「今日もまだ暑いですね・・・」
スタジオからの帰り道、閑静な夕方の住宅街を自宅のアパートまで歩きながら、ゆかりはつぶやいた。
季節は8月の初頭。夏真っ盛りなのだから当然なのだが、暑さに弱いゆかりには関東の夏は堪える。
ふと、道の脇の林から抜けてくる涼しい風に足を止めた。
そこはいつもの自宅から最寄の駅までに通る通勤ルートの途中なのだが、小高い山になっていて林に囲まれている場所だった。高くもない山の頂には神社があるらしく、林には一本の石段が続いており、入り口には石塔に【子守神社】と大きく彫ってある。
先日回ってきた回覧板には、お盆にこの神社で夏祭りが催されると書かれていた。
この街に引っ越してきてまだ日は浅い。実際この辺りの地理は、普段使う何件かの店と最寄のコンビニくらいしか知らないのだ。
今日はスタジオで友達のマキと夏祭りの話をしたものだから、涼しい風の誘惑も手伝って、ゆかりは神社に続く石段を登り始めた。

「せめて、休みの日に・・・しておけば、良かったですね・・・!」
肩で息をしながら頂上に着くと、ゆかりはそうこぼした。日頃の運動不足を反省しながら肩に掛けた鞄からペットボトルのお茶を出すと、一口含み息を整えつつ神社の境内を見渡した。
騒がしいほどの蝉時雨。
思ったより広い境内に、今の時間は自分以外に人影はなかった。神社を包み込むように周囲に広がる林。西側だけは崖のようで木はなく、駅と周りの小さな繁華街、そこからここまで続く住宅街が見渡せた。平地に広がる街の為、こんな小さな山に登っただけでも中々に景色が良い。
ひとしきり景色を満喫していると、不意に背後で音と気配がした。

タン タン タン タン

振り返ると、少し離れた社の正面、賽銭箱の前で紅色の浴衣を着たおかっぱ頭の女の子が、似たような紅色の鞠をついて遊んでいた。
砂利を踏む音がして女の子はこちらに顔を向ける。
(いつからいたのだろう?私一人だと思ってましたけど、見えない所にいたんでしょうか?)
境内には砂利が轢いてあったが、鳥居から賽銭箱までは石畳になっていて、履物によっては足音がしないのかも。そんな事を女の子と顔を合わせながら考えていると、女の子が先に口を開いた。
「こんにちわ!」
ニコニコした顔で挨拶をされた。慌てて返す。
「こんにちわ、あなたここには一人で?今来た所かしら?」
なんとなく気になっていた事もそれとなく聞いてみる。女の子はキョトンとした顔で答える。
「ううん、ずっと居たよ?いつもはみんなと一緒に遊んでるんだけど最近は一人で遊んでるの」
顔からは笑顔が消え、鞠を抱えて俯いてしまった。
「どうして?」
なるべく優しく聞いてみる。
「風邪が流行ってるんだって。だからみんなお家から出てこないの。みんなと遊びたいなぁ・・・」
エアコンのせいだろう。実はゆかり本人も7月半ばに冷房負けして夏風邪を引いていたのだ。それを思い出した。
「ねぇお姉ちゃん!一緒に遊ぼう?」
女の子は思いがけない提案をしてきた。一瞬考えるが日は先ほどより更に傾き、時刻は18時になろうとしていた。
「今日はもう遅いからお家に帰りましょう?私ももう帰る所ですし、お家の人も心配するでしょう?」
女の子はしょげた様子だったが、明日ならいいかと聞いてきた。明日は朝が早い分帰りが早いので、明日なら。と、約束をしてしまった。
「お姉ちゃん、また明日ね!約束だよ!」
そう言って女の子は神社の裏手に駆けていった。裏側の石段から帰ったようだ。自分も帰ろうと鳥居をくぐった時、もう一度境内を振り返った。
騒がしいほどの蝉時雨をその時やっと思い出した。

