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さて。3階建て屋根裏付きの豪邸だが、今のUTAUでは所有権の概念は意味を為していない。ここが誰の持ち物か、そういう低レベルな論争ですら、クリフトニアとは解釈がかけ離れている。
「おかえりなさいませ、テト様」
「ただいま、ばあや。何か変わった事は?」
「ええ、いつも通りにあいつら家捜ししていましたよ」
「だろうな。家でまで仕事はしないと、ちゃんと報告してくれればいいが」
特に変わった事は無いようだ。なかば諜報部の研修場と化している我が家で、しれっと不確定情報をおいていたりすると、次の日には動きがあったりする。長かった雑兵時代の頃に比べて、紙切れ一枚で国が動くのは面白い。
「本日は、総本営にお出になられるのですか」
「まあな。お前は何か聞いてないか?」
「ええ、健音テイ様が3日前にスターライト戦線で失踪されたそうですよ」
「シャワーを浴びたらすぐに出る。ご飯は車の中で食べるから、そのように」
「かしこまりました」
ばあやは簡単に承ると、厨房の方に歩いていった。浴室に入ると、サニタリーと着替え一式が置いてあったので、長居はしないと分かっていただろう。
服を脱ぎ捨てて髪を解き、浴室の蛇口をひねると、すぐにテト好みの熱めの湯が出た。タオルも使わずに垢を洗い流し、髪は適当に流してリンスをする。ドライヤーがかなりめんどくさいので、
KASANETETO――――――――――おとめごころは かぜよらせんよ ながれてらせん あのひとのもと
気合と根性で強制縦ロールにする。あとで髪が痛んでたりしてトリートメントが鬱陶しいのだが、いつも最後の手段で使っている。よっぽど暇のない行軍中は、下ろして纏め髪の時もある。
10分後には、糊の利いた軍服と完璧な縦ロールで食堂にいた。桃音モモが朝一でミーティングをしたいと、訪ねてきていたのだ。
「おはようございます重音閣下。3か月分の書類を決裁してください」
「なあ桃音参謀長、物理的にどうかと思う」
「そうですね。私も重音閣下を信頼して持ちこたえてきましたが、3ヶ月は長すぎました」
「いつまでだ」
「少なくとも半分は、午前中に決済していただきたく」
「わお」
テトが食事を済ませている間に、食堂のテーブルに次々と四角い象牙色の塔が建った。これは逃げられない。
「私の方で急ぎの用件が一件ある。手を動かしながら聞いてくれ」
「はい。心当たりが多すぎますので、是非承ります」
「例の艤装、あいつを特務扱いに出来ないか」
「はあ、お会いになられたので?」
「状況は説明したいが、伝言ゲームになっては困る。取り急ぎ手配してくれ」
「かしこまりました。大尉、手配を」
特務扱いなら、少なくとも給料の他に色々と優遇処置があり、家族がいればその優遇処置の対象になる。
「では、ご存命で」
「まあな。対応も必要だが、それよりテイはどうしたんだ」
「はい。3日前の夜更けにスターライト戦線で神威がくぽと遭遇戦をしてから、行方不明です」
「なるほど。神威は討ち取ったのか?」
「まさか。翌日に本人が突撃かけてきましたよ」
「ふむ。ならば本格的に行方不明だな」
「でしょうね」
傍目には平然とした顔で、書類を片付けていく。士官達は決裁した書類を次々と持ち去っていくが、保留の束は手に取って眺めるだけである。たまに持っていかれる保留もあるが、その書類は補足事項という紙切れを伴って舞い戻ってくるのだ。
「不承認というのは、なかなかないな」
「当たり前です」
桃音が思ったより冷たい声で答える。その表情はとても殺伐としていて、取り付く島もない。
「おいこれ、お前ん所じゃねえか」
「あれ、どれ?」
若い士官達が保留の束で何か話している。
「口を慎みなさい。上官と同じ部屋ですよ」
判子の音とともに、参謀殿が言い放つ。そう言えば、桃音モモが参謀になってからはっちゃけた書類をあまり見なくなった。
「ところで、捜索の手配は立ったのか」
「面白いことを聞きますね。重音閣下が逃げたから、おかげさまで、ですよ」
「ああ」
3日前に逃げなかったら、今こうして自宅で判子祭りをしてない訳で。先程の士官達はそれぞれの書類を持って逃げていった。
「だが、あいつが帰ってこないというのは気になるな。何があった?」
「運命の人がいるかも、と独り言を呟いていたのを、兵士が聞いたそうです」
「ほう?」
まさかな、とは思った。
「かがみねれん、とは何者ですか?」
「おっと」
桃音モモがガンを付けている。知ってるという顔を見せてしまったので、もう言い逃れは出来ない。
「クリフトニアの新人だ。私が乗っていた「VOCALION」を墜とした」
「エルグラスで、敗走したのですよね?」
「まあな。奴のせいで」
「3ヶ月も、必要の十倍以上も休暇して楽しかったんですか」
「はい」
雑談あくまでも雑談しながら、手と目を動かしていたが、一枚の書類が目に留まる。
「こいつは、不承認だ」
「……でしょうね。例の艤装、無かった事にするなんて」
「どこまで知っている?」
「そんなには、ですね」
この書類、ある兵士の遡及処分を認可する書類だ。
「よりにもよってこの私にとは、どういう積もりだ」
「他の方がサインする訳ないじゃないですか。あなたが良ければ、それでいいのです」
「なるほど。まあ、私の責任でもあるな」
「不承認と、手書きでいいので書いておいてください。後は重音閣下の管掌ですので」
そこには、蒼音タヤのサインがあって、空欄の決裁者は『実務者』となっていた。例えば、欲音ルコでもいい欄である。
「大変だったんですよ。一応は、貴方が助けに行ったというので、なんとかなりましたが」
「やってくれるな。まあ、いい」
気紛れで遊びに行った所が、とんでもない話になっている。だが、知らなければどうなっていたか、想像もつかない。あのエルメルトにいるパンドラの箱、クリフトニアですら知る人間は少ないだろうに。
機動攻響兵「VOCALOID」 第5章#2
ばあやは簡単に承ると、厨房の方に歩いていった。浴室に入ると、サニタリーと着替え一式が置いてあったので、長居はしないと分かっていただろう。
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