「お好きなんですか? 写真」
コーヒーとともに差し込まれてきた問いが、自分に向けられたものだと気付くのにしばらくかかった。覗き込んでいた写真集――人やもの、風景がとりとめもなく留め置かれている冊子――から顔を上げる。
「あれ? 違いました? いつも眺めてらしたので、てっきりそうだと・・・・・・」
声を掛けられたこと、自分なんかのことを覚えていたこと、二重の驚きに言葉を失う僕を、あの人は少し困ったような表情で見ていた、と思う。
もうとっくの昔に失くしてしまったと思っていた、幻のような朧げな記憶。
はっと我に返る。扉が開くのを待つ僅かの間に、意識が飛んでしまっていたらしい。込み上げる懐かしさとくすぐったさを、頭を振って払う。扉は既に開ききっていた。
何秒経った?
慌てて時間を確認する。タイムリミットまであと十五分と少し。気を失っていたのはどうやら数秒のようだ。安堵の息を吐き、改めて気を引き締める。
開いたドアの向こうには、施設の心臓部が覗いていた。真っ先に目に入るのは、中央に鎮座する円筒形の物体だ。幅は約二十メートル。部屋の半分以上を占領している。驚くべきはその高さ。天井ぎりぎりまで伸びる凸凹した筒はつまり、一つの装置だけで三十メートル近い背丈があるということだ。見上げていると首が痛くなる。筒の外周には整備用らしき簡素な足場と階段が巻きついていた。
間近で見る縮退炉の威圧感、圧迫感はしばし言葉を忘れさせるほどに大きい。骨に響く重い駆動音とそこかしこに設置された赤い非常灯が、その感覚をより強くしている。
縮退炉の周囲には、見る限り炉の状態を確認するための付随装置のようなものが置かれていた。全てが異常状態を示す赤い数値をディスプレイに浮かべている。縮退炉はいま、意図的に暴走させられているのだから当たり前だ。
隠れている敵を警戒しながら縮退炉へ近づく。九十九%いないと思うが、念のためだ。
炉の足元には、平べったい板が直立していた。成人男性の鳩尾あたりまでの高さで、赤い数字と警告文が映し出されている。縮退炉の制御基盤だ。
敵勢力が交渉を放棄した時点で、最悪のケースとして制御用ユニットが破壊されていることも考えられていたが、どうやら無事なようだ。この馬鹿でかい装置にいちいち爆弾を設置して回るのは大変そうだからありがたい。
圧力感知式のディスプレイを操作しようと指で触れてみても反応はなかった。
「そりゃそうだ」
どんな馬鹿だって操作のロックくらいはする。万が一に期待するほうが間違いだ。正規のアクセスにさっさと見切りをつけた僕は、スーツの首もとに埋め込まれた有機コードを引っ張り出し、制御ユニットの裏側にあるメンテナンス用の接続端子に差し込んだ。目を閉じて意識を集中する。
バックドア(裏口)から強引に侵入して鍵を開ける。言葉にすればそれだけだが、侵入を阻む電子的な罠や迷路が張り巡らされているので言うほど簡単ではない。ダミーの通路を見分け、トラップをかわし、防壁を力ずくでこじ開けていくのは疲労した脳には酷な作業だ。スーツの演算補助機能で大部分を肩代わりしてもらっても、がりがりと神経を削られていく感覚は情け容赦なく襲ってくる。
仮想世界での戦いは物理的な強さが通じないから苦手だ。不得手ではないが、滴る汗の質が通常の戦闘とは全く違う気がする。あくまで気がするだけで、実際は同じなのだろう。けれど、纏わり付く不快感は拭えない。
最後の攻勢防壁を抜けた。これで縮退炉の制御は僕の思いのままだ。あとはシステムに直接コマンドを飛ばし、異常な稼動を抑えればもう暴走の心配はない。からからに乾いた喉を通過して短い息が漏れる。
指示を受け取った制御基盤が本体に指令を飛ばし、炉心の状態が徐々に正常に近づいていく。コマンドを打ち込み終えた僕は額の汗を拭い、有機コードを抜き取った。ものの数分で異常音が小さくなり、非常灯が警告の赤から異常なしの緑に切り替わる。
瞑目し、大きく息を吐いた。
終わった。長い戦いが。多くを巻き込み、悲しみと怒りを振りまいた大きな大きな争いが、いまようやく終わったのだ。
これまでの戦いで命を落とした仲間も、これで報われるだろう。無力な人々が成す術なく死んでいくこともなくなるだろう。あのひとが生きる世界にも、平穏が訪れるだろう。
そう安堵した瞬間、目前のディスプレイに映る映像が変化した。何かの数字だ。表示は『3:00』。
背後で隔壁が下りる音がした。驚いて振り返ると、入ってきたドアが金属の壁で塞がれている。
そして。
「Congratulations !!」
制御ユニットから発される聞き覚えのある声。視線を戻せば、案の定ディスプレイが再び映像を変化させていた。灰色の部屋に立つ一人の人物。
「そして『The End』だ。薄汚れた権力の狗ども」
ハインシュルツ。獰猛な獣のような笑みを、死んだ筈の男は浮かべていた。
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