「…ええっと、安田教授、ここです」
「ふーん、中々良さそうな所だね」
翌日、雅彦は武本と西野にとあるレストランに案内されていた。ここは武本馴染みのレストランである。中に入ると、早速個室に案内された。早速用意されたメニューから、注文の品を頼む三人。
「…それで、僕をここに呼んでくれたのは、どう言う趣向かな?美味しいものを食べるのは好きだけど」
何気なしに言う雅彦。その言葉を聞いて、背筋を伸ばす二人。
「…ええっとですね、安田教授がミクさんと喧嘩したという話を聞きました。ですので、俺たちに何かできないかと考えまして…。いえ、確かに俺たちのやることは出すぎたことかもしれませんが…」
緊張した面持ちで話す武本。その言葉を聞いて、少し表情が硬くなる雅彦。
「…なぜ、僕がミクと喧嘩していることを知っているんだい?」
「以前、ミーティングの時に安田教授があまり話を聞かれていなかったことがあって、二人共何があったんだろうと思っていました。その後、武本先輩がワールドツアーの前にミクさんが定期メンテナンスに来られた時に、いつもは来られていることの多い安田教授が来られていないことに気がつかれました。その後、MEIKOさんとルカさんがメンテナンスに来られた時は、普通に対応されていましたので、何かあるのではないかと思うようになりました」
「俺たちが今回のことで確証を得たのはルカさんの定期メンテナンスのあと、ルカさんに安田教授とミクちゃ…、…ミクさんとの間に喧嘩があったことを聞いたからです。それで確証を得ましたので、俺たちで安田教授をレストランに招待して励まそうと考えました。それが今回レストランに招待した経緯です」
「…そうか」
雅彦は今回二人がレストランに招待してくれたこと、そして喧嘩のことを知った経緯については納得したようだ。
「あの、なぜミクさんと喧嘩されたんですか?」
「それは、西野君が論文作成で遅くなった日のことだ。その翌日はミクは仕事が早かったんだ。そういう日は、僕はいつもミクのパフォーマンスを考えてミクには早く寝るように言っているのさ。だけど僕はミクにもう何度もそういうことを言っていたのがミクが不満だったらしくてね、僕を起きて待っていたいと考えたみたいなんだ、それで僕が帰ってきた時にミクが起きていたのさ。それでちょっと口論になってね。その口論を今も引きずっているのさ」
「…安田教授、喧嘩の原因って僕ですか?その、すいません。何てお詫びをすれば良いか…」
「…良いよ、西野君が謝ることはない。僕だって学生時代はもちろん、今でも論文作成で帰りが遅くなること少ないけどある。学生でも珍しい話じゃない。だから、気にしなくて良いよ」
平謝りしようとする西野をたしなめる雅彦。そうしていると、注文したメニューが来た。
「逆に二人に聞きたいんだが、今回の件、僕とミクのどちらに責任があったと思うかい?」
雅彦から問われた二人は考え出した。何と言っても安田教授の前だ、軽はずみなことはいえない。
「俺はどちらか片方にだけ責任があるとは思いません。ミクさんに早く寝るように言った安田教授の判断は最もだと思いますし、ミクさんが安田教授を待っていたいと思ったのも、理屈はとにかく、あり得ることだと思ったからです」
「僕も同じ意見です。どちらの判断も理由が納得できますので」
「やっぱりそうか…。僕はこの問いかけを既に何人かにしているが、みんな、同じ答えを返すよ」
「そうですか…」
「そんなことより食事をしよう。せっかくの料理が冷めてしまう」
そう雅彦が言うと、三人は食事を食べ始めた。
三人は食事を終えて、最後に出されたコーヒーを飲んでいた。
「武本先輩、中々良いレストランですね」
「だろ。メシも旨いし雰囲気も良い。俺のとっておきな場所だぜ」
自慢げにいう武本。
「何でこんな良い場所、僕に教えてくれなかったんですか?」
「…何でって、俺のとっておきだぜ。ヒロといえども教えられるか。今回は安田教授のことがあったから、やむなくこの場所を使ったってだけだ」
そのやりとりをみて、含み笑いをする雅彦。
「…安田教授、どうされたんですか?」
「いや、君たち二人のやりとりを見ていると、野口先輩を思い出してね」
「野口先輩というのは?」
野口のことが気になったのか、西野が雅彦に聞いて来た。
「僕が研究室に入った時に、僕のサポートをしてくれた先輩だよ。本当に色々なことでお世話になった。僕は研究室に入った当初は、僕はボーカロイドのことをほとんど知らなかったんだけど、そんな僕にボーカロイドのイロハを教えてくれた人だよ」
「え、安田教授って研究室に入った時はボーカロイドの知識はあまり存じ上げなかったんですか?」
意外そうに聞く西野。
「ああ、僕は、中学と高校をそれぞれ一年早く卒業して大山北大学に入った上、三年かかる単位の取得を二年で終える位、大学に入る前も入ってからも勉強に打ち込んでいたせいで、自分の興味の対象外のことにはとことん疎かったんだ。僕が入った研究室は当時アンドロイドとしてのボーカロイド研究の最先端を行っていたんだが、そんな研究室に入った動機がボーカロイドではなかったのはその研究室でボーカロイドを扱うようになって以降だと、僕が初めてだったんじゃないかな。それで、そのことを知った野口先輩にボーカロイドについてみっちり教えてもらったよ。野口先輩は生粋のボーカロイド、特にミクのファンだったからね。研究室の中でも武本君みたいにミクのことをミクちゃんと呼んでいたよ」
「そうだったんですか…」
「野口先輩は卒業後は僕と同じく研究者の道を歩んで、教授になった。僕と同じくボーカロイドの研究が専門だった。うちの研究室と共同研究もいくつもやったな。…野口先輩といると、本当に楽しかったよ」
「それで、その野口さんと言うのは、今は…」
「亡くなってるよ。野口先輩は僕と違って体をアンドロイドにする道を選ばなかったからね。先日、先輩の命日だったから、墓参りに行って来たよ」
「あ…」
不味いことを聞いてしまったと思った武本。
「…構わないさ。人間の体でいるということは、そういうことさ。それは野口先輩の臨終の席でも野口先輩からいわれたし、僕も分かっている。…さあ、そろそろ出ようか」
そう言って席を立つ雅彦。テーブルに置かれた注文表を手に取る。
「安田教授。その注文表、見せて下さい」
「見てどうするだい?」
「いえ、自分の払う分を確認しておきたいので」
「何を言ってるんだ。これは僕が払うよ」
「大丈夫です。それ位手持ちはありますよ」
「いや、ここは僕に払わせてもらえないか。このとおりだ」
そういって武本と西野に頭を下げる雅彦。
「…分かりました。払っていただけるんでしたら、お願いします。ですから、頭をあげて下さい」
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kurogaki
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