Exile66.6 ~early days~
【3】
その日の晩、日没の頃合いを待ち、少年は副騎士団長の執務室へと赴きました。昨晩に下された、彼の理不尽な命令に、自らの考えを伝え、行動をもって示すためです。ほどなく通された部屋の執務机の向こう側で、目的の人物は鋭い視線を少年に向けていました。
「どうした」
「副団長殿」
少年は件の書簡を持って言いました。
「これは、騎士のすることではありません」
じっと前を見据えて少年は言いました。
「そうか。わかった」
副団長の返事は、短く、冷淡でした。彼は椅子から立ち上がり、後ろを向いて少年から視線を外すと、さいごの一言を少年に向けました。
「残念だよ」
パチン。そう言って副団長が指を鳴らすと、たちまち数人の騎士たちが少年の周りを取り囲みました。
「この騎士見習いを引っ立てい。汚職の重要参考人として地下牢に収監せよ。おっと、抵抗してくれるなよ。公務執行妨害の余罪まではいらんだろう」
予想していないわけではありませんでした。ただ、何もせず悪事の片棒を担ぐことはできませんでした。もし、例の書簡を潜り込ませて、汚職事件の証拠をでっちあげたなら。よくやったと褒美を取らされて、今後は安泰な道が約束されるかもしれません。上手く立ち回って、相手側陣営に情報をもたらせば、また違った道が開けるかもしれません。ことをやり過ごせそうな手は、いくつか考えに浮かびました。
それでも少年は、おそらく一番愚かであろうと思う道を選びました。少年は、自分が一番正しいと思う道を選びました。
こんなことは、騎士のすることではありません。
こんなことは、騎士のあるべき姿でないと、きっぱりと告げたのです。
少年は、自らの意志を言葉と行動で表しました。
書簡を床に落とし、その後は、されるがままに両手に縄を受けました。
「ぼくは騎士だ」
誰にも聞こえぬ小さな声で、少年は自らに言いました。
少年は、自らに誓いました。
騎士として、自らに恥じぬ振る舞いを貫きました。
少年は身一つで牢に閉じ込められて、孤独の中に彼は夜を明かしました。前の晩もろくに眠られずにいたせいで、休むどころではない心と、疲れの溜まった体とがひどくちぐはぐに感じられました。冷たく固い石の床の上で、まどろみを何度か繰り返しているうちに早くも空が白み始めたようでした。
固パンと具のないスープの簡素すぎる朝食が配られると、どうやら少年と同じように投獄された者たちが何人もいることがわかりました。おじ殿は政敵を陥れるために、恐ろしく手早く、広くに手回しをしていたようでした。賄賂、買収、恐喝、詐欺……聞いた話のそこかしこに、胡乱な言葉が飛び交っていました。しかしそうした悪事が判ったとて、今の自分は囚われの身でしかなく、しばらくは成り行きに任せるしかないのもまた事実のようです。王宮はまるで伏魔殿だ……と語った王女の言葉が脳裏によぎりました。少年は、自らの発する言葉には万全の注意を払いながら、しばらくの間耳をそばだてていました。
数少ない情報をもとに、自分の置かれた状況を把握しようと考えを巡らせていた少年でしたが、そうした時間さえ与えられることなく間もなく看守が訪れました。
「沙汰を告げるぜ。囚人番号れ002番、お前には【氷の島】の収容所で3年間の強制労働だ」
おじ殿の手回しは、こちらも恐ろしく速いものでした。
他にも何人か、同じ収容所に向かわされる者がいるようです。見知った顔はありません。比較的、若い者や階級の高くない者たちが多いところを見ると、それでも刑罰が軽い部類であるようです。
さっさと出ろ、と看守は鞭を叩いて彼らを追い立てました。
「あっちは随分イイトコらしいなあ、行ったやつらの半分は帰って来ねェって話だ」
げへへへと、いやらしい笑い声をかけられて、少年と、数人の囚人たちは地下牢から連れ出されました。手枷と足枷で身の自由を奪われ、目隠しをされて荷馬車へと乗せられました。
街では遠くから夏至祭りの喧噪が聞こえてきます。城下の人々は、きっとまだ王宮での異変を知らないことでしょう。賑わいを背に、少年たちを乗せた馬車は王都を遠く後にしてゆきました。
血がにじむほど唇を噛み締め、少年は馬車に揺られていました。この半月と数日、何もかもあまりに目まぐるしく、悪い夢であってほしいと、我が身を呪うような思いでいました。しかしその反面、夢であってほしくないと願う自分も確かにいます。
帰って来られるのは半分――看守の言葉が脳裏によぎりました。
(生きろ。何があっても絶対に生き抜くんだ)
そしてもう一度あのひとに――
旅立ちと呼ぶにはあまりに悲壮な決意を秘めて、こうして少年の苦難の旅は始まりを告げたのでした。
そしてこれから3年後、運命の歯車は再び動き始めるのです――。
《Exile66.6に続く》
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