを全うしたいと願う少年の真面目な仕事ぶりはたいそう気に入られていきました。予定の期日が迫るには、むしろ不正を表す証拠が見つからなくて良かったと、どこか心の片隅でそう考えていたほどでした。

 やがて、帰着したおじ殿の副団長に一連の報告を済ませるため、少年は再びその執務室を訪れました。少年の報告を聞くと、
「そうか、彼奴めは尻尾を出さなんだか」
と、半ば期待通り、半ば予想はずれといった様子で椅子に深く身を沈めます。そして、その懐から一通の書簡を取り出し、少年にそれを手に取るよう促しました。
「情報はあるんだ。ただ証拠がない。つまりは証拠が出てくればいいわけだ」
 これは……私の独り言だがね、と彼は前置きをつけて言いました。
「執務室の机でも、寝室の引き出しでも。少し見つけにくいくらいの所のほうが良いだろう」
 少年はにわかに、動悸が高まるのを感じました。背筋に、冷や汗が流れます。
(副団長どのは何を仰られているんだ)
 少年に背を向けたまま、副団長は低い声で言いました。
「おまえは聡い。わかっているな。うまくやるんだぞ」

 執務机に無造作に投げ出された書簡を、少年はおそるおそる手に取りました。二人の他には誰もいない部屋のはずなのに、少年はあたりを見渡しながら、誰にも見られぬように懐にそれを仕舞い込みました。
「失……礼、いたし……ます」
 扉を閉めた少年の声には、明らかな動揺の色が広がっていました。
(自分は何をやっているんだ……?)
 それは恐怖、なのでしょうか。例えようのない感情が少年の心を苛んでゆきます。深夜の廊下に、リズムの乱れた足音が響き渡りました。そのまま兵舎の自分のベッドへと駆けこんだ少年は、夜が白みはじめるまで、声を押し殺してただ涙することしかできませんでした。

《続く》
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ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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Exile66.6 ~early days~ 【1】

2018.10.28 音系・メディアミックス同人即売会「M3-2018秋」にて頒布予定の物語音楽CD「Exile66.6」コラボ小説です。

原作・作曲/ILU
作詞・文/杉春
イラスト/あろえるじ

ブックレットのストーリーのロング版を初公開。
楽曲の前日譚であります。

【2】
https://piapro.jp/t/Cops
【3】
https://piapro.jp/t/2KL4

閲覧数:384

投稿日:2018/10/27 08:51:36

文字数:4,127文字

カテゴリ:小説

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