***

翌日の昼休憩。
「ゆかりちゃん、お昼どうするの?」
「時間も早いので、いつものファミレスにしようと思ってましたけど、マキさんもご一緒しますか?」
時刻は昼食には少し早い11時になったばかり。スタジオ入りの時間を基準にスケジュールが決まっているので、世間一般とは活動時間が異なる事はしばしばあるのだ。
「ゆかりちゃん、お昼それで足りるの?夏バテ?ダイエットとか?」
「いいえ?なんでですか?」
向かいのマキの前には日替わりランチ、ゆかりの前にはハーフサイズのざる蕎麦とドリンクバーの烏龍茶だけだった。
「それって、ちょっと物足りない時に注文するハーフメニューでしょ?それで足りるのかな~って。それに、午前中だけでペットボトルのお茶3本も空けてたでしょ?どこか体調悪いの?」
「いえ、特にそんな事はないですけどね。とりあえずいただきましょう」
嘘ではなかった、どこも体調は悪くない。ここまで歩く道のりもジリジリと焼けるような暑さだったし、なんとなくさっぱりした物が食べたかったのだろう。と自分でも思った。
「あ、ゆかりちゃんはダイエットしたら切実な所のお肉もなくなっちゃうから、ダイエットって事はないか」
などと茶化すので、戻ったら二人でお話があります。とだけ伝えておいた。

仕事を上がり、駅を出て昨日の約束通り神社へと向かった。
女の子は昨日と同じ浴衣で鞠をついて遊んでいた。今日も友達はいないようだった。
「こんにちわ。待たせてしまったかしら?」
「こんにちわ!お姉ちゃん!」
女の子はニコニコしながら挨拶を返してくれた。
それからは小1時間女の子と鞠で遊んだ。女の子はとても上手で、ゆかりは遊んであげたと言うより下手なゆかりを見て女の子が面白がっている。といった感じではあったのだが。
時刻はあっという間に昨日と同じ時間になろうとしていた。
「そろそろ帰りましょうか。もう昨日と同じ時間になるから、ね?」
「うん!また明日も遊んでくれる?お姉ちゃん?」
「いいですよ。それじゃ、また明日ね」
女の子を見えなくなるまで見送って、自分も帰路に着いた。鳥居をくぐった所で、また蝉時雨が思い出したように聞こえてきた。

ピピピッピピピッ
部屋でテレビを見ていると、スマートフォンが鳴った。
「ハイ、もしもーし」
「あ、マキさんお久し振りです!ずん子です!」
ずんちゃんからの電話だった。今回は一緒の仕事ではないので、声を聞いたのは1週間ぶりだった。
「どうかしたの?」
「今年も実家からいつもの地酒が届いたんですよ。今度の休みに宅飲みでもまたしませんか?」
「おー!いいね!あのお酒すきなんだよね。私はゆかりちゃんを誘えばいいのかな?場所はどうする?」
「場所と日にちはお任せしますよ。じゃあ、ゆかさんにも聞いてみて下さいね」
軽く雑談して電話を終えた。明日早速ゆかりちゃんに聞いてみよう。

***

「どうかな?ゆかりちゃん?」
帰り際、私はゆかりちゃんに切り出した。
「いいですよ。明後日はお休みなので明日の夜にしましょうか。お二人のお宅にはお邪魔したので今回は私の家がいいですか?私とマキさんは一緒に行動してるとして、ずん子さんとは私の最寄駅で待ち合わせしましょう」
やった!3人で飲むのは久し振りだ。

ゆかりはまた帰りに神社へと来ていた。
「こんにちわ」
「こんにちわ!お姉ちゃん!」
定番になりつつある挨拶を交わし、女の子と遊んだ。今日は鞠ではなく糸の輪を持っていた。あやとりなんてした事は数えるほどしかない。案の定これもゆかりは教わるばかりではあったが、女の子はそれでもやはり笑顔で楽しそうだった。
「あ・・・」
「どうかしましたか?」
「私、今日はもう帰るね!遊んでくれてありがとう、お姉ちゃん!」
「え?ちょっと」
言いかけていたのに、女の子はいつものように駆け足で神社の裏手に走っていってしまった。境内に取り残された私の手には、あの子の持ってきた糸が残されていた。
ここに残っていても仕方ない。帰ろうと思い鳥居の方を向いた時、石段を登ってくる人がいた。


続く

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【結月ゆかり】 蝉時雨の夏1 【短編小説】

ゆかりさんの短編小説第2弾です。これはその1になります。構想はまとめてあるので続きも早めに上げられると思います。
今回は2828とは逆に微ホラー成分を含んだ作品となっております。ドッキリを狙うようなものではありませんが、怪談仕立てになっておりますので心底ホラーがダメな方は閲覧にご注意下さい。
それでは、その2もまたよろしくお願いします。

閲覧数:441

投稿日:2013/08/19 02:23:38

文字数:3,204文字

カテゴリ:小説

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  • 高畑まこと

    高畑まこと

    ご意見・ご感想

    こんにちわ。
    既に涼風が…。
    続きが楽しみです(^ー^)

    …投稿時間Σ( ̄ロ ̄lll)

    2013/08/19 07:52:44

